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社会課題解決は 「その大学ならではの価値創出」へのこだわりから始まる

社会課題を解くこと、それを通じて経済的価値を創出するCSV経営が企業に求められている。

大学経営の舵取りに繋がる要点とは何か、名和高司氏(一橋ビジネススクール客員教授)に伺った。



名和 高司氏

名和 高司氏 一橋ビジネススクール客員教授

東京大学法学部、ハーバード・ビジネス・スクール卒業(ベーカースカラー授与)。
三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間勤務。
自動車・製造業プラクティスのアジア地区ヘッド、デジタル分野の日本支社ヘッドなどを歴任。
2010年より現職、問題解決、イノベーション、グローバル戦略、CSV経営、デジタル戦略、コーポレートガバナンスなどの講座を担当。
デンソー(~2019年まで)ファーストリテイリング、味の素、 SOMPOホールディングス(いずれも現在も)などの社外取締役、
ボストン・コンサルティング・グループ(~2016年まで)、アクセンチュア、インターブランド(いずれも現在も)などのシニアアドバイザーを兼任。
2014年より、「CSVフォーラム」を主催。2021年より、京都先端科学大学客員教授を兼任。
『パーパス経営』、『経営変革大全』、『全社変革の教科書』。『CSV経営戦略』、『稲盛と永守』など著書多数。




今、社会課題解決が求められる理由

――今、企業経営において、社会課題の解決が求められていると思います。その背景としてはどのようなことがあるのでしょうか。

 顧客市場、人財市場、金融市場の3つの市場に分けてその理由が挙げられます。顧客市場、特にBtoC の市場においてはエシカル消費やソーシャルグッドといった、社会に良い影響を与えるサービスや地球に優しい商品を大事にしようという顧客の思いが高まっています(図1)。日本は、ヨーロッパやアメリカ、中国、インド等に比べてやや遅れてはいますが、それでもエシカル消費の市場はこの3年間で倍増しています。一方、BtoB市場においても、社会や地球に悪影響を及ぼす会社は、そもそもサプライヤーになれません。社会への影響に配慮していない企業は市場から排除され、どんどん置いていかれるようになっているという現状があります。


図1 エシカル消費への関心


 次に、人材市場において言えば、企業は当然ながら前向きで優秀な人材を採用したいわけですが、今やそういった学生はデジタル・ネイティブであり、サステナビリティ・ネイティブでもあります。優秀な学生から志望される企業となるという意味においても、社会価値が提供されているかということは重要なポイントになってきます。

 また、金融市場においては、投資や融資を受ける際にESG(Environment Social Governance)というのは既に不可欠のキーワードです。経営において環境や社会に配慮した観点を持たない企業は、投資や融資の対象から外れ、結果として資金が回らなくなる。

 この3つの市場から、社会課題の解決というのはもはやナイス・トゥ・ハブではなく、マスト・ハブになっているわけです。

 しかし、企業は、社会的価値を高めつつ経済的価値も高めるCSV(Creating Shared Value)経営を目指す必要があります(図2)。今、日本においては、サステナビリティーを重視することに全体の雰囲気が流れていますが、企業は必ずしもその観点だけで顧客から選ばれるわけではありません。ただ単に、社会課題解決に取り組むだけなのであれば、営利を目的にしないNGOやNPO の社会貢献活動と同じです。社会課題に向き合いながらも、いかにしてその会社ならではの企業価値を生み出すのかということが非常に重要だと言えます。


図2 CSVの3つのレバー


――大学においても、社会課題を解き社会的価値を高めることがより求められているように思います。一方、利益の創出を追求する企業とは大学の位置づけは異なりますが、18歳人口が減少し入学者が減少するなかで、経営上の舵取りも大切だと思います。CSV経営の考え方が大学にも求められると言えるのでしょうか。

 大学にCSV の経営モデルをそのまま入れる必要はないと思います。それよりもCSVの考え方ができる人材を社会に輩出することが大学の存在意義だと思います。そこを取り違えると、大学の営利化に走ってしまい、大学に求められているものから外れてしまう可能性もあるでしょう。

 ただし、大学もCSVの根本的な考え方を理解することは必要でしょう。大学がしっかり考えるべきなのは、需要と供給を理解し、その間を結ぶということ。需要側にある企業、供給側にある学生、その両方に対して対象に価値を提供するということが大学経営に求められていると思います。企業、学生どちらからも求められなくなったら、大学の存在意義はなくなります。

「社会実装化」は大学の存在価値

――では、大学は今後どのように社会課題に向き合っていくべきなのでしょうか?

