教育学部・社会学部を新設し3学部体制を開始/大谷大学

POINT
  • 1665年東本願寺の研究教育機関として設置された学寮をルーツとする仏教系大学
  • 2018年教育学部・社会学部を改組新設、既存の文学部を整備し、3学部体制に
  • 同時期に改革を象徴するブランディングメッセージを学内で再考し広報を強化
  • 2017年度志願者総数3205名(募集定員745名)から2018年度6490名(募集定員745名)へとほぼ倍増した


 大谷大学は1665年に東本願寺の研究教育機関として設置された学寮をルーツとする仏教系大学である。長く文学部単科だったが、2018年4月から3学部体制に移行した(図1)。改革の背景を知るべく、京都北大路のキャンパスを訪ね、木越康学長にお話をうかがった。

仏教系大学としての葛藤

 そもそも、建学以来文学部のみの単科体制を守り続けた理由は何か。木越学長が言うには、文学部1学部体制を守ることは建学の精神を守ることとほぼ同義と認識されていたという。裏を返せば、複数学部化することは1つに集約されている精神が拡散することになってしまうのではという危機感が根強かったのである。「本学は仏教教育を以て真実の人格を作ることを目的として創設された大学です。基盤となるべき仏教精神は教育組織体が単一だからこそ徹底できるのだという暗黙の了解のようなものがありました。ただ、そうは言っても様々な時代で社会ニーズの変化等を踏まえ、複数学部化の構想は昔からありました」。今回踏み切った複数学部化は、従前より話し合われてきた内容だったという。最初に学内で1つの意思決定がなされたのは1996年の学内答申にまで遡る。当時も今も学長の諮問により企画委員会等で議論された内容が答申としてまとめられ、こうした方向性を示すことは多いそうだ。しかし強制力を持つわけではない。大事なのは、事に臨み議論する素地が整っている大学だということであろう。大谷大学では後述するように、今回の体制変更と同時に対外的なブランディング戦略も変更しているが、その背景にはこの「全員参加型議論」という文化ならではの積み重ねがあった。

 では、従来から必要性が問われていながら、その時々の事情で引き伸ばしになっていた複数学部化が、このタイミングで実ったのは何故か。それは、「必要な議論がし尽くされ、大学的に機が熟したからです。マーケットの動向を見ながら決断したというより、主体である自らの納得感や理解浸透が必要な水準に達したから、とも言えます」と木越学長は話す。最も苦労したのは教授会の位置づけであったという。「本学は長らく文学部1つの教授会で議論をしてきたため、説明も意見聴取も全員が共有している状態を容易に作ることができました。それが3学部に分かれるとなると、見えないところが出てきてしまう。それが複数学部化におけるガバナンス上の大きな懸念でした」。透明性が確保されていたガバナンスに死角が生じれば、そこから組織文化が崩れていく可能性がある。そこで最終的には学長による判断で、合同教授会での審議を可能としたのである。「今回私が何かやったとすれば、この決定だけです」と木越学長は謙遜されるが、3学部に審議が分かれることで無用な分裂を防ぐこの措置は、それまでの大谷大学の歴史に照らし、極めて英断だったと言えるだろう。特に改組ともなると、所属する教員からは当然「自分の学問分野に直結した学科がなくなることへの不安」が叫ばれるが、そうした声に対しても学長が方針を示し、オープンに不安や不満も含めたコミュニケーションを行い、共通理解の場を作ることを重視したという。安心・安全の場が整備されていたからこそ、いざ動く時に一丸となれたのであろう。

 学科格だった教育を学部化することにより、従来の文学部の枠組みから外れ、教育の実質を高めようとしている点も見逃せない。専門領域の質を高め、大学の柱として置き直すことは、今後の不透明な時代の大学経営を見据えた決定でもあった。だからこそ、その主体である教員の納得感を醸成することは欠かせなかったとも言える。結果、改組が原因で辞める人は1人もいなかったという。

 また、仏教とは座学が多い等、静的なイメージが強いが、本来は人間教育と社会活動が基盤になっている宗教である。仏教が持つ社会的役割の変化として、近年は「共同体に積極的に関わるべし」という趣旨が強くなっている。多様化・複雑化する社会からのニーズとして、人間教育、他者との共生、自己省察といった側面の必要性が問われるようになった。こうした背景も改組の追い風となった。

