Chapter 5 場所の境界を越える 【Navigator】荒畦 悟 (文部科学省 トビタテ!留学JAPAN) × 杉浦太一(Inspire High)

心に火がつくと、生徒はどんどん外の世界を見に行く。
オンライン&リアルで、場所を越えた学びの機会を

――リアルな場所の越境を促進している文部科学省の「トビタテ!留学JAPAN」の荒畦悟さんと、テクノロジーを活用してオンラインで世界中の識者と教室を結びつけている「Inspire High」の杉浦太一さんに、それぞれのお立場から、場所の境界を越えることで生徒たちの成長を引き出す意義について語り合っていただきたいと思います。

荒畦 留学のメリットは、物理的に場所の境界を越えることで、五感をフルに活用して世界を感じられることや、逃げられないアウェイな環境で、マイノリティとなる経験や、予定外の人とのつながりができるセレンディピティを得られることだと思います。そのなかで、世界の広さを知ることはもちろん、自分や日本、育った地域がどんな存在だったか考え、知ることで一皮剥けた成長を遂げていきます。

杉浦 我々のスローガンは「Expand Your Horizons 」。つまり興味の領域を広げていこうということです。中高生の頃の体験が人生を決定づける原体験になることって多いですよね。その世代での出会いが学校や地域だけに限られたり、ネットでも好きなことしか見ない状況に課題を感じていました。オンラインの活用でその壁を越え、どこにいても世界中の多様な人とつながれる機会を提供したいと考えたのがInspire Highの取組です。リアルな留学の圧倒的なパワーに比べると、オンラインは体験の深さではかないませんが、その分多様なバリエーションを提供できる拡がりがある。やりたいことを見つける火種を提供して心に火を灯すのがオンラインで、その火をしっかり燃やしてくるような深い体験が留学ではないでしょうか。

荒畦 そのとおりですね。どこで何をしたいかという動機があると、留学も充実しますよね。危機感を煽る動機づけもありますが、ワクワク感の方がより強い動機になる。世界の国や人とのワクワクするような出会いのきっかけとしてオンラインは非常に有効ですね。 一方で、留学の課題は機会格差で、都市部や私学の生徒に偏っている現状があります。本来、留学など広い世界への興味関心やそこから伸びていく才能は全国均等にあるはずで、それを我々が発掘できていないだけ。機会を全国の生徒に届けたい。そのための情報発信を「#せかい部」というSNSを活用した施策や模擬留学、オンラインイベントなどを通じて実施しているのですが、まだまだ必要な生徒に届けられていないと感じています。

杉浦 才能の発掘という考えもありますが、才能化されるのを待っているのかな、と思います。どんな生徒でも、きっかけを与えられることで才能が開花していく。その最たる経験が留学で。私たちがオンラインにこだわったのは、既に社会に対する意欲が高い一部の生徒だけでなく、広く中高生をインスパイアしたくて、オンラインなら地域格差なく届けられると思ったからです。

アウェイな環境に飛び出し、広い世界と
自分に向き合う経験が、失敗も含めて糧となり
次の成長へつながっていく

あらうね・さとる●上智大学外国語学部卒業後、人材事業会社、専門商社、外資系IT企業の3社で約13年間採用に携わり、2014年より官民協働海外留学創出プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」創業メンバーとして参画。現在はプロジェクトマネジャーを務める。

  

――場所の境界を越える体験を通して生徒の成長をさらに促すために、どんな仕掛けをされていますか?

荒畦 留学では前後のフォローが非常に重要だと考えており、応募段階や事前研修で志望理由や目的を問い直します。それ以上に大切なのが事後研修です。初めての体験で失敗もあります。でも体験を周囲の人と対話しながら整理すると、失敗経験が実は成長の糧になっていることも多々あるんです。経験を矮小化させないためにも、周りの大人や仲間が俯瞰で見て、どんな価値があるのか捉え直す。その過程で本人が自分の経験を言葉で語り直すことはとても重要だと思います。

杉浦 よくわかります。Inspire Highでも、識者の講演を配信しているだけでなく、授業の一連のプログラムとして提供していて、アウトプットとフィードバックを必ず入れています。司会者からの問いについて考えてアウトプットし、それに対して同世代からSNSのコメントのようにフィードバックをもらえる仕組みです。オンラインの利点を活かし、同じセッションを経験した全国の他校の生徒たちのアウトプットも見られるようにしているのですが、同世代からのアウトプットとフィードバックに一番衝撃を受けているようです。 「同い年なのにこんなこと書けるの!」とか、他県の知らない子から良いフィードバックをもらうとすごく自己肯定感が高まるとか。識者の講演内容はもちろん、先生や大人の視点も大事なのですが、同世代との横のつながりによる触発が、成長を後押しする一番のパワーになる気がして、それが私たちの発見でもありました。

荒畦 高校生にとって横のつながりの影響は良くも悪くも大きいですよね。留学で人生が変わるような体験をしても、帰国後の元の学校に気持ちを分かち合える仲間がいないと、同調圧力で燃えていた心の火が急激に萎えてしまいがちです。

杉浦 留学のような強いインパクトのある体験ですらそうなので、オンライン講演では「いい話を聞いた!やる気が出た!」と思っても、何もしなければ2日後には鎮火しています(笑)。その気持ちを持続させるために、講演で気に入ったフレーズや関連用語のタグを生徒たちがマイページにストックできる仕組みをつくっています。10セッションくらい経験した後に「自分はこんなフレーズやタグに興味をもっているんだ」と振り返ることができ、先生の進路指導や、志望理由書を書くときに役立ったり。そのリマインドを繰り返すことが大事で、荒畦さんがおっしゃった「体験の捉え直し」にすごく近いですね。

荒畦 留学生たちが心の火を消さずに成長を続けるためにも、全国の同世代の留学経験者をつなげたり体験を振り返ることができるテクノロジーもあるといいなと思っています。

杉浦 ぜひ一緒にやりたいですね。一人ひとりの才能が導き出された社会って、ものすごく活気にあふれていて、経済効果も高い社会になっていると思うんです。いろんな分野が協働することで可能性が広がると思います。

荒畦 本当ですよね。高校生にはオンラインもリアルも使って、やりたいことを世界中から見つけてチャレンジしてほしい。我々やInspire Highさんのような外部の力やテクノロジーが、生徒の学びの機会を広げたい先生方のお役に立てればと思います。

一人ひとりの才能が導き出された
活気にあふれる社会を創るため、一人でも
多くの高校生にそのきっかけを提供したい

すぎうら・たいち●大学在学時に起業、その後2006年株式会社CINRAを設立し代表取締役に就任。自社メディア運営やデジタルマーケティングに従事。2020年、世界中の識者の講演動画を届ける10代のためのライブ配信プログラム『Inspire High』を立ち上げ、分社化し現職と兼任。

取材・文/長島佳子 撮影/平山 諭