 世の中には非常に多くの社会課題がありますが、社会課題の多くは放置されている状態です。企業がその解決をするためには、お金が回る仕組みを作るとか、市場を作るといったことが求められますが、いきなり手掛けようとしても、儲けることはできないので放置されているのです。しかし、企業のように営利の追求を目指さない大学であれば、イノベーションを創出し、社会実装化をすることができる。そこに数多くの大学の居場所があると思います。

 特に地方の大学は、その地域のハブになるということが求められると思います。大学が自然科学や社会科学によるイノベーションを生み出し、サイエンスベース、エビデンスベースで研究の成果を示し、社会実装のところまで関わる。プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)の段階だけではなくて、地域で実装するというところまでやっていければ、今まだ実現できていないスマートシティやスマートビレッジ等も大学を中心に成り立っていくのではないでしょうか。そういった地方創生に大学が入っていくことが求められていると思います。

社会課題を解決する経営 成功の理由とは

――先生の著書『CSV経営戦略』や『パーパス経営』のなかでも、多くの企業のCSV経営の具体的成功事例があります。それらの事例の成功の理由とはどのようなことでしょうか。

 要点を言うと、「社会課題を決めるところから入らない」ということです。「客観主義」の考え方、規定されたありがちな社会課題から入ると答えが出ない。世の中が困っているから助けましょう、というような善意のレベルではなく、それを自分の天職にするぐらいの強い思い、つまり「パーパス」を持たなければ、社会課題はとても解決などできないのです。自分は何をしたいのか、その答えを出そうという自らの強い志、自分発の強い想いから入る「主観主義」が、成功している企業の出発点になっているのです(図3)。


図3 マテリアリティ分析(重要課題の特定)─客観主義・主観主義とは


 問題解決のためにはイノベーションが必要ですが、イノベーションを起こすためには、自分が何に強いのか、何にこだわっているのか。自然科学や社会科学のどの部分を使いたいのかという、「自分発」のものでなければモノにならない。社会に役に立つというのはその先にあるものなのです。

――そういった「パーパス」とは、どういうところから生まれてくるのでしょうか。

 机上の空論や座学ではなく、衝撃を受けた原体験等がきっかけになるでしょう。今回のコロナウイルス感染拡大の状況や、天災による被災地の弱者に直接触れる等、困っていること、つまり「ペイン」から発する機会は、「自分ごと化」する貴重な機会になると思います。

 ただ、「ペイン」より、もっと見つけづらいが大事な視点は、みんながまだ気がついていないような、もっと幸せになるための思い、「ゲイン」です。困っていることや社会課題だけではなくて、ポジティブな社会をつくりたいといった、ふつふつと沸いてくるような思いや空想力が基点になることもあると思います。

建学の理念は、未来の「ならでは」話に変換

――大学に転換して考えたときに、建学の理念やミッションとして置かれているものは、大学を創設した時の「志」や「思い」です。しかし、その思いがあっても、大学を発展させていくための経営にうまく繋げることは難しいと思います。

 パーパス経営を実践する企業においては、その共通点は、「ワクワク」「ならでは」「できる!」の3つの共感要件だと言っています。当たり前のことをやっていても生き残れないし、ゾンビのようにただ生き残ること自体には意味はありません。大学においても、特に「ならでは」の価値創出のこだわりがあることや、思わず心が「ワクワク」するような未来の目標をどう作るのかということが経営に求められていると思います。

 企業でも、創業の理念はもちろん大事ですが、そこのみに固執することは懐古趣味の域。そうではなく、その志や思いを未来に飛ばして考える必要があります。どこまで、未来の「ならでは」話、未来の「ワクワク」話にするかが経営に必要な想像力なのです。大学も同様で、その学校が本当にやりたいこと、例えば地域に寄り添った教育をするとか、エッセンシャルワーカーを世に送り出すとか、イノベーションの創造に拘るとか、創業の志の本質を純粋化・再定義し、過去形にしない努力が必要です。