 こうして大掛かりな体制変更が実現したのである。

グランドデザインに位置づけられた新学部の教育

 大谷大学には2011年創立110周年を契機に策定されたグランドデザイン(2012-2021)が存在する。「仏教精神に基づき社会を主体的に生きることのできる人物の育成」とのビジョンに立ち返り、具体的な教育・研究・学生支援・社会貢献・管理運営についての方針と目標を定めた内容である。グランドデザインの対象となる10年間はさらに3期に区分され、各学科・委員会・事務部局において詳細な行動計画を検討立案・遂行している。その中にも教育力の強化、キャンパス環境の整備等多くの事項が挙げられ、より社会に貢献する大学となるべく努力する道筋が定められている。

 グランドデザインに掲げられた教育力向上の一環でもある教育学部・社会学部設置だが、その教育内容は前身の実績を引き継ぎつつ、さらに磨き上げたものとなっている。社会学部では地域連携室「コミュ・ラボ」の活動実績を踏まえつつ、1年次から地域に出て課題を発見し、その解決法を学ぶフィールドワークが軸となる。教育学部では文学部教育・心理学科と短期大学部幼児教育保育科での人材育成実績を基盤に、子どもの心を理解し実践力のある保育・教育者を育成する。地域交流の位置づけでもあるおおたにキッズキャンパス等、前身時代からの活動も多いほか、大谷保育協会が認定する保育心理士取得等、相手に寄りそう仏教の精神を活かした教育体系を整備している。常駐の教職アドバイザーによる教職指導、模擬授業や教育実習に向けた豊富な資料や教材等も充実しており、教育現場で活躍する人材を輩出する素地は万全だ。

 グランドデザインに記載のあるキャンパス作りも進んでおり、3学部化と同時の2018年4月には新教室棟「慶聞館(きょうもんかん)」もグランドオープンし、着々と経営基盤を整備しているようである。

 なお、教育体制や環境整備は、募集面でも非常に大きなインパクトを生み出した。志願者数を見ると、2017年度の志願者総数は3205名、2018年度は6490名(募集定員はいずれも745名)にまで増加している。学問としては学科で実績のある状態でも、学部昇格改組のインパクトを印象付ける結果となった。

ブランディングメッセージ「Be Real」

 今回の体制変更の実働に際しては、企画委員会で1年、学部設置準備室1年、設置室で2年の歳月を要した。学部長就任予定者中心に設置趣旨をかためるなか、大学としての新たなコンセプトを設計する必要が出てきたという。

 「改革を象徴するメッセージとして、またもっと大谷大学らしい状態を目指すためのブランディング改革を同時に行う必要があるな、と。今回の体制変更はルーツである仏教を肯定し、現代に合わせて改変するものなので、メッセージも合わせてリニューアルしていけたら」と考えた。そうした趣旨に賛同した有志によるワークショップを中心に、ブランディング戦略の再考が始まった。具体的には業務終了後の18時以降に集まり、半年後に発表することを前提に、建学の理念から大谷大学の現在や将来あるべき姿を議論したという。若手教職員を中心に50名ほどが集まったというから、当事者意識の高さが窺える。こうした議論から出てきたのが「Be Real寄りそう知性」という新しいキャッチコピーとブランドマークである(図2)。木越学長は言う。「仏教の本質は、他者を排除するのではなく理解し、弱者を切り捨てるのではなく寄り添って生きようとする人間形成にあります。我々はそうした世界を目指して進んでいかねばならない。現代社会の抱える様々な課題のもとに本来あるべき自分を見つめ、あるべき社会を創る意欲を持った人物を育成し輩出したい。その考えを標榜するコンセプトが欲しかった」。Realには仏教的観点から2つの「実」の意味が込められている。1つは「真実」、人間の思慮分別や価値判断が加わる以前の世界を指す。もう1つは「現実」、社会問題や一人ひとりが経験する苦悩等の具体的な事象である。そしてBeとは「成る」の意。即ち、2つの「実」のもとしっかり足場を置いて本来あるべき人間像や社会を探究し、創造していこうという意志を表しているという。「仏教の理念に基づく大学である以上、本学で学んだ知性は他者に寄りそうために使われることを期待します。仏教の智慧は必ず人間へ慈悲を生み出す力となる。それこそが『寄りそう知性』です」。

 学部学科の新増設改組とブランディング戦略の再考等を一度に成功させた鍵は、仏教系大学というルーツを発展させるという独自性に加え、学長リーダーシップと日常的なコミュニケーションが活発な風土を活かした実働力、ゼロベースではなく実績ある学科を発展改組させた経緯、大事な改革の存在と意図を内外にしっかり伝えるべく広報を強化した点であったように思われる。仏教を基盤にした大谷大学が引き続き社会ニーズにどのように応えていくのか、注目される。

編集部 鹿島梓(2018/5/29)