西東京調理師専門学校 校長 住川啓子氏

妥協せず、頑張り抜く力をもって、広く、長く、社会に貢献できる調理師に
そして感性と応用力の高い料理人に育ってほしい


食文化の向上と発展に寄与する品格ある調理師の育成を
 教育理念「知(ち)」「技(ぎ)」「倫(りん)」「汗(かん)」には、私の父である本校の設置者田中啓介の熱い思いが込められています。
 戦後間もない1950年代、日本政府からの農業研修生として渡米し、カリフォルニアで3年間を過ごした20代の田中啓介は、広大な土地と、想像をはるかに超える大規模な農場経営、敗戦国日本との生活レベルの違いを目の当たりにしてカルチャーショックを受けました。農業と食を大切にしてきた日本でもこれには太刀打ちできない、と。しかし、日本が古来より育んできた食文化、すなわち、豊かな自然、そこから採れる豊富な食材そのものの持ち味を生かす調理法、四季折々の趣の表現、行事と食が結びつく高い文化性、そして、この「日本料理」を創り出す日本人の繊細な技術と感性、勤勉な国民性は、世界のどの国にも引けを取らないと考えたのです。日本料理の高い評価が世界で定着した今となっては、その考えが正しかったことに驚かされます。
 帰国後は、外から日本を見てきた田中ならではの視点から、豊かな食生活へのシフトチェンジを図り戦後の復興と発展に資する、我が国固有の食文化を承継し向上させる、将来のコンテンポラリーな食生活への変化を牽引する料理人の育成、世界でも活躍しうるインターナショナルな人材育成、これらへの対応が急務であると考え、1967年に西東京調理師専門学校の前身である「東京割烹料理学院」を開校しました。高い技術と正しい知識だけでなく、ゆるぎない人間力を持つ、どこへ行っても恥ずかしくない品格のある料理人を育成する。これこそが将来の日本を作る礎となる。開校の際打ち立てた本校の教育理念「知」「技」「倫」「汗」には、田中の熱い思いが詰まっていると同時に、今に通じる普遍性を持つ理念となっています。
 「知」とは … 食に関わる幅広い知識を身