「3つの慮い」と「5つの基い」で育む國學院ブランド/國學院大學

國學院大學キャンパス


 大学のブランド構築は、一見、歴史の長い大学のほうが有利に映る。「歴史」はブランドになり得るからだ。世界で威信の高い大学の多くが周年事業等で創立年を誇っていることが何よりの証拠だ。だが、歴史の長さは諸刃の剣でもある。年月を積み重ねているが故に組織慣性が強く働き、新たな環境変化に即応できない大学も珍しくない。伝統が邪魔して好機を逸することもある。歴史や伝統は使い方次第だ。

 しかしだからこそ、時間を掛けて築いた伝統をブランド戦略にうまく活用できている事例から学べることは多い。本稿ではその好例として國學院大學(以下、國學院)に注目したい。國學院は東京都心部の中で常に新陳代謝を繰り返す、華やかな渋谷の地に拠点を置く大学だ。建学の精神に基づいて日本と日本文化を重視した教育・研究活動を展開する一方、近年は、教育の質保証、グローバル化への意識向上、キャリア支援といった諸施策を精力的に推進し、安定的な志願者確保にも成功している。やや結論的に言えば、際立つ個性を持ち、伝統と新しさを共存させる「しなやかさ」を備えていることが國學院の強みだ。

 名目だけのブランドではない。國學院は、伝統に裏打ちされた、内実を伴った「國學院ブランド」を戦略的に構築するよう努めてきた。具体的にどんな取り組みが展開され、今後どこを目指そうとしているのか。渋谷駅東側に広がる文教地区に位置する渋谷キャンパスに赤井益久学長を訪ね、お話をうかがった。

「國學院ブランド」の歴史的背景


赤井益久 学長

 國學院大學渋谷キャンパスには、現代的で機能的な建物と、厳かな空気の漂う神殿が調和する空間が広がる。國學院がこの地に移転してきたのは1923(大正12)年。國學院のそもそもの淵源は、1882(明治15)年に創立された「皇典講究所」に遡る。明治維新後、欧米列強に追いつこうと急進的な欧化主義が推進されたが、その欧化万能の風潮に抗し、日本古来の思想・文化・体制を尊重しようとする気運を背景に誕生したのが、皇典講究所だった。

 その開黌式当日、初代総裁・有栖川宮幟仁親王は、教職員・生徒に向けた告諭の中で「凡學問ノ道ハ本ヲ立ツルヨリ大ナルハ莫シ」と述べられた。この「本ヲ立ツ」が、國學院の建学の精神として現代に受け継がれている。これはつまり、日本人が「拠って立つ根本を明らかにする」の意味である。

 かかる精神の下、1890(明治23)年、皇典講究所に国史・国文・国法を攷究する男子三年制の教育機関「國學院」が創設された。さらに1904(明治37)年、専門学校に昇格。1920(大正9)年には大学令に基づく大学に昇格している。戦後は、GHQの神道指令(1945年12月)によって皇典講究所は解散となるが、その苦難を乗り越え、1948(昭和23)年に新制大学として再生を果たす。文学部からの再出発だった。その後、経済学部や法学部が順次開設されていく。

 こうした歩みを紐解けば、「國學院ブランド」が拠って立つ歴史的基盤は明らかだ。現在、國學院はビジョンとして「『國學院ブランド』の確立と強化」を掲げる。「建学の精神を活かした個性ある教育と研究の実現」と「日本社会の中核を担い、グローバル化する時代に対応できる人材の育成」の2つの課題で構成されたものだ。この2つの課題が示すように、國學院は自らのブランドが、歴史を通して育んできた自らの強みを伸長させ、現代的課題への対応に活かすことで強化されると認識していると言っていいだろう。当たり前のことを当たり前に、真摯に追求してきているとも言える。

