鎌倉女子大学 学長 福井 一光氏

(2015年2月2日更新)

変化が激しい時代だからこそ
ゆるぎない知恵と自律が必要になるのです

女子大学独自の教育プログラムの提供

 鎌倉女子大学は、「女性の科学的教養の向上と優雅な性情の涵養」を教育目標としています。簡単に言えば、「女性の知と心」をどのように磨いていったらよいのかということなんですね。男女を問わず、大学教育に求められているものは、何時の時代でも二つの課題です。一つは、社会に貢献し、未来を創造していくことができる高い知識や技術を養うこと、もう一つは、自律性と人さまから信頼される血肉化された倫理性を身につけさせることです。

 特に変化の激しい今の時代は、新しい情報も知識も価値も言葉も、瞬く間に生産されるかと思えば、瞬く間に消費されていってしまいます。知識や技術が日進月歩であるように、倫理性も決して旧態依然と成り立っているわけではありません。

 ですから、活用できる本当の知恵とゆるぎない自律が必要になるわけですし、女性に求められる能力も女性が進出する職域も、ますます多様化していくことでしょう。日本がこれからもダイナミックに発展していくには、男女それぞれの力のもち寄り方を再構築する必要が出てくるように思います。

 その一助になればと考え、鎌倉女子大学では「女性と文化」、「女性と健康」、このほか、女子大学ならではの授業を提供しています。こうした科目は、共学大学ではなかなか設定しにくい授業で、その点、女子大学は、女性に特化した情報や知識、つまりは文化を提供しやすいということもあるのだと思います。

 そう考えてみますと、男女共同参画問題なども、労働力確保のために男女の割合を調整すればいいというような機械的な議論に終始するのではなく、かといって無論性別役割分担論に回帰するのでもない、例えば女性だけで企画し、実現してみるというような能力開発の問題も含めて、もっときめ細やかに検討してみる必要があるように思いますね。それを問うことを通して、新しい女子大学の役割もまた見えてくるのだと思います。

教育とは人間の可能性を信じること

 教育理念は、「感謝と奉仕に生きる人づくり」にあるのですが、この問題をコアとした「建学の精神」を初年次生の必修授業にしています。私自身が『知と心の教育-鎌倉女子大学「建学の精神」の話』(北樹出版)といった教科書を書き、「創設者の人生や大学の歴史」から説き起し、学祖・松本生太先生が掲げた建学の精神を「教育の理念」、「教育の目標」、「教育の姿勢」、「教育の方法」、「教育の体系」といった五つの側面から解き明かしながら講じています。

 ただ、こうした問題の答えは一つだけではありませんし、正答を覚えるといった類いの授業でもありませんので、学生諸君と一緒に考えながら問答を交え進めることが大切と考えています。学生一人ひとりが就学時代はもとより、卒業した後も、仕事や家庭や子育てや人生を生きる場面において、これをどう受け止め、活かしていってくれるのか、そのタネを播くことができればと思っています。

 最後に試験があるのですが、皆本当に立派な答案を書いてくれて、私のほうが勇気づけられています。こうした問題は、考えれば考えるほど、広く深い問題ですので、学生としての今の自分の感覚で受け止めていることが先ずもって大事なことですが、しかしやがて実人生のなかで、ああこういうことだったのかもしれないと気がつくこともまたあるのではないでしょうか。そうした意味で、教育とは、人間の可能性を信じることなのだと思いますね。

鎌倉市唯一の大学として地域に貢献する

 地域活動を推進することによって地域住民の方々とのつながりを深めることも大切にしています。鎌倉女子大学は、鎌倉市唯一の大学ですので、市立図書館との相互協力、生涯学習センターによる周辺住民の方々への講座提供、子育て支援、製品開発といった行政や企業との連携事業、また隣接する横浜市、そして神奈川県との間に、本当に多くのプロジェクトを抱えています。

