Chapter 2 教科の境界を越える 【Navigator】中島さち子 (STEAM教育者・数学者・音楽家)

自身の問いを基に、自分なりの価値を生み出す。
その難しさと喜びが、教科の越境を触発する

21世紀は「誰もが自分なりの価値を生み出せる時代だ」と私は思っています。従来は、高校や大学では「知る」ことに励み、社会に出てから「創る」という流れでしたが、今はテクノロジーの支えもあり、高校生でも文書や映像、音、光、プログラミングなどで幅広い表現や創造ができるからです。  

その「創る」活動では、一つの専門知では足りなくなり、別分野を「知る」ことをしながらまた創るという行き来も起こります。映像づくりをするうちに、法律など社会のこと、動きの計算など数学の知見も必要と感じ、学ぶというように。この点は産業界や研究の世界も同じです。特に昨今は、自分とは異なる領域にも目を向け、多様な専門知を融合し、新たな価値を生むことが求められています。

だからこそ高校生にも「自分なりの価値を生み出すために、教科の境界を越えて学ぶ」ことをしてほしいと思っています。境界を越えながら創造するという、その難しさと喜びを知っておくことが、これからの社会を生き抜く力になると思うからです。  

ただ、先生方には「教科横断をしなければ…」と過度な負担は感じてほしくないのです。教科横断は創造に向かう手段であり、目的ではない。ですので視点を変え、まずは「生徒がわくわくして、自ら教科の境界を越えたくなる」状況を目指しませんか。  

そのための第一歩は、生徒が「これをやりたい」という自分なりの問いを見出せるよう、後押しすることだと思います。普段の授業から、答えが一つではない問いを扱い、生徒の考えを引き出す。実習や実験では、方向性や数量など生徒が自由に決められる余地をつくり、教科書のお手本通りでない、人それぞれに違う結果が出るものに取り組む。最初は何をしたいか思い浮かばない生徒も多いでしょうが、自転車に乗る練習と同じで、やりたいことを日々考えていくと、次第にできるようになります。  

生徒に自信がつけば、例えば社会の授業で大仏を調べても「どうやって作った?」「何でできている?」「お金はどう集めた?」と教科の枠を越えた問いが生まれます。そこでの学びを基に「何か作りたい」「発表したい」と創ることにも向かいだします。自身の問いから始めたことは、言われたことをやるよりも断然面白いですから。  

先生方には、その生徒主体の取組を、各教科のプロとしてまた支えてほしいのです。総合的な探究の時間や課外活動の時間なども活用し、一緒に考え、悩み、できれば外部の人も巻き込み、生徒が各教科の知見も活かしながら、自分なりの価値を生み出すのを手助けします。そうして生徒一人ひとりが「自分たちで未来のかけらを創っていく」という自負心や喜びを手にするような学びを、私は先生方と共に実現させたいと思っています。

なかじま・さちこ●教育・数学・音楽の3分野で、全国の学校や企業等で講演や研修を実施。代表を務める株式会社steAmでは、学校や企業と組んで「創造的・実践的・横断的でプレイフルな学び」を開発している。1996年国際数学オリンピック金メダリスト。ジャズピアニスト・作曲家としても活動。

取材・文/松井大助 撮影/平山 諭