京都女子大学 学長 竹安栄子氏

ジェンダー平等の推進をリードできる
女性人材の育成を進めていく


創立者が当時の英国で見聞したこと
 京都女子大学は2020年、創基100周年という節目を迎えました。
 京都女子学園の創始は1899(明治32)年に甲斐和里子(かい・わりこ)が設立した私塾である顕道女学院にさかのぼります。その後、大谷籌子(おおたに・かずこ)と九條武子(くじょう・たけこ)の尽力により、本学の前身である京都女子高等専門学校が1920(大正9)年に設立され、この年を創基と位置づけています。建学の精神は「親鸞聖人の体せられた仏教精神にもとづく人間教育」です。女性が教育を受ける機会がなかった時代に、女性のための教育機関を設立しようという3人の女性の情熱が本学の礎となっています。建学の精神に込められた意味は、誰一人取り残さないということだと、私なりに理解しています。
 京都女子高等専門学校の設立に先立ち、大谷と九條は1909(明治42)年に英国へ女学校の視察に出向いています。(ロンドン中心部の)ハイド・パーク付近に滞在していたそうですが、当時のロンドンは女性参政権運動が激化しはじめた時期で、ハイド・パークでも大規模なデモが起きたと聞いています。その時代の女性の法的・社会的な地位は日本より遥かに英国が優れていて、19世紀末には一部の女性は地方参政権を持ち、大学入学も認められていました。そういう状況下でリーダーになっていった女性は中産階級の出身で、大学で法学を修めていました。大谷と九條は当時の英国で、女性参政権運動のリーダーが自分たちの権利獲得を全国的に推し進めていった時局に、なんらかの形で触れたのではないでしょうか。それが帰国後、1912(明治45)年の女子大学設立趣意書の公表につながり、本学の前身校が設置されたと思います。
 このように本学の設立の背景には、社会の変革をリードする女性人材の育成が念頭にあったのではないかと推測します。創基100周年の節目に私たちは原点に立ち返り、女子大学の存在意義を改めて見つめ直すべきではないかと、教職員にも申し上げています。

当事者が声を上げてこそ社会は変わる
 本学の教育の狙いは、世界的に大きく後れをとっている日本のジェンダー平等推進の担い手を育てることです。より広くいえばSDGs(持続可能な開発目標)の推進とそのオピニオンリーダーになる女性人材の養成。これは日本社会の重要な課題であり、そこに現在の女子大学の社会的な意義があると考えています。
 ジェンダー平等の達成が先進諸国の中で格段に遅れている要因は、一つは制度的な問題、もう一つは男性も含めた人々の意識の問題があると思います。日本社会では社会的にも文化的にも男女に意識差があり、それが役割の違いを生んでいます。私は女性地方議員の研究をしていますが、意思決定領域の中に女性が少ないことに対して、女性自身も問題だと感じていないのです。その意識を変えるには、そのための教育が必要です。女性活躍といいながら、これまでと同じ教育では人材は育ちません。
 私は地域政治における女性の参画を研究してきました。意思決定のしくみから変えていかないと新しい制度はつくれないと考えて、続けてきた研究です。日本の女性議員の少なさを解決する方法については、答えはすでに出ています。世界の多くの国がすでに実践しているクオータ制を導入することです。制度を変えるにはどうすればいいか。やはり当事者である女性自身が自らの状況について声を上げ、改革の先頭に立たないとものごとは変わっていきません。学生にも日頃からそうメッセージしています。

企業で活躍する人材も多く輩出、女子大学で全国1位の項目も
 女子大学の歴史を振り返りますと、明治、大正に始まった女子教育は、近代社会になりつつあった当時の新しい女性役割に対応した内容でした。いわゆる専業主婦は大正時代頃から広がった概念で、その当時は生産活動に直接従事しない家政をつかさどる女性のための教育が施されていました。その後新しく女性の賃金労働が出てきます。それは家庭における女性役割の外化―例えば家庭の中で女性が担っていた、保母さん、看護婦さん、小学校教諭などの専門知識を授ける教育です。それら2つの方向で女性の高等教育が始まり、戦後、新制大学になっても基本は変わらず、本学はまさにその典型的な女子大学として文学部と家政学部でスタートしました。やがて高度経済成長期に入って、徐々に女性の企業への就業が広がりだし、1990年代から女子大学にも社会科学系学部の設置がみられるようになります。本学も2000(平成12)年に現代社会学部を開設して、21世紀の日本社会を支える女性人材、企業で総合職として活躍する女性人材をつくる方向にシフトし、2011(平成23)年には女子大学初の法学部を設置しました。つまり、意思決定領域に入れる女性人材の養成に舵を切っていったのです。同時に従来の文学部、家政学部の伝統も引き継いでおり、今は両方の流れを持つ過渡期にあるといえます。
 企業で活躍する女性人材の養成に関して、本学は社会から大変高い評価をいただいています。マスメディアの調査を引用しますと、「価値ある大学2021年版 〜就職力ランキング〜(日経キャリアマガジン特別編集)/日経HR・2020年6月3日発行」において、「企業が評価する大学」という特集で、本学は「対人力」で全国14位・女子大学全国1位、「行動力」で全国21位・女子大学全国1位、「独創性」で全国25位、「授業の質の改善に熱心に取り組んでいる」「地域の産業・文化に貢献している」ではいずれも女子大学全国1位という評価で、「いい人材が育つ大学総合ランキング」では全国24位・女子大学全国2位・私立女子大学関西1位という結果でした。今後もよりいっそう企業から信頼される女性人材の育成に努めてまいります。