 県立総合教育センター、県立青少年センター、県農政部やJA、よこはま教師塾「アイ・カレッジ」、小田急ライフアソシエ、そのほか、限られた時間で紹介し切れないのが残念ですが、これらは大学が蓄積している、特に教育・保育系、家政・栄養系といった研究資源およびマンパワーを通じて広く社会に貢献していこうといった内容のものばかりです。

 このような地域連携の一つとして、県経済同友会が主催する「神奈川産学チャレンジプログラム」で4年連続最優秀賞を受賞していることなど、女子大学が開発する女性特有の認識法や企画力が評価されたのだと思います。

良いロールモデルが好循環をつくる

 本学は、おかげさまで教員採用などにおいても大変高い採用率を収めています。また、管理栄養士の国家試験合格率も常に全国でもトップ層に入っています。これは、何といっても、長年にわたり培ってきた伝統の力に負うところが大きいと思いますね。教員養成も栄養士養成も、本学が長年にわたり力を入れてきた分野であり、多くのノウハウも蓄積されていますし、卒業生の活躍も良いロールモデルになっているのではないかと思います。その伝統があるものですから、先生方も学生諸君もそれに負けないようにと、本当に真剣に努力してくれているのが一番ありがたいですね。

 学部・学科総出で指導に当たってくれているわけですが、これを側面から支援する教職センターや国家試験対策室を機構としても整備し、終始相互に連携しながら取り組んでくれていることがいい成果を生んでいるのではないでしょうか。ですから、正課内・正課外の授業を通じて、おのずと学生一人ひとりが主体的に取り組んでいくことにもつながるのだと思います。

固有のコアコンピタンスを失わないこと

 これから5年後のことを考えますと、正に「2018年問題」の波のなかに突入しているわけです。少子化現象は、大学の努力では如何ともなし難いわけで、私たちにできることは、この時代にどう対応し、その波にどう乗っていくのかということでしかないわけです。

 これまでは量的拡大の時代でした。量的拡大が質的向上を押し上げるということはあると思いますが、今後は望めません。私たちの努力によってできることは一層の質的向上を図り、これによって量的拡大を牽引するということなのではないでしょうか。そのためには、大変な時代だからといって、浮足立ってコアコンピタンスを見失わないことです。まず、共学大学と異なる女子大学の独自性を自信をもって打ち出すこと。目下、学術研究所では、幾つかの女性研究のプロジェクトが始まっています。女性特有の認識法、女性特有の能力開発、ジェンダーセンシティブな研究や教育等々と。こうした成果は、女子大学の教育にも大きく貢献してくれるものと思います。

 また、本学の学術資源は、何といっても、教育学・保育学・児童学・心理学・家政学(衣食住の科学)・保健学・栄養学・食品学等々といったフィールドです。これらの質を一層高め、社会の皆さまからの信頼をゆるぎないものにしていくことだと思います。これにグローバリゼーションがどうかぶってくるのか、ある意味では、楽しみでもあります。

福井一光氏

【Profile】

福井一光(ふくい・かずてる)氏
鎌倉女子大学副学長を経て、2005年より現職。バーゼル大学大学院哲学・歴史学科博士課程修了(哲学博士)。比較思想学会理事、日本ヤスパース協会理事、オーストリア・カール・ヤスパース協会学術顧問。バーゼル大学、グラーツ大学、パドヴァ大学ほか、ヨーロッパの大学において西洋哲学や東洋思想を講演。
著書として、『知と心の教育-鎌倉女子大学「建学の精神」の話』(北樹出版)、『哲学と現代の諸問題』(北樹出版)、『ヒューマニズムの時代-近代的精神の成立と生成過程』(未來社)、『人間と超越の諸相』(理想社)ほか、訳書として、ヤスパース著『大学の理念』(理想社)、クローナー著『自由と恩寵』(教文館)、マール著『マハトマ・ガンジー-間文化論的に読み解く実像』(玉川大学出版部)ほか、著書・翻訳書、ほか多数。『高山岩男著作集(全6巻)』(玉川大学出版部)を共同編集。

鎌倉女子大学の情報(リクナビ進学)

<インタビュー・寄稿>の記事をもっとみる