グローバル×地域×イノベーションで育成するTECH LEADER/京都工芸繊維大学

京都工芸繊維大学キャンパス


 教育・学習が個人や社会にもたらす成果(アウトカム)をいかなるものと見なし、どう測定するかは、政策立案、研究、実践の場で重要課題になりつつある。ただ、教育・学習の成果を経済的豊かさに還元するだけではいまや不十分だ。もっと射程を広げて「社会的」かつ「文化的」な成果として捉える必要が生じている。

 大学教育についても同じことが言える。自らが提供する教育がどのような社会的成果をもたらしているのか、大学はこれまで以上に自覚的でなければならない。そのためにも、自らの持つ条件や強みを理解しそれらを戦略的に展開していく必要がある。

 そこで本稿では、京都工芸繊維大学(以下、京都工繊)の取り組みに目を向けたい。京都工繊は、小規模ながらも強い個性を持つ単科の工科系国立大学として注目を集め、このところ急速に社会的認知度を上げている。実際に目を引く成果も出している。2013年度には文科省「地(知)の拠点整備事業(大学COC事業)」、2014年度には「スーパーグローバル大学創成支援事業」(タイプB:グローバル化牽引型)に採択された。リクルート進学総研が高校生を対象に実施した「進学ブランド力調査」では、ここ数年で関西地区の理系志願者による志願度が上昇し、日本経済新聞社と日経HRが企業人事担当者対象に行った大学イメージ調査(就職力ランキング)でも総合14位につけるなど評価を上げている。それら評価結果を見る限りでは、京都工繊の提供する大学教育の成果に対して、入口(高校生)からも出口(企業)からも評価が高まっている可能性が高い。

 結論を先取りして言えば、京都工繊は、“京都”“小規模”“工科系”“国立大学”といった属性を十二分に活かした戦略を具体的施策として展開できているところが「個性的」で「強い」。そんな取り組みからはどんな成果が生み出されているのだろうか。今後の課題は何だろうか。黄金色に色づく銀杏が印象的な晩秋の松ヶ崎キャンパス(京都市左京区)に古山正雄学長を訪ね、お話をうかがった。

京都工繊が育成を目指す「TECH LEADER」


古山正雄 学長

 京都工繊の歴史は、京都産業界の要請を受けて設置された京都蚕業講習所(1899年創立)と京都高等工芸学校(1902年創立)に始まる。両機関とも戦時中に専門学校(旧制)となり、1949年、それらを母体に工芸学部と繊維学部からなる新制「京都工芸繊維大学」が誕生した。2006年には二学部を統合し、工芸科学部が設置されている。2015年5月現在、学士課程には生命物質科学域、設計工学域、造形科学域の3領域の下、2763人が学び、大学院工芸科学研究科には1257人の学生が在籍している。

 こうした沿革が示すように、あるいは「工芸繊維」という名称が示唆するように、京都工繊の特徴は、一貫して「ものづくり」に関わる人材を実学ベースで育成してきたところにある。110年余りに及ぶ伝統を通して「知と美と技」を探求する独自の学風を築き上げ、学問・芸術・文化・産業に貢献できる有為な人材を輩出してきた。

 そうした伝統を踏まえつつ、京都工繊が今後10年を見据えて、いま新たに打ち出す基本戦略は、グローバル、イノベーション、コミュニティーに係る「3つの中核拠点」の形成だ。即ち、COG(Center of Globalization)、COI(Center of Innovation)、COC(Center of Community)の形成を通して、国際的な共同研究・共同教育の展開や世界一線級の研究ユニット誘致、イノベーションを通した産業界への貢献、地域社会の活性化のための拠点となることを目指している(図表1)。古山学長は、小規模校である利点を活かして、これら3つの中核拠点を一体的・融合的に運用し、いかに教育効果を高めるかがカギになると語る。


