人としての可能性を広げるゆるぎない教育/安田女子大学

安田女子大学キャンパス


2019年秋現在、学部数日本最大の女子大学

 アストラムライン(広島新交通システム)で市の中心部から 20分。安東駅で降り、通学専用エスカレーターをあがると、一面の芝生と大きな水盤、そして水の流れる階段が目に飛び込んでくる。その先にあるのが、キャンパスゲートとなる新1号館だ。2016年に完成したばかりであるこの建物に入ると、今度は吹き抜けのラーニングエリア、カラフルで使い勝手の良いプレゼンテーションフィールド、まるで隠れ家のようなワーク(学習)ボックスに圧倒される。どこかのテーマパークに迷い込んでしまったのか。それほどの環境を安田女子大学は提供している。

 2019年秋現在、学部数は国内の女子大学で最大の「7」。その沿革は1915年の広島技芸女学校の設立までさかのぼる。安田女子短期大学として55年に保育科、61年に家政科を設置し、66年には四年制の文学部を設置。そのあとは、図表1に示すような変遷をたどる。長らく文学部のみという時代が続いていたが、2003 年に現代ビジネス学部ができてからは、家政学部、薬学部、教育学部、心理学部、看護学部と、順調に数を増やしている。

 学園訓は、「柔しく剛く(やさしくつよく)」。創立時に初代学園長・安田リヨウが唱えた建学の精神だ。人を思いやる優しさと、自らを支える力の重要性を説いている。どんなに時代が移り変わろうとも、女性として誇りを持ち続け、自分らしく生きてほしい。今なおその精神は受け継がれている。

図表1 学部の変遷

大事にした「女子大学としての使命」

瀬山敏雄 学長

 1990年代から2000年代にかけて、多くの女子大学が共学化の途を選んだ。ではその頃、安田女子大学は何を考えていたのだろうか。瀬山敏雄学長は「議論がなかったわけではないです。しかし、ここで『共学のほうがいいじゃないか』と言ってしまっては、これまでのことは何だったのかということになる。それに女子大学には女子大学の使命というものがあって、それがなくなったようにも思えなかった。だからわれわれとしては『女子大学としていかに成長するのか』という視点にこだわることにしたのです」と答える。

 ただ、この判断には、さらに二つのポイントがある。一つは、女子大学であることは大事にしつつも、「女子(女性)として」ではなく、「人として」この社会で生きていくために必要な学びという発想を軸に、学部の増設を試みたこと。人としての可能性をいかに広げるかという問いを強く意識している。

 もう一つは、十分な資金に裏付けされたうえでの学部増設を行っていることだ。「新しいことは、資金が用意できるまでしません。準備ができたら、描いていたプランを実行にうつす。教育事業ですから、節約しながらまじめにやっていれば、それなりのものは用意できます」と学長は語る。

 堅実な経営を展開しているからこそ、拡大しても教育事業に集中することができる。だからこそ、ということもできるのだろう。安田女子大学の挑戦は、高校生や保護者からも支持されている。図表2に、2000年以降の入学定員数と志願倍率の推移を示した。学部増設に伴う入学定員数の増加が著しい中、他大学に向いていた志願者を振り向かせたのか、潜在的な需要を掘り起こしたのか。志願倍率は低下するどころか、むしろ上昇傾向にあるようにもみえる。驚きなのは、どの学部にも高い水準の志願倍率が確認できることだ。2018年の数値を示せば、文学部の志願倍率は4.80倍、現代ビジネス学部5.13倍、家政学部4.10倍、薬学部3.96倍、教育学部5.21倍、心理学部6.16倍、看護学部4.94倍。創設当時こそ定員割れに悩んだ薬学部も、今では十分な志願者が集まり、定員もほぼ埋まるまでに成長している。

図表2 入学定員数と志願倍率(大学全体)

女子のみの環境という利点

 女子大学であり続けるという選択肢をとったことは、教育面でもプラスに働いている。5年ほど前、カリフォルニア大学の行動経済学者、ウリ・ニーズィーらが記した『その問題、経済学で解決できます』(訳書2014年、東洋経済新報社)が話題になった。その中に女子の競争力について指摘された箇所がある。実験の結果、「女子は、男子がいないところでのみ競争力を示す」ことが明らかになったという。

 安田女子大学では、この指摘を思い起こさせるようなことが生じている。「人として、女子にも活躍してほしい。しかし残念ながら、男子がいることで遠慮してしまう女子がいるのも否定できない一つの事実ではないでしょうか。人として成長を阻むようなエクスキューズをいかに取り払うか。女子大学の重要な役目の一つは、ここにもあると思っています」。瀬山学長は、学生達のはつらつとした姿をみるにつけ、女子大学であることの意義を再認識しているという。

 安田女子大学には、オリエンテーションセミナー(オリゼミ)と呼ばれるイベントがある。新入生の大学への適応を目的とした40年以上も続く2泊3日の合宿だが、新2年生が半年以上もの月日をかけて本気で準備する。教職員はあくまで支援側。オリゼミが無事に終了したとき、学生達は皆、感極まって泣くそうだ。一つのプロジェクトをやり遂げた。自分達が考え、自分達の手で作り上げた。その経験が学生達を大きく成長させていることは間違いない。

