伝統を機軸にした革新/安田女子大学

規模拡大のなかでの志願者増加

 2009年のデータによれば、4年制私立大学の46.5%が定員割れし、都市部と比較すれば地方においてその比率は高い。そうしたなか、地方の女子大という一見不利な条件にもかかわらず、2000年代に入って学部を増設し、しかも、定員を大きく上回る志願者を集め、かつ、偏差値を上昇させている大学がある。それが広島市に位置する安田女子大学である。その動向を少しデータで追ってみよう。図表1に見るように、長らく文学部1学部、それも日本文学、英米文学、児童教育という女子大学に典型的な学科編成であったが、2003年に現代ビジネス学部、翌04年に家政学部、さらに、07年に薬学部(6年制)と立て続けに学部を増設し、2002年度時点の1学年定員495人から現在の 850人まで規模を拡大した。このうち現代ビジネス学部は、併設の短大の秘書科、家政学部は同短大の家政科の再編によって創設されており、学内再編という側面ももつ。しかし、短大の秘書科は現在も存続し、また、家政学部になる際には新たに管理栄養学科を創設している。単に再編ではなく確実に規模を拡大しており、短大の志願者減少分を4大にまわしたというわけではない。薬学部に関して言えば、まったくの新設である。


図表1 学部改革の動き


 少子化の時代にあえて打って出たわけだが、志願者の獲得という点では成功を収めている。図表2にみるように、新設の現代ビジネス学部や家政学部の志願率は上昇傾向にあり、従来からの文学部を超えるに至っている。薬学部はやや苦戦しているようだが、大学全体でみれば、2009年で4.1倍と十分な数字である。人気の管理栄養学科は、厚労省からの指導があって定員超過は許されない。たとえ、定員を下回ったとしても、絶対、定員オーバーにはならないように、合格者の歩留まりを読むのが大変だと、うらやましい苦労を抱えている。

 規模拡大と並行して生じたもう1つの変化が、偏差値の上昇である。各種教育産業のはじく偏差値をみると、文学部1学部であったときには、たとえば県内の女子大である広島女学院大学、広島文教女子大学に次いでいたのが、現在ではそれらを超えて共学の広島修道大学や他の国公立大学に近づくまでになっている。この秘訣は、どこにあるのだろう。


図表2 志願倍率


地域の信頼が培う伝統の大切さ

 安田女子大学の沿革は、1915年の広島技芸女学校の設立にさかのぼることができる。その後、1955年に安田女子短期大学として保育科を設置、61年には家政科を設置した。4年制の安田女子大学を設立したのは66年であり、その後の経緯は上述のとおりである。また、学校法人安田学園としてみれば、幼稚園から小・中・高、短大・大学、大学院博士後期課程までをもつ総合学園である。90年をゆうに超える歴史とその歩みのなかですべての段階における教育機関をそろえたということは、広島という地域において、「柔しく剛く(やさしくつよく)」という学園訓をかかげる「安田」の名前を磐石なものとしたことだろう。

 現在の成功の秘訣をうかがう筆者に対して、「こうした建学の理念をもつ安田女子大学に対する地域の人々の信頼感があるからです」と、吉野昌昭学長は答える。地域に根付いている大学であることは、入学者の約80%が県内出身者であり、それが志願者増のなかでも安定的に推移していることからみてとれる。潜在的な進学需要を掘り起こしたのか、あるいは、他大学に向いていた需要を振り向かせたのか、規模拡大のなかで県内出身者の比率が一定であることは驚きである。

 女子大ということで、親子2代にわたって進学してくる方も一定程度いるという。「母親自身が学生時代に良い経験をしていなければ、娘を進学させようとは思わないでしょう。親子2代にわたる入学者がいることは、大学が信頼されている証拠です」と、学長は続ける。

 女子の大学進学の場合、入試の偏差値だけが物差しではない。教育理念にはじまり、安心して娘を進学させられる環境といった条件を加味して選択するケースも多い。したがって、大学に対するいわゆる評判は重要であり、地域密着型の大学であるからこそ、信頼感といった人々の眼差しは一朝一夕には培われないのであろう。しかし、その信頼感とは、どのように醸成されるのだろう。

キャリア支援と高い就職率

 安田女子大学が誇るものの1つが就職率の高さである。図表3にみるように、新設の現代ビジネス学部の第1期、第2期生は100%、2009年3月卒業の第3期はやや下がったというものの96.6%である。家政学部も第1期生98.7%、第2期生97.7%と高い。興味深いのは、文学部である。10年ほど前は就職率90%程度であったのがじわじわと上昇して、現在では現代ビジネス学部や家政学部と同様100%近くになっている。昨今の経済不況のなかでの大学生の就職状況の悪化など、まるで無関係な数字である。

 この高就職率をもたらす理由は複合的なものであろうが、大学として就職に力を入れていることは確かである。就職に関するサポート制度をみれば、1・2年生には、正課に位置づけられているキャリア科目、各種講演会、課外講座、インターンシップなどを通じて社会の一員としての自覚を高めることを目的とした「進路支援プログラム」があり、3年生になると、それは「就職支援プログラム」となって、数度の就職ガイダンス、SPI、エントリーシートや履歴書の書き方指導など具体的な就職対策に収斂していく。これらのプログラムそのものは、近年格別珍しいというわけではないが、安田女子大学では、ガイダンスや模擬試験を企業向け、資格職向けと分けて実施したり、地元企業約90社の採用担当者を招待して学内で合同説明会を開催したりときめ細かく対応している点に特徴がある。また、キャリアセンターのスタッフによる個別指導、「学生就活サポーター制度」と称する、就職活動を終えた4年生有志による就職活動をはじめる3年生に対するアドバイスの組織化など、個別指導に力を入れている点も特徴である。

 卒業生の就職先は、県内の民間企業が主であらゆる業種にわたる。学部間でとりわけ大きな差異はない。ただ、文学部児童教育学科は教員となるものが多い。ちなみに、2009年度の広島県および市の小学校教員の採用合格者は卒業生も合わせて55名だが、これは全採用数317名の約6分の1に相当する。また、家政学部管理栄養学科は、70%以上が栄養士および管理栄養士として就職している。これらの専門職への就職率も高い。

 こうした制度的な支援が就職実績につながっていくのは、学生の育成に日ごろから力を入れているからだと学長は語る。学内に採用担当者を招待して説明会を開催するのは、学生のありのままの姿を見てもらうチャンスであり、インターンシップに学生を送り出す際には、お世話になった企業に礼を尽くすことを教えているのだという。

 学園訓にならえば、各種のサポート制度の充実によって「剛く」を磨き、企業に礼を尽くせと「柔しく」を忘れてはならないことを教えている。地元企業が主たる就職先であるからこそ企業からの評判の蓄積は重要であり、「柔しく」の教育は就職率の向上に見えない効果をもたらしているのかもしれない。


図表3 就職率


満足度の高い学園生活

 2007年度に民間企業が実施した「大学満足度調査」では、安田女子大学は全国で5位にランキングされている。学園生活における「面倒見の良さ」が、この満足度となってあらわれているというのだが、「面倒見の良さ」には、上述の就職支援もそうだが、チューター制度、新入生対象のオリエンテーションセミナーなどが含まれるだろう。チューター制度とはクラス単位での担任制度であり、週1回「まほろば教養ゼミ」の時間に全員が集まってガイダンスや講演会、クラス討議などを行うほか、チューターは履修指導からメンタルサポートまで個別相談に応じている。オリエンテーションセミナーは、新入生の大学への適応を目的とした2泊3日の合宿であるが、2年生が主体となって運営していることに特色がある。1977年から33年間継続しており、2003年度の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」にも選定されている。学生主体の活動はこれ以外にも、学園祭やボランティア活動にも及んでいる。小高い丘に広がる眺望の良い美しいキャンパスにいけば仲間がいる、自分たちで学園生活をつくっている、何かあれば教職員が支援してくれる、こうした感覚が満足度を高めるのであろう。

 だが、学長は、「この面倒見の良さとは、学生を楽しませるためのものではありません。学生は消費者ではありません。将来、生産者になってもらわなければ困るのです。そのため、先生方にはしっかり教育してくださいとお願いしています」と、きっぱりと語る。ベーシックなカリキュラムをきちんと教え、それを確実に履修させることを第一とし、時流に応じたカリキュラム改革を頻繁に行うことはしない方針でいるという。先の満足度調査でも、「教材がよく研究されている授業が多い」では2位、「内容豊富な授業が多い」では4位となっており、丁寧に授業が行われていることがわかる。

薬学部の定員割れ問題

 すべてが好転しているなかで、唯一のネックは薬学部である。学長によれば、薬学部の創設は使命感であったという。薬学部は6年制に移行して全国的にも志願者の減少で苦戦しているなか、県内には広島大学、福山大学が先発の薬学部をもち、2004年には広島国際大学にも薬学部が開設されている。後発の安田女子大学には、近隣の競合相手の存在が重くのしかかるであろうことは想定されていた。それにもかかわらず、長年にわたる地域からの期待や要望に応えるべしとの使命感で、あえて設置に踏み切った。期待に反してと言うべきか、予想どおりと言うべきか、130名の定員に対し入学者は半数ほどである。志願者は徐々に増加傾向にあるものの、入学者は横ばいである。これは、6年後の国家試験を考え、学生の質を落とさないことを前提にして絞り込んだ結果である。競合大学との併願者の存在を考えたら、定員130名が多すぎるのかも知れない。

 いずれにせよ、完成年度までは学生募集に一層力を入れ、その上で今後を考えることにしているそうだ。その学生募集の方法としては、中国・四国地方に限定していた教員による6月と9月の高校訪問を九州地方まで拡大し、マーケットの拡大を図っている。また、マスメディアを使った広報やパンフレットの配布などを力をいれて実施しており、認知度の向上を図っている。

基本は人間力の育成

 薬学部に対する使命感がどのように達成されるかは、もう少し時間を要する問題であるが、それとは別に18歳人口の減少はある時期まで確実に続く。それでも、現体制を変更する予定はないそうだ。女子大の共学化、あるいは、留学生の募集などは、まったく考えていないという。地元の女子大学として根付いていたその根幹の部分は、今後もそのまま維持していくことが最良の選択と判断されている。

 学長は再度強調する。

 「ただ、学生を集めることが目的として上位にあるわけではない。ここ数年、前のめりになるほどに学部の改組を進めてきた。ここで少し立ち止まって教育に専念しようと考えている。学生の人間力を充実させることが、結果として志願者の増加や就職率の高さになるものと考えている。」

 就職に強い大学を謳いながら、専門科目の履修を主とする3・4年次においても、教養科目を強化する方向を模索しているのは、こうした考えにもとづく。

 多くの大学が、学生マーケットの拡大や就職率の向上に四苦八苦しているなかで、いかにもおっとりした発言に聞こえるが、学長は、こうした好循環は小手先の改革でもたらされるものではなく、学生を育成するという日常の積み重ねがあってこそのものだと自信をもっておられるのだろう。地元からの信頼感の上に女性の社会進出を明確に意図した学部の再編は、女子大学に対する進学需要をさらに掬い取り、きめ細かな支援体制が良好なアウトプットを産み出している。大都会から離れた地方においても、地元に根付いて革新することで存在意義を高めることができる、ということを教えてくれる事例である。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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