SpecialMessage 「こうあるべき」を手放し、生徒に委ね、生徒が主役の学校をつくっていこう 日野田直彦(武蔵野大学中学校・高校/武蔵野大学附属千代田高等学院 校長)
学校は生徒のものである。前任校時代からそう訴え続け、学校改革を進めてきた日野田校長。
華々しい実績の背景には、自ら人生の舵取りを始めた多くの生徒の存在がありました。
いかにして生徒の心に火をつけてきたのか、「地道」だと言う自校での実践を交えて語っていただきました。
学校は誰のもの?
主権を握るのは先生ではなく生徒たち
いわゆる「まじめで素直でおとなしい生徒」が多いというのは、日本の教育が「最適化」を目的にしてきた結果だと思います。では、何に対して最適化してきたのか。「学校や教師にとって都合が良い生徒像」に最適化してきた、つまり、「先生に言われた通りにきちんとやって、 余計なことは言わず問題を起こさない生徒」を育ててきたのです。教育には「こうあるべき」が蔓延しています。そして、「こうあるべき」を植え付けると、人はそれに自分を最適化しようとします。その結果、先生の、監督の、上司の、先輩の、顔色ばかり伺うようになってしまうのです。理不尽な状況にも我慢して耐え抜くことができる人材を育成するという教育は、バブル期まではともかく、多様で変化の激しい今の時代にはそぐわない。教育の方針が時代や社会の要請とズレているのです。
本校では、「こうあるべき」は禁止です。私は意見のぶつけ合いこそが変革の原動力だと思っているので、生徒にも先生にもなんでも言いに来てくださいと言っています。余計なことを言う生徒も先生にとって都合の悪い生徒も大歓迎です。学校は生徒のためにあるものですから、生徒が先生の言いなりになるなんておかしいのです︒大事なのは︑生徒がオーナーシップ、つまり当事者意識をもって学校づくりに携わること。学校をつくる、学校を変えるのは自分たちだという意識がもてない限り、誰かがやるんだろうと受け身になってしまうのです。
失敗したって、させたっていいんです。
枠を外してワクワクしましょう
小さくついた火が連鎖して、
大きなうねりを引き起こす
本校も、入学時には自己肯定感が低く、控えめな生徒が少なくありません。そういう生徒にオーナーシップを身につけてもらうために、いろんな仕掛けをしています。何よりも大事なのが、マインドセットです。自分は何者なのか、何がやりたいのか、何のために学ぶのかといった自己理解やパーパス、フィロソフィーが明確になっていないと、能動的な学びやアクションは起こりません。誰かにとって都合の良い素直さと、自分に対する素直さというのは、まったく違います。自分の強み・弱みや自分がやりたいことに対して素直だというのは、とても大事な要素なのです。
最初は「少しずつ散発的に」がカギです。例えば、一部の授業や課外プログラムにマインドセットのフレームワークを取り入れるなど、きっかけを与えます。すると、感度の高い生徒は反応し、モチベーションのスイッチが入ります。マインドセットにより自分を肯定できるようになると、他者も肯定できるようになります。自分に自信がついて互いをリスペクトできるようになると、変なマウンティングや闘争心がなくなります。こうして一部の生徒たちがリーダーシップを発揮しだし、みんなの意見を聞きながらボトムアップで変えていこうと動き始める。そうなると、あちこちで自分もやってみようという連鎖が起こり、全体の「文化」がじわじわと変わっていきます。できるはず、自分たちで変えよう…というオーナーシップの空気が醸成されていく。それを、狙っています。実際、本校の生徒たちは着実に変化しており、スイッチの入った生徒は結果的に成績も大きく伸びています。
小さな成功体験の積み重ねも大事です。失敗して、試行錯誤を繰り返し、やっとうまくいったときって、小さなことでも達成感は大きいですよね。松下幸之助流の「やってみなはれ」の精神で、生徒がやりたいと言ってきたことに対しては基本的にやってみようと言っています。ただし、やりたいことについての企画書を作り、プレゼンをさせます。例えば、コロナ禍で中止になりかけた今年度の文化祭ですが、生徒の発案で実施することになりました。最初に生徒らが出してきた企画書やプレゼンは全然ダメだったので、どこがどうダメなのかというフィードバックとともに突き返しました。そしたら、次はすごいものを作ってきたんです。感動したので、「この魂を先生たちにぶつけてこい!」と、職員会議に乗り込ませました(写真)。先生方も驚き感動して、職員室はスタンディングオベーション状態。先生って、ついあれこれと生徒のために頑張りすぎるんですが、生徒を信じ、自分はサポーター役、見守り役に徹してフェードアウトしていくのが理想です。だって、主役は生徒なんですから。
日野田先生が校長を務める2校では、いずれも生徒が職員会議に参加し、文化祭についてのプレゼンテーションを行った。
感染防止策など細部まで練られた企画案と熱意あるプレゼンに、職員室は感動に包まれたという。
「こうあるべき」から脱却し、
マインドセットから始めよう
今の世の中で求められるのは、スピーディーに転換・改善し、問題解決ができる力です。例えば、の新しい機能やサービスは最初は穴だらけですが、利用者からのフィードバックを受けてどんどん改善し、結果的に良いものになっていく。「こうあるべき」という完成形を描いてからそこを目指すのではなく、まずはやってみる、フィードバックをもらう、試行錯誤しながら改善を続ける…というサイクルをぐるぐる回しながらより良いものを生み出すというのが、今の社会の価値創造のあり方です。
一方、今の日本には「こうあるべき」という思い込みにとらわれて身動きが取れなくなっている人や企業が多いように思います。譲れない信念はありつつも、いろんな意見・価値観や社会的なニーズ・情勢を受け止めて柔軟に変化していけるというのは、これからのVUCAの時代には不可欠な要素なのです。
生徒に限ったことではありません。先生自身にもマインドセットが求められます。大事なのは、「パーパス」「パッション」「フィロソフィー」です。先生は失敗できない、生徒に失敗をさせてはいけないというプレッシャーに押しつぶされそうになっていないでしょうか。失敗したって、させたっていいんです。だって、社会に出れば、成功することよりも失敗することの方が何倍も多いのですから、耐性をつけておく必要があるのです。
日本の学校の先生たちは、抱え込みすぎています。手放しましょう、楽しみましょう、枠を外してワクワクしましょう。生徒を中心に据えた学校づくり、学びづくりに共に取り組む勇者を増やしていくのが、私の夢です。共感していただけるみなさん、ぜひ一緒にがんばっていきましょう。
1977年生まれ。海外で幼少期を過ごし、帰国後は同志社国際中学・高校に在籍。同志社大学卒業後、学習塾に入社。2008年、奈良学園登美ヶ丘中学・高校の立ち上げに携わる。大阪府の校長公募制度に応募し、2014年に「地域の四番手」であった大阪府立箕面高校の校長に着任。全国の公立学校で最年少(当時)の校長として改革を推進し、着任3年目には海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。2018年に武蔵野大学中学校・高校校長に着任。2020年より武蔵野大学附属千代田高等学院校長を兼任する。
取材・文/笹原風花 撮影/平山 諭