まほろば教養ゼミとチューター

 安田女子大学の特徴は「まほろば教養ゼミ」と「チューター」からも説明される。「すぐれてよいところ」を意味する言葉として『古事記』に登場する「まほろば」を冠したこのゼミは、クラス単位の運営となっており、週に1度、クラス全員が顔を合わせ、講演会やクラス討議、レクリエーション等を行っている。学園訓にもとづいた豊かで確かな自己表現が達成できるようにと始めた取り組みだ(図表3)。例えば、裁判員制度を知るための時間に充てる。一つのテーマを取り上げ、ブレインストーミングをする。そして夏には流しそうめん、秋には焼き芋を行うクラスが出てくるのも、このまほろば教養ゼミだ。

 ゼミをリードするのは、クラスごとに決められたチューター(担任教員)である。4年間持ち上がりとなるチューターは、まほろば教養ゼミの運営はもちろん、学修・生活面全般まで、学生一人ひとりに合わせた多角的できめ細やかなサポートを行う。分からないことや困ったことがあれば、まず、チューターに相談する。そうすれば、適切な指導、助言が得られるようになっている。

 なお、安田女子大学を卒業するためには、国の基準である124単位のほかに、まほろば教養ゼミを毎年受けることによって得られる4 単位が必要になる。まほろば教養ゼミは外せない。このゼミがいかに重要なポジションを担っているのか、こうした側面からうかがい知ることもできるだろう。

図表3 まほろば教養ゼミの特徴

全学生対象の硬筆書写講座

 関連して、硬筆書写講座についても紹介しておこう。安田女子大学では、好感を持たれる手書き文字の習得を目指して、全学生を対象に硬筆書写講座を開講している。「正しく」「読みやすく」「丁寧に」を目的に、実用的な課題をこなし、書写技能の向上を図る。簡単なものから始まり、徐々に難しいものへステップアップできるように構成されているが、ポイントは、この課題をクリアしなければ、まほろば教養ゼミの単位ももらえない仕組みになっていることだ。「ものの言い方や態度もそうですが、人に不快感を与えてしまったら、どんなに優秀でもそこから先に行くことは難しくなってしまう。硬筆を取り上げるのは、就職活動などで一番初めに見てもらうのが自筆の書類になるからです。そこで不快感を与えてしまったら、あまりにもったいない。そうした考えから、この講座を課しています」と学長は言う。

 なかには課題をクリアするのに苦労する学生もいる。しかし、卒業したあとに寄せられるのは、「あれがあって良かった」という声ばかりだ。安田女子大学の文学部には書道学科がある。硬筆書写講座は、その卒業生達が中心となって支えている。

「面倒見がいい大学」にはならない

 通学専用エスカレーターにオリエンテーションセミナー、まほろば教養ゼミ、チューター制度、そして硬筆書写講座──。最近週刊誌等が行う大学ランキングのなかには、「面倒見のいい大学ランキング」というものがある。世間は安田女子大学を「面倒見のいい大学」と見ているのではないだろうか。

 しかしながらこの「面倒見」という言葉が出たとき、瀬山学長は次のようにきっぱりと断った。「面倒見のいい大学とは、言わないようにしています。人間というのは、面倒を見られると心地いいものですから、そちらになびいてしまうでしょう。それでは成長できないのです。面倒は見ません。その代わり、丁寧に対応します。学生が受け身にならないよう、しっかりと支えていくという方針で臨んでいます」。

 実は通学専用エスカレーターも、「面倒見」という文脈で設置されたのではない。このエスカレーターには、「胸を張って学び、そして生きていってほしい」という大学側の願いが込められている。エスカレーターの先に広がる開放感あふれるキャンパス。ここで自分達は、チューターをはじめとする教職員に支えられながら、友人達と充実した学生生活を送っている。なるほど、その時間の積み重ねは、たしかに学生達にとっての大きな自信になるにちがいない。

安田ブランドのベースにある「分かりやすさ」

 瀬山学長への取材を終え、キャンパスをあとにしようとしたとき、お揃いの紺色のスーツを着た二人の学生をみかけた。見送りにきてくれた職員の方が「ああ、あれはうちの制服ですよ」と教えてくれた。安田女子大学には、入学式や卒業式などの式典のほか、定期試験や公式行事などで着用することになる制服がある。

 この制服は就職活動でも着るという。そしてその活動の結果、安田女子大学の就職率は、景気の状況に拘わらず、ここ十数年、ほぼ100%。「就職の安田」「安田ブランド」と表現されることも多い。

 ただ、これほどの就職率は、就活の細かい指導ゆえのことではない。女性が「人として」生きていくために必要なことを、ぶれずに教えていく。地に足をつけた取り組みを続けてきたことの結果にほかならない。そしてさらにいえば、大事なのは「分かりやすさ」だ。学長は「学部の増設や組織改革も、分かりやすい構成であることを意識しています。理解してもらえるということが重要ですから」と強調する。安田女子大学が何を目指しているのか、分かりやすいかたちで見せているからこそ、企業も、高校生や保護者も、安田女子大学を高く評価している。

 学長は次のようにも語ってくれた。「企業の方は、『安田女子大学から来てくれた人は、一生懸命まじめに仕事をする』と言ってくれます。うれしいことです。私達の大学イメージもこうしたものだと捉えています。これからの課題は、『素晴らしい力を持っている』という卒業生をいかに育てるか、でしょうか」。

 安田女子大学の挑戦はこれからも続く。そして、そのための基盤は既に十分築かれているように思われた。

(濱中淳子 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)



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