SpecialMessage 世界に変化をもたらすのは 物おじせず意見を述べ、行動に移す尖った若者 出口治明(立命館アジア太平洋大学 学長)

保険業界にイノベーションを起こしたライフネット生命の創業者として知られ、2018年からは立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務める出口治明氏にこれからの社会をつくる若者に何が求められるのか伺いました。

  

工場モデル主導の5要素教育では、
未来を切り拓く若者は育たない

戦後、日本はアメリカの自動車産業や電気・電子産業をお手本に、製造業を中心とした工場モデルによって復興を遂げてきました。そうしたモデルにおいては、物事をあまり深くは考えず、黙々と長時間労働をこなすことが奨励されました。つまり以下の5要素を備えた〝優等生〞が求められてきたのです。

  • 学校の成績がいい。偏差値が高い
  • 素直である
  • 我慢強い
  • 協調性が高い
  • 目上に従う。先生のいうことを聞く

この傾向は今も続いています。企業の人事担当者とこの話をすると、半数は「ええやつやないですか」と返されます。 確かに従順で、よく働きますから上司にとっては都合がいいかもしれません。けれど、ここからスティーブ・ジョブズのような尖った人材が生まれるでしょうか?もちろん勤勉さや素直さが持ち味の人もいますし、5要素を必要とする職場もあるため、全否定するつもりはありません。しかし、今や日本にお ける製造業の割合はGDPの2割ほど。経済の枠組みが様変わりし、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)やユニコーン企業(※)に象徴される、アイデアひとつで社会を変える産業をつくる必要があるのに、未だに教育の現場では、工場モデルに過剰適応した画一的な若者を再生産しようとしているのです。

考えてみてください。「素直」とは、物事を疑わないということ。それでどうして問いを立てる力や探究力が身につくでしょうか。「我慢強い」とは、理不尽なことでも従いかねないということ。ブラック企業がはびこる理由です。

「協調性」とは、空気を読み、自分の意見を口にしないこと。「目上のいうことを聞く」に至っては、上意下達の軍隊的な思考の名残です。

では、この5要素を反対にして考えてみたらどうでしょう。

  • 学校の成績を上げることよりも、自分の好きなことに夢中になる
  • 常識や、大人のいうことを疑う
  • 我慢せずに、やりたいことをやる
  • 周囲に忖度せず、自分の道を進む
  • 目上の人に対しても、おかしいと思ったことは、おかしいと口にする

人によっては問題児に見えるかもしれませんが、僕には、芯のある頼もしい若者に映ります。少なくとも、イノベーションを起こす人材や、社会に変化をもたらすチェンジメーカーはこちらのタイプだと断言していいと思います。

周囲に自分を合わせるのではなく、
声を挙げ世界そのものを変えよう

若者を変えるのは、
多様な価値観に触れられる環境
別府市郊外にある立命館アジア太平洋大学(APU)では、物おじせず自分の意見を述べ、行動に移す尖った学生が大勢育っています。僕の学長就任後、学生に押されてつくった「APU起業部」からは1年で既に4社のベンチャー企業が生まれました。必ずしも皆、入学時点から尖っていたわけではありません。保護者からはよく「自分から前に出るようなことがなかった子が見違えるように成長した」といわれますが、環境がそうさせるのです。APUは、学生の約半数が留学生であるうえ、1年生は原則全員寮に入るのが決まり。ルームメイトに意思表示するためにはブロークンな英語や日本語を駆使するしかありません。誰一人、何一つ忖度してくれないため、黙っていたら何も始まらないのです。そうした異文化体験を通じて「日本の常識は世界の非常識」であることや、「人間は一人ひとり違う」ことを体感しますし、だからこそ意見を出し合うことの大切さにも気づくのです。

アメリカが古い工場モデルからシフトできた理由もダイバーシティがあるからです。Googleや最近ではZoomに象徴されるように、世界中から多様な価値観の人々を受け入れることでイノベーションを生みだしてきたのです。前述の5要素教育から抜け出すには多様性のある環境に身を置くのが一番。普通の高校でも、地域の人たちや大学生などと接する機会を増やすことで、それは可能だと思います。

子どもは大人を映す鏡。
先生自身が声を挙げるところから
経済人の集まりなどでは、年の瀬になるとよく「来年は、どういう年になるでしょうか?」と聞かれます。そんなことは誰にもわかりません。僕はいつもこう答えます。「どんな年になるかは、皆さんの行動によって変わるのです。一人ひとりが、こういう年にしたいと思って動けばそのようになるはず。でも、何も考えず、これまで通りのことをしているのなら、未来は現在の延長線上にしかないでしょう」と。

未来は自分たちでつくるもの。親や先生にそうした発想がなければ、子どもに主体性が育つはずがありません。

ある高校の先生から相談を受けました。「コロナ対策で冬なのに窓を開けて授業をしている。先日職員会議があり、防寒のため制服の下にセーターを着ることは認めるものの、制服の上にコートを羽織ることが禁止になった。それについてどう思いますか」と。当然、抗議の声を挙げるべきです。子どもたちの健康が心配ですから。その高校の先生方に悪意はないと思いますが、深く考えようとしていないから、そうした理不尽なことを平気で決めてしまうのでしょう。

仮に生徒から「何でこんな校則があるのか?」と詰め寄られ、明確に理由を答えられないのならば、そうした校則はパワハラと同じです。自分できちんと物事を考えない大人がどうして、子どもたちに「問いを立てる力が大事。常識を疑い、探究力をつけよう」と教えられるでしょうか。むしろ「疑問に思うことがあれば、がんがん文句をいってこい」と指導すべきです。声を挙げることで、何かが変わる経験をしたならば、それが自信となり、学校卒業後も、自分たちの手で社会をよりよく変えていこう、という発想になるはずです。

子どもは大人を映しだす鏡。生徒が「まじめで素直でおとなしい」というのなら、それは大人が、本音でぶつからず、チャレンジもしていないから。社会のあちこちにある理不尽に対して声を挙げる姿を見せれば、子どもたちも見習うはず。先生たちがまずチェンジメーカーになってほしいと強く願います。

※評価額10億ドル以上の未上場のベンチャー企業。創業10年以内の企業を指すことが多い。

でぐち・はるあき
1948年三重県生まれ。72年京都大学法学部卒業後、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。08年ライフネット生命開業。代表取締役社長に就任。12年上場。 17年に退職。国際公募に応じる形で18年1月より現職。膨大な読書量に裏打ちされた教養人として知られ、学生にも「人・本・旅」の価値を説く。『ここにしかない大学』(日経BP)、『「教える」ということ』(角川書店)『、哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『全世界史(上・下)』(新潮文庫)『、人類5000年史Ⅰ~Ⅳ』(ちくま新書)など著書多数。学校法人立命館副総長・理事。

取材・文/堀水潤一