Interview 未来社会の創造に「対話」が果たす役割 熊平美香(一般社団法人21世紀学び研究所 代表理事)

多様な人々が構成する社会において、意見が対立するのは当然のこと。
対立をどう乗り越え、その先にいかに未来を創造するかが、私たちに課せられた課題である。
熊平氏はそうした前提に立ち、課題解決の手段として対話やリフレクションの重要性を訴え続けてきました。なぜ今、対話や〝対話的な学び〞が求められるのか。対話の果たす役割について、語っていただきました。

  

VUCA※1時代の問題解決は、
マインドセットを変えることから
行き先が不透明で変化が激しく、さまざまな事象が複雑に関係し合うVUCAの時代に突入し、世界中で分断や対立が拡大・顕在化しています。そうしたなか、私たちの前に立ちはだかる問題の多くが、つの分野やつの国だけでは解決できず、領域を超えた協働・融合が求められるものとなっています。同時に、これまでの成功体験が通用しない、従前と同じやり方では解決できないという状況も次々と起こっています。

問題の解決に向けて多様なステークホルダーが合意形成をしていくためには、表面的な意見や主張ではなく、その根源となっているものの見方や価値観を変える必要があります。一方、身に染みついたものの見方や価値観を手放すことは、容易なことではありません。過去の成功体験を手放せず、これまでのやり方でもっとがんばれば問題が解決できるはずだ…と言い続けた結果、硬直してしまっているのが今の日本社会ではないでしょうか。これからの問題解決に必要なのは、人々のマインドセットから変えていくこと。それが、持続可能で幸福な未来社会を創造する出発点となるのです。

※1 VUCA(ブーカ)とは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字からなる造語。社会環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が困難になっている状況を意味する。

「対話」を通して自分の枠の外から
学ぶことで、人は変わっていく
ものの見方や価値観を新しくつくり変えるために不可欠なのが、「対話」です。対話には自分も他者も変える力があり、それゆえ、意見の対立を対話により乗り越え、合意形成が可能になるのです。

では、対話とはどのようなものなのでしょうか。他者との対話の場は、互いの意見をぶつけ合う場ではありません。また、表面的には相手の話を聞いているようでも、「私は正しくて、あなたは間違っている」という前提で聞いていては、対話にはなりません。自分の考えや評価・判断を一旦保留にした状態で、相手の話に耳を傾ける。これが、対話をするうえでの基本的な姿勢です。

対話をするうえで重要なのが、表面的な意見の背景にあるものを共有することです。つまり、「なぜそういう意見をもつのか」という部分まで踏み込むということ。人の認知には「意見」とその背景にある「経験」「感情」「価値観」があり、私はこれを「認知の点セット」と呼んでいます(図1)。どんな経験や感情、価値観がその意見を支えているのかを掘り下げていくことで、相手を理解し、「あの人の意見にはそれなりの理由があるんだ」と共感することができる。そして、お互いに共感することで、対話が深まっていきます。

一方、相手に自分の意見の背景を理解してもらうためには、まずは自分自身の意見がどのようにできているのかを知らねばなりません。つまり、内省、リフレクションが必要。「対話はリフレクションを前提にしている=リフレクションが十分にできていない状態では対話は成立しない」という視点は、実は非常に重要です。リフレクションにより自分自身を客観的に見て、自分の「内面」や「枠」を知ること、つまり、メタ認知力を上げることが大事なのです。

対話は、自分の枠を超えて、他人の枠の内に入ってみるという体験です。言い換えると、自分の枠の外から学ぶための方法であり、他者に限らず、自分の外にある「社会・世界との対話を通して新しいことを学ぶ」という捉え方もできます。自分を理解したうえで、それを一度手放し、フラットな状態で異なる世界に入ってみる。そこには、自分が知らなかった新しい世界が広がっています。その出会いこそが、対話の醍醐味だと私は考えています。

対話を通して学び合い変わっていくことで、
対立を融合に変え、未来社会を創造できる

対話により上位概念が見出され、
未来志向型の合意形成ができる
対話とは何かを理解し、自分自身へのリフレクションができているというベースがある者同士であれば、共感と内省を伴う対話が成立します。合意形成の前段階として重要なのが、「自分たちが対話により目指すものは何か」という上位概念を共有すること。この上位概念は、背景まで含めて自分の意見を伝え、同様に背景まで含めて相手の意見を傾聴し、相手にとっては何が大事で何を優先しているのかを理解していくなかで、形成されていきます。そして、共通の上位概念に向けて各々の考えが変わるという変化が起き、結果として合意形成ができるのです。例えば、国連が発表したSDGsは、さまざまな要素が絡み合うなかで、「持続可能な地球や人間社会を目指す」という上位概念に向けて、世界的なレベルで対話を重ねた結果、生み出された合意です。

