東京製菓学校 学校長 梶山浩司氏
菓子は人なり。菓子をつくる技術と人間性を育み、
製菓・製パン教育の伝統校として、業界全体の発展に寄与する
製菓・製パン技術とともに「人」を育てる
東京製菓学校は、1954年に開校した「東京高等製菓学校」と「東京パン技術指導所」を前身としています。当時、日本経済は復興の途にあり、パンの製造販売を行っていた創立者の山本剛一氏は、「つくるだけでなく、つくる人を育て、雇用も増やさなければ、本当の復興にはならない」と考え、製菓・製パンのプロフェッショナルを育成すべく本校を創立しました。以来、製菓・製パン業界をリードする人材を輩出し続け、2024年には創立70周年を迎えました。
教育理念は、「菓子は人なり」です。もしかしたら、この言葉に違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし、この言葉に込められた意味を実感するときが必ず訪れます。人間性はお菓子に表われるのです。技術はもとより、人間が成長しなければ、お菓子やパンも進化することはありません。教職員たちもただ製菓・製パンの技術やつくり方だけを教えるのではなく、それを通じて「人を育てているのだ」という意識のもと、学生の指導に当たっています。お菓子もパンも消費され、形がなくなるものですが、「おいしかった」という記憶は残ります。製菓・製パンの世界で活躍する多くの技術者も、かつて記憶に残るおいしいお菓子やパンを食べたという原体験があり、その衝撃や感動から現在の職業を選んだ、という人は少なくありません。誰かに喜びを与え、記憶に残るお菓子やパンは、豊かな人間性から生まれます。豊かな心をもった技術者を輩出するために、本校は人間性の育成にも重きを置いているのです。
原材料の栽培や収穫、百貨店での販売…。体験のなかから学ぶこと
実際に「体験する」という機会を豊富に提供していることは、本校の教育の特長の一つです。私が指導する和菓子本科では、例年、大納言の産地である京都・丹波に足を運び、収穫体験を実施しています。授業や菓子づくりの現場で使われる原材料がどのように栽培され、収穫されるかを間近で見ることが目的ですが、手を動かし、農家や地元の方々と交流するなかで、収穫の大変さを実感し、生産者の努力や採れたての豆のおいしさを知り、黒豆や丹波大納言が高級である理由を理解するのです。
この体験の前後で、学生の意識は大きく変わります。体験前は餡などを使い切らず、容器に残して教師に注意されることもありましたが、体験後は黙っていても一粒残らずきれいにとるようになり、素材を大切に活かし切るようになりました。私にとっては「これこそが教育である」と確信した瞬間でもありました。
本校で体験できるのは大納言の収穫だけではありません。パン本科では小麦の種蒔きから収穫までの工程を体験し、箱根セミナーハウスでは陶芸家を招いて陶芸をすることも。感受性が豊かなときに体験したことは、きっと一人ひとりの財産になると考えています。
日本橋三越本店と本校がコラボレーションし、学生考案のオリジナル創作菓子を提供する期間限定イベントも10年目を超え、毎回好評を頂いています。毎年楽しみにしてくださる顧客もついているようで、商品が完売した際には、私も学生と共にお店のバックヤードでおはぎを作り、その場で販売したこともありました。実働教育の一環として、学生が百貨店バイヤーとの商談を通して商品を考案・製造し、学生自ら店頭に立ってお客様と接する経験は、その先の大きな自信につながる貴重な体験となることでしょう。
製菓・製パン業界の未来のために。伝統校としての使命
現在、業界が抱える課題の一つに、製菓・製パンの学校が増加したことにより、指導できる教員が不足していることが挙げられます。現役の菓子店・パン店の職人を講師として招き、つくり方を教わる授業も多くの学びがありますが、それだけでは教育は成り立ちません。やはり一貫性のあるカリキュラムのもと、学びや体験を積み重ねることが、プロフェッショナル養成には必要不可欠です。製菓業界からの要請を受け、近年では全国の菓子学校教師の教育に本校も協力をしています。これも、製菓・製パン教育の伝統校としての使命であると考え、業界と共に取り組んでいます。