 國學院が展開する取り組みは奇を衒ったものではない。國學院は現在、文学部、経済学部、法学部、神道文化学部、人間開発学部の5学部に加え、文学・経済学・法学の3つの研究科と法務研究科(専門職大学院)で構成されている。日本に2つしかない神職養成大学の一つとして神道文化学部が特徴的だが、基本的に人文社会科学系の大学であり続けている。最近の改組は、2002(平成14)年の神道文化学科開設、2009(平成21)年の人間開発学部創設だ。他大学に比べると、学部学科を大幅に変えてきたわけではない。

 ここから示唆されるように、國學院にはブレがない。創設時の理念を受け継ぎ、日本固有の考え方や感じ方を教育・研究していこうとする姿勢を変えていない。学部学科を作るにしても、歴史的なDNAに根差していなければダメだと赤井学長は述べる。

 そもそも、目的養成型にシフトする国立大学と比較し、私立大学の選択肢はそれほど多くないと学長は語る。私立大学は個性や独自性を明らかにしていくしかないという。國學院の広報には、「もっと日本を。もっと世界へ。」といったコピーが使われているが、これらも國學院の教育研究を分かりやすく描出したものと見てよいだろう。赤井学長は「教育研究の中身をちゃんと知ってもらえれば、國學院を選んで頂けるはず」と胸を張る。

3つの慮い、5つの基い

 赤井学長自身、大学にブランド概念を持ち込んでよいか、最初は躊躇したそうだ。しかし2007年の副学長就任に際し、思い切って「ブランド」を使い始めたところ、思いのほか学内から支持を得られたという。それ以降、ブランド戦略を通して、少しでも國學院の教育研究の中身を知ってもらえるなら意味があると考えるようになったと語る。

 では、ブランドを支える肝心の中身はどうなっているのだろうか。

 國學院は、5年ごとに策定される中期計画に基づいて多彩な活動を展開している。中期計画である「21世紀研究教育計画」の策定を開始したのは2002年のこと。創立130年に当たる2012年には「21世紀研究教育計画(第3次)」を策定・公表し、現在は、PDCAに基づいて修正した第3次修訂版が運用されている。今年(2016年)はその最終年度に当たる。現在、実施状況の検証を行いつつ、来年度からの第4次計画の策定を進めているところだという。第4次計画は来年4月に公表される予定だ。

 第1次から第3次に至る中で、中期計画自体変化してきたと赤井学長は述べる。第1次計画は個別事業的な計画を寄り集めたもので、体系的に組み立てられたものではなかった。第2次計画は、ミッション(使命)とアクション(行動計画)で構成したものの、計画立案とそれを実行に移す現場との間に乖離があった。ミッションとアクションとの間に距離があったというわけだ。そこで第3次計画では、ミッションとアクションの間に「ビジョン」を入れ、両者をつなげるように配慮したと赤井学長は説明する。


図表1 「21世紀研究教育計画(第3次)」の体系

 図表1が示すように、第3次計画は「建学の精神」から始まり、ミッション・ビジョンを経て、具体的なアクションに落とし込む構造となっている。

 このうちミッションとして提示されているのが「3つの慮い」だ。「伝統と創造」「個性と共生」「地域性と国際性」のそれぞれの調和を意図している。あえて「慮」の字を用いているのは、神道精神に基づいて、「相手の立場を慮りつつ自己主張を行い、協調を図る」という意味を込めたものだ。そして、「國學院ブランド」の確立と強化を目指すビジョンをアクションに変換するための視点が、教育・研究・人材育成・国際交流・施設設備における「5つの基い」だ。「慮い」を支えるのが「基い」だと学長は説明する。

 ただ、こうして整理して提示しても、現場の教職員が「21世紀研究教育計画」を理解し、実行に移していけなければ意味がない。実行しやすい施策を示すことはリーダーの責任であり、課題をどう実行するか常に腐心していると赤井学長は述べる。そのために、計画内容を解説する機会を意識的に設けているという。可視化して分かりやすく、同じことを何度も、教職員だけでなく父母や学生にも説明するのだそうだ。もちろん、学部長や学科代表との懇談の機会も重視する。学部の独自性を尊重しつつ、時にざっくばらんに、時にオフィシャルに話す場を持つという。