一方、対話のベースがなければ、対話は成立せず、意見・主張をぶつけ合うディベートになってしまいます(図2)。ディベートは、勝つか負けるか。ただ勝負が決まるだけで、新しい何かを生み出すことはできません。対立状態のまま、現状維持です。

個人のレベルで考えると、対話ができない人は、豊かな人生を送ることが難しくなるでしょう。高度な問題解決や未来創造に携わることができず、誰かが決めたことに従うことになります。自己決定ができないと幸福度は低くなってしまいますし、うまくいかないときに原因を内ではなく外に求めて「どうせ無理だから努力しない」という負のループに陥ってしまう。
結果的に、自らのウェルビーイング※2を手に入れることが難しくなるのです。

また、社会に目を向けてみると、この年ほどで、多様性、ダイバーシティが重視されるようになってきました。これは歓迎すべきことですが、一方で、多様性が新たな価値を生んでいるかというと、残念ながらそうなってはいないと私は感じています。例えば、日本社会がDX(デジタルトランスフォーメーション)に苦戦しているのは、データサイエンティストが不足しているからではありません。それも一因ではありますが、何をどう変えてどこへ向かうべきなのかという大きな構造を考えられる人材とデータを扱える専門家の、領域を超えたコラボレーションができていないというのが大きな要因です。カギを握るのが対話です。異なる価値観や背景をもつ者同士がフラットな立場で対話をする。対話によってこそ、多様性はその真の価値を発揮できるのです。

※2 ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的にも精神的にも社会的にも、良好で満たされた状態にあることを意味する概念。

「なぜ」を掘り下げ、
他者から学ぶ学びへ
 新しい価値観をつくり未来を創造するためには、社会に出る前に、対話のベースを身につけておく必要があります。だからこそ、学習指導要領にも「対話的な学び」が明記されているのだと、私は理解しています。

ひとつ、海外の事例を紹介しましょう。オランダでは、子どもたちは幼児期から対話の練習をします。オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」では、子どもたちは「意見は対立して当然だ」ということ学び、意見を述べる際には理由と事例を添える、つまり、意見の背景まで伝えることを習得していきます。また、子どもたちは「対話を通して自分の考えを変えてよい」とも教わっており、これも対話をするうえでの共通認識としてとても大事なことです。

今すぐオランダのように…とはいかなくとも、対話の第一歩は、相手に、そして自分自身に、「なんで?」と問いかけて思考を掘り下げていくことです。つい、「何を・どのように」にフォーカスしがちですが「なぜ」こそが大事。そして「なぜ」を自分の中にもっておくと、脳は自然と答えを探し始めるのです。「主体的・対話的で深い学び」とは、まさにこの「なぜ」を掘り下げていく学びのこと。自分の「なぜ」、共に学ぶ仲間の「なぜ」を、対話を通して深く掘り下げ、相手から学んでいくということなのです。

節目の今、求められるのは、
教育と社会の対話と融合
「主体的・対話的で深い学び」を実践しなくてはいけないと、肩に力が入っている先生もいらっしゃるかもしれません。でもその前に、まずは先生方自身に、対話をすることを楽しんでいただきたいと思います。対話を通して新しいものに出会うのは、とても楽しくワクワクすることであり、これこそが学びの本質です。

そして、対話も含めてですが、学習指導要領やOECDのラーニング・コンパスにまとめられていることは、まだ世の中の誰も知らない未来社会の創造のために必要な資質・能力やそれを育成するための手法です。先生自身も学んでいないこと、わからないことを生徒たちに教えなくてはならない苦労やプレッシャーは、計り知れません。どうしたらいいのかわからないのは先生だけではないし、先生だけががんばる必要はありません。社会がもっと学校教育を支援して、一緒になって成長していけるようにすることが大事だと思っています。日々子どもたちと接している先生方は、未来創造のフロントランナーです。社会が変われるかどうかの境目にある今こそ、教育と社会とが対話を進め、融合していくことが求められているのです。


一般社団法人
21世紀学び研究所 代表理事 熊平美香
くまひら・みか●一般財団法人クマヒラセキュリティ財団代表理事。昭和女子大学キャリアカレッジ学院長。ハーバード大学経営大学院でMBA取得後、熊平製作所などを経て独立。2009年より日本教育大学院大学で教員養成に取り組む傍ら、未来教育会議を立ち上げ、教育ビジョンの形成に尽力する。文部科学省第11期中央教育審議会委員、教育再生実行会議高等教育ワーキンググループ委員、経済産業省「未来の教室」とEdTech 研究会委員などを務め、2018年には経済産業省の社会人基礎力に「リフレクション」を提案し、採択される。

リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術 (熊平美香著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
あらゆる経験から学び、未来に活かすために不可欠な「リフレクション」の実践法を、「認知の4点セット(意見・経験・感情・価値観)」をもとに紹介する1冊。リフレクシ ョンの先にある対話や傾聴、未来を創る力、課題解決力、多様性からの価値創造などにも触れている。リフレクションのための8つのフレームワーク付き。

取材・文/笹原風花