私自身は、全国菓子研究団体連合会や日本菓子協会東和会の会長も務め、和菓子産業や製菓業界全体の底上げや活性化にも尽力しています。その活動は、地方の技術者に向けた講習会や、業界誌の発行を通じた情報提供だけにとどまらず、和菓子の魅力を海外に広める活動にも20年近く力を注いでいます。諸外国での和菓子講習会やワークショップを通じて、寒天のような和菓子の素材のおいしさに世界も気がつき始めていますし、技術コンテストでグランプリを受賞した和菓子職人をフランスに連れていくことで、若手技術者たちの意識も変わりつつあります。和菓子は今や日本だけのものではありません。日本の食文化として和菓子を世界に発信する活動は、業界全体でより一層推進すべきだと思います。こうした海外での活動で得た経験や感じたことを学生たちに伝え、刺激を与えることも教育の一つと捉えています。
また本校では、高等学校の家庭科や進路指導の先生を対象とした「先生向け研修会」や、小学生向けの「お菓子の授業」なども多数開催し、将来の技術者育成につなげています。これからも幅広い年代、日本中、そして世界中にお菓子やパンの魅力を伝え、製菓・製パン業界の発展に寄与していきたいと思います。
技術者の基礎を支え、多様な学びのニーズにも応える学校へ
学生たちはここで、夢を実現するために学んでいます。国際交流活動や新しいことにもどんどん挑戦してほしいと思います。しかしそのためには、まず「基本」を修得することが最も大切だと私は考えます。新しい製品は次々と生まれていますが、お菓子やパンの基本は変わりません。将来大ヒットするかもしれない未知のお菓子やパンは、基本から一歩ずつ歩み続けた技術者が創り出すのです。学校は、学生たちの基礎を築き、卒業生たちの拠り所となり、技術者たちの未来を下支えする存在としてあり続けるべきだと私は考えています。
日本は少子化が進み、今後、学生数が減少していくことは間違いありません。これからの学校はどうあるべきかを考える局面であると同時に、新しいことに挑戦できるタイミングでもあると感じています。
本校で学んだ学生は、菓子店やパン店に就職してプロの技術者を目指す、という人がほとんどですが、近年はそうしたプロへの道を選ばない、という学生も見受けられるようになりました。お菓子づくりを通じて国内外での文化交流活動などに携わる卒業生もいるようです。一方で、製菓・製パンの現場に従事する現役の技術者が、働きながら勉強できる場はほとんどない状況です。「この技術だけが知りたい」「自店では作れない新しい菓子を学びたい」といった要望を叶えられる場所づくりも、今後必要となるかもしれません。そんな多様な学びのニーズにも応えられる学校のあり方を、今は模索しているところです。しかし、こうした新しい教育の取組も、確かな技術や教育のノウハウをもつ学校でなければ実現は難しいでしょう。学びのスタイルは少しずつ変わるかもしれませんが、本校は教員の高い技術力と指導力、充実した環境、そして伝統を存分に活かした教育をこれからも提供し、人間性豊かな技術者を育て続けてまいります。
【Profile】
東京製菓学校 学校長 梶山浩司(かじやま・こうじ)氏長崎県佐世保市出身。中央大学卒業。東京製菓学校卒業後、都内和菓子店にて工場長として勤務。その後、本校にて若手の育成に尽力、現在に至る。全国菓子研究団体連合会会長、日本菓子協会東和会会長、中央技能検定委員、『選・和菓子職』審査員なども務める。令和3年度 食生活文化賞受賞。令和4年度 卓超技術者(現代の名工)認定。主な受賞歴に全日本和菓子大品評会名誉無鑑査賞受賞。全国菓子大博覧会工芸大賞、農林水産大臣賞受賞など多数。