 こうして学内外に幅広く理解を得る努力を続けながら、単年度ごとに事業計画・事業報告を進めていく。単年度の取り組みが5年分蓄積した結果が、中期目標・中期計画で謳った内容と重なることが理想だ。しかし、現実はそれほどたやすくない。年度計画と中期計画とのリンクが目に見えて根付き始めたのはここ数年のことだと赤井学長は述べる。組織として理解が定着するには10年かかるというのが学長の実感だ。

國學院が育成する人材像


渋谷キャンパスに設置されている博物館

 こうした地道な取り組みは徐々に実を結び始めている。國學院は近年、2万人強の志願者を安定的に集めることに成功している。もちろん、ただ数を集めることが全てではない。國學院には志向性の強い学生、つまり國學院のこの学部・学科で学びたいと志望して入学してくる学生が多いと赤井学長は述べる。確かに、歴史や文学はすぐ役立つ学問とは言えない。しかし、すぐに役立つ知識はすぐに役に立たなくなるとも言えるのだ。だからこそ、それらを学びたくて入学してくる学生は「國學院らしさ」や教育の中身を支持してくれているのではないか。学長はそう見ている。

 そもそも、國學院が育んできた学問は、神道・国史を中心に約150万点の蔵書を誇る図書館や、考古学・神道・校史資料を展示する博物館において可視化されている。130年の歴史の中で何をしてきたのか、具体的に見せることができるという。さらに、教育・研究活動を直接支える組織として教育開発推進機構と研究開発推進機構もある(図表2)。いずれの機構も赤井学長が主導して整備してきたものだ。今後、教育開発推進機構の更なる充実や、そこでのIR機能の連携強化を図っていく方針だ。


図表2 教育開発推進機構と研究開発推進機構

 では、こうしたインフラ整備を通して、國學院が養成を目指すのはどのような人材なのか。

 赤井学長は、分かりやすく言えば「日本人としての芯が通っている人材」「空間軸・時間軸をしっかり持って自分の立場を相対化できる人材」だと説明する。そうした人材育成のために、國學院では教養総合科目として「國學院科目」「日本語科目」「神道科目」等、特色ある科目を開講している。國學院科目には、例えば、54畳の和室教室で行う日本文化体験型授業がある。和歌や将棋といった日本の伝統文化、所作や礼法等を教える授業だ。

 赤井学長は、グローバル化が進行する中、海外の文化を学んで世界に出ていく「プッシュ型人材」だけでなく、日本の魅力を理解して海外の人を惹きつける「プル型人材」の育成も必要だと語る。例えば、日本固有の文化風土の背景を相手が解釈しやすいよう話せる人材。図書館にある古文書や巻物の歴史的意義を英語で説明できる人材。そうした人材を育成する等、國學院らしいグローバル化を目指したいと学長は言う。

ガバナンスとマネジメント強化に向けて

 國學院は、歴史と伝統を保持しつつも、ニーズに即して変えるべきところは変えていこうと、果敢に挑戦している。

 平成26年度から、学生1万人を対象にした「國學院大學学生リアル調査」を実施している。学生の声に耳を傾け、本気で改革していこうという姿勢は明確だ。リアル調査報告は、認証評価結果や21世紀研究教育計画と並び、大学施策の判断材料の一つとして重視していると赤井学長は語る。

 さらに、今後の課題は大学のガバナンスとマネジメントの強化だと学長は考えている。学部・組織や世代間を超えて、大学全体でベクトルを合わせていくことが必要だという。そのためにも、現在、教員の初任者研修を充実させて若い世代を育てることに力を入れている。若いミドルマネジメント層が育てば10年後・20年後に大学が変わっていくはずだと学長は見る。

 赤井学長には、インタビューの最後に、神道に「中今(なかいま)」という言葉があることをご教示頂いた。中今とは、過去から未来へと連綿と続く時間の中に「今」を捉える考え方だ。つまり、今やるべきことに思いを込めること。長い時間軸の中で今を捉え、それに真摯に向き合う姿勢は、まさに國學院の大学運営や改革に通底しているように思われた。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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