 私は企業に対して、パーパスを2050年の未来に飛ばしたとき、自社が生き残っている存在価値とは何かについて想像力を働かせて考えるというワークショップをよく実施しています。同様に大学においても、未来を描く取り組みをやるべきで、しかもそれは教員だけでなく、OBやOG、在校生や高校生、あるいは社会人や留学生等も交えて考えてみると面白いかもしれません。特に、地方大学は今の延長線上で何とかなるではもはや済まされない。今後もその地域にある理由や役割は何かについて、考えることは大きな意味があるだろうと思います。

改革はカリスマ的経営者だけの仕事ではない

――そういった未来のストーリーを描く作業は、誰がどのような体制で行うのが良いのでしょうか。

 経営的な発想ができる人、大学の独自性について徹底的に考え、大学の個性について悩んで考え抜いてる人達が改革派として、集中的に取り組んで火をつけていかないといけないと思います。アカデミックなバックグラウンドの方が中心になってもよいし、企業出身の人でも発想力や熱意のある人をヘッドハントしてきて推進するのでも構わないと思います。いずれにせよ、その布陣の決定は改革を進めるうえで非常に大事な要素であると思います。

 これは企業経営とも似ていて、全ての企業においてカリスマ的経営者の存在がいなければ改革できないかと言えばそんなことは全くない。企業の中で、自社を本当に愛している人が、その企業らしいストーリーを作ることで蘇るという事実を私は何社も見てきました。特に大企業よりも中小企業のほうが磨くポイントが絞られていて改革が進みやすいのですが、大学においても、総合大学より、小規模大学が「これしかない」というものを見つけて磨くほうがやりやすいと言えるかもしれません。市場ニーズの多様化が進み、スモールマス(縮小したマス市場)という捉えられ方が行われる今、大学も何かに対するこだわりや特殊性を持った小さなコミュニティになっているということが大事。「ここが自分の居場所だ」と学生が強く感じられるものがブランド価値だと思います。

 私は、首都圏の中堅中小企業向けに「『志』発掘プロジェクト」(図4)といった講演を実施することがあります。そこでは、例えば、一見何の変哲もないようなケーキ店でも、クリーニング店でも、清掃会社でも、話をしていくと、言語化できていなかったり、ストーリー化できていないものの、その会社らしいこだわりが必ずあるものなのです。

 大学においても、仮に今までの大学の基準や偏差値軸では評価されてこなかった大学でも、そこに通う学生には既存のパスとは異なる、自分らしい生き方を選べるという強みがあるはずです。目の前の学生と対話するワークショップをすることで、大学の魅力を引き出せると思います。


図4 「志」の発掘~花王の「Kirei Workshop」の例


「志」を改革に繋げる、はじめの一歩

――「志」はある。しかし改革を進めていくために具体的に何から手をつければよいか、打ち手が分からないという大学もありそうです。

 いくつかやり方はあるかもしれませんが、まずその大学の改革なり成長なりを考えるコミッティーを立ち上げて、OBや学生、地域社会の人々など、本当にその大学を愛している人と議論をして、どこを伸ばせばよいかということを考えるべきでしょう。突き詰めて言うと「5年先に自校は存在しなくなる」という前提で会話を始めたほうが危機感を持つということに繋がり明確な見解が生まれるかもしれません。

――自校「ならでは」のこだわりを考え直す場を作り、言語化すること。そして原点の思いに立ち止まっているだけではなく、未来に飛ばして想像を膨らませることが大事ということですね。

 そうですね。とにかく、当たり前の教育はあきらめないといけない。どういうことが自分達の差別化に繋がるのか、「自分探し」をしないといけないと思う。学生を不幸にするような社会悪にならないようにするためにも、社会に存在する理由、パーパスにこだわらないと自己否定になってしまいます。また、そういう自分達の大学の存在価値を考えられなければ、何の社会課題の解決もできないでしょう。どんな会社にも、どんな大学にも存在理由は見つけられるはずですが、それは、自分探しなので誰かから答えを与えられるものではないのです。自分達自身から志を高めるところに最大のトリガーがあるのです。また、それを客観的な社会課題側に探し求めることにも全く意味がない。世の中には、解かなければいけない社会課題が山ほどある。解くためには相当のコミットメントやイノベーションが必要。企業経営にせよ大学経営にせよ、自分達側に志がない限りは何も進まないのです。


(文/金剛寺千鶴子)


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