女性の「学びたい」を生涯支えるリカレント教育課程
 近年、力を注いでいるのがリカレント教育で、2018年度に女性のキャリアアップや再就職をサポートするリカレント教育課程を開設しました。当初からのキャンパス通学コースに加えて、2020年10月には厚生労働省委託事業としてAI/RPAに特化したeラーニングコース、文部科学省事業としてSaturday通学コースの2つのコースを新設し、女性に対して学び直しの機会を提供しています。リカレント教育課程ではビジネスに関する最新の知識、スキルを修得できるとともにキャリアサポートも実施して、キャリアアップや再就職を支援しています。女性が社会に出てから、例えば結婚や出産を機に退職して数年間キャリアが途切れてしまうと、なかなか復帰が難しい現状があります。本学など大学で学んだ優秀な女性人材が、社会に貢献できないまま埋もれているケースが実に多いということです。そういう方々が本学で学び直すことで、再び社会に出ていただくきっかけにしてほしいと思います。ちなみに私のゼミ生も学び直しに来まして「(学生時代は)あんなに苦痛だった90分の授業が今はあっという間です」と、学ぶことを心から楽しんでいます。これからも女性の「学びたい」を生涯にわたって支える大学であり続けます。
 本学の特色として、地域社会との連携による学びにも触れておきます。本学の地域連携研究センターでは、先述したリカレント教育課程以外に男性も受講できる生涯学習講座、さらに学部教育としては女性地域リーダー養成プログラムを運営しています。地域課題の発見能力、問題解決能力、実践力を兼ね備えた地域リーダーとなりうる女性の養成を目的に2017年度に開設し、2019年度からは副専攻プログラムとして全学部生を対象に開講しています。行政機関や企業の方々にも講師を務めていただいているのですが、とりわけ企業様の寄付講座が充実しており、これだけの規模で産学連携講座を展開できている女子大学はそうないと自負しています。
 私自身地域社会学を研究してきて、地域を支えるのは市民自身であると実感しています。京都の景観を例にとると、これを支えているのは市民による地道な景観保全活動であり、そうした当事者意識をもって自分たちの地域を資産として維持管理しているのです。この女性地域リーダー養成プログラムを通じて、当事者が声を上げていかないと社会は変わらないということに気づき、自分たち自身が地域社会の担い手だという意識で、社会の一員として役割を果たす女性になってほしいと願っています。

今、女子大学は価値転換を図るべき時期にある
 現在の日本社会において、「女性の活躍」と言う場合、「女性らしさを活かす」や「女性ならではの」といった考え方がまだまだあると思います。これまでの女子大学は、女性の果たす役割を基盤に教育を行ってきました。欧米との違いは、その役割転換がなされていないことです。女性が社会で活躍している側面は多々ありますが、その多くが母や妻としての役割を全うするための活動になっていて、従来の女性役割から転換できていない。そこを転換して、女性が人間として、あるいは市民として、自分の能力を活かしてどういう役割を果たすのか。これからの日本社会の持続的展開を考えたときに、避けて通れない論点だと思います。今後の女子大学はその点をしっかり認識していくべきであり、本学はその方向を見据えた教育を実践していきます。



竹安栄子氏

【Profile】

竹安栄子(たけやす・ひでこ)氏

関西学院大学 大学院社会学研究科修了。追手門学院大学助教授・教授、京都女子大学教授などを歴任、2016年京都女子大学名誉教授。2017年より京都女子大学特命副学長を務め、2020年5月より現職。専門は社会学。

【京都女子大学の情報(スタディサプリ進路)】

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