図表1  京都工芸繊維大学の目指す基本戦略 「3つの中核拠点」

 かかる基本戦略の下、京都工繊が育成を目指す人材像こそ「TECH LEADER」だ。京都工繊が育成するのは現場で働く単なるものづくり職人ではない、現場で職人のものづくりを指示する側に立つ人材だと古山学長は強調する。ある種のリーダーシップがなければ現場は動かない。しかも、グローバル化が進行する中、現場は必ずしも日本というわけではなくなってきている。今後ますます求められるのは、専門分野についての確固たる知識・技術を有し、グローバルな現場を統率し、方向性を決め、結果を出せるリーダーだ。そのためには語学力も必要だし、日本文化はもとより諸外国の文化への理解も必要だ。

 京都工繊が育成しようとするTECH LEADERとは、専門性、外国語運用能力、リーダーシップ、文化的アイデンティティに裏打ちされた人材だといえる(後出の図表3参照)。

機能強化に向けた大学システム改革


図表2 機能強化に向けた「3つのプロポーション改革」

 京都工繊は、3つの中核拠点形成を戦略的に進めるため、既に具体的な大学システムの改革に着手している。「3つのプロポーション改革」がそれだ。大学内の3つのプロポーション、つまり「比率」を変えることで大学の機能強化を図ろうとしている。ここでいう3つの比率とは、①入学定員、②教員職位、③収入における比率のことだ(図表2)。

 ①の入学定員改定では、学部の入学定員を減らす一方で修士課程の定員を増やし、大学院機能の強化を図ることが目指されている。定員改定は2014年度に造形科学域から始め、今年度から全学展開した。

 単に入学定員の比率を変えただけではない。「3×3制(スリーバイスリー)」と呼ぶカリキュラム改革と、学事暦変更によるクオーター制導入も同時に実施されている。「3×3制」とは、入学後の前半3年間に学士課程レベルの基礎教育を行い、後半3年間で専門性を高める6年一貫教育のことだ。特に、学士課程卒業生の7割超が進学することを前提に、学部4年生から修士2年生にかけての3年間をM0・M1・M2と見なし、教育の高度化で専門力や実践力育成を目指すのだという。ここにクオーター制を組み込むことで、修士課程における海外インターンシップや海外大学の連携(ジョイントディグリーやダブルディグリーの構築)に取り組みやすい条件を整えることができる。さらに博士課程3年を加えて「3×3×3」と考えれば、学士で基礎を固め、修士で専門力を培って社会化し、博士でアカデミックな研究を推進するといった段階的な人材育成が可能になる(図表3)。


図表3 TECH LEADER養成プロセス

 こうしたカリキュラムの充実を図るための取り組みとして、京都工繊は2014年度から京都府立大学・京都府立医科大学と共同で教養教育の提供を開始している。文部科学省「大学間連携共同教育推進事業」に採択された取り組みで、複数大学による教養教育共同化は全国初の試みだ。三つの大学が科目を出し合って学生の科目選択の幅を広げるとともに、文系・理工系・医学系という異なる専門の学生達が机を並べて共に学び合い、教養を高めていくことが期待されている。

 ②の教員職位のプロポーション改革は、教授中心でシニア層の厚い逆ピラミッド型の教員構成を改め、40歳未満の若手教員にシフトさせることを意味している。教授数を減らしてその分のポストを助教等の若手に還流させ、シニアから若手までチームとなって研究を推進するバランスの良い研究体制を構築することを目指している。将来的には、教授:准教授:助教の比率を現状の5:4:2から1:1:1にしていく計画だという。このための取り組みの一つが2014年度から始まった「栴檀(SENDAN)プログラム」で、研究専念型で年俸制・テニュアトラック制を取り入れた公募で若手教員の採用を推進している。その際、理工系に少ない女性研究者を増やすことに力を入れることで、研究者の男女比率も変えていきたいと古山学長は述べる。

 ③の収入比率の改革は外部資金を増やすことだ。運営費交付金が年々削減される中、どの国立大学にとっても外部資金獲得は喫緊の課題だ。今後増員される若手研究者には頑張って外部資金の獲得に努めてほしいと古山学長は期待を込める。

 こうした既存の比率は「歴史的に形成されてきた生活習慣病のようなもの。ダイエットを通して痩せながら健康体を作ることが必要」と古山学長は表現する。なるほど、プロポーション改革は京都工繊の組織体質を根本的に変えようとする試みだ。京都工繊の今後の方向性を左右するものだとみていいだろう。

 京都工繊の新たな挑戦は既に動き始めている。地域TECH LEADERの育成だ。

 今年(2016年)4月、京都工繊は京都府北部に福知山キャンパスを開設し、国際高度専門技術者を育成するための新たなプログラム「地域創生Tech Program」を開始する。本誌195号では「都市部を目指す大学」を特集したが、京都工繊の動きは、そんな都心回帰のトレンドとは一線を画すものだ。京都工繊があえて福知山市に進出する背景には、京都府北部、福井県嶺南地域、兵庫県北部に理工系人材が定着するための核となる機関がないという事情がある。福知山キャンパス開設は、国立大学に求められる使命に応じたものだと言っていい。

 さて、この地域創生Tech Programは、「バイオ・材料化学コース」「メカトロニクス設計コース」「デザイン・建築コース」の3コースから構成される入学定員30名のプログラムになる予定だ。学生は、1年次から3年次前期まで松ヶ崎キャンパスで教養教育と専門教育を通して基礎力を身につけ、3年次後期から4年次には福知山キャンパスで地域課題解決型学習(PBL)や地元企業や海外におけるインターンシップを通して実践的に学ぶことになる。松ヶ崎・福知山・海外の3地点での学習や活動を通して、地域と世界を相手に活躍できる新たな理工系人材を育成することが目指されることになる(図表4)。


図表4 「地域創生Tech Program」の概要

 古山学長は、リーダーシップを身につけるための特効薬はない、重要なのは(1)体系的な基礎知識・技能を習得すること、(2)インターンシップの体験を通して現場への劣等感をなくすこと、そして(3)海外経験によって視野や可能性を広げることだと言う。まさにこうした3つの要素で構成されているのが今回のプログラムだ。


図表5 TECH LEADER指標

 今後の課題は、こうしたリーダー育成の成果をいかに測定するかだ。現在、総合教育センターが中心になって「TECH LEADER指標」の開発が進行中で(図表5)、来年度のシラバスでは、TECH LEADER指標に基づいてルーブリック評価の作成と試験的導入を進める予定だという。

 実は、京都工繊では、2009年度から21世紀知識基盤社会を担う専門技術者が備えるべき知識・技能を「KITスタンダード」として体系的に整理し、その内容を修得する教育プログラムをスタートさせている。KITスタンダードとは、「遺伝子」「環境科学」「ものづくり」「造形感覚」「知的財産」の5つのリテラシーと、基礎科目である「英語」「数学」を21世紀の理工系学生が備えるべきリテラシーとして抽出したものだ。

 古山学長によれば、KITスタンダードは「リテラシー」であり、大学が基礎的知識として当然教授すべきものだ。その獲得や定着の有無を「KITスタンダード検定」という独自の検定試験で測定する取り組みも進めてきた。それに対して、TECH LEADER指標は学生の自覚を促すことを目的としている面が強い。実際、リーダーシップ像を指標化するのは容易な作業ではない。ひとまずは、学生にリーダーとなるのに必要な能力を自覚してもらうツールとして機能することを期待していると学長は説明する。

 本稿で見てきたように、京都工繊の取り組みの中心には常に「ものづくり」があった。実学重視で「ものづくり」のための人材を育成し、時代に応じて社会に送り出してきた。大学にはもちろん、教育研究を通した深遠な真理の探究も重要だが、他方で、実際にロボットを作ることで人間とは何かを明らかにしようとする即物的なアプローチもあると古山学長は言う。確かに科学技術は万能ではないし批判もある。しかし、「自分の技術が社会を変える」と信じて可能性を追求する人材も社会には必要だ。

 そうした信念を背景に、京都工繊は今、グローバル時代に要請されるTECH LEADERの育成を進めようとしている。京都に位置する小規模な理工系国立大学としての個性を存分に発揮し、京都工繊の強みを活かした社会的成果につながっていくことを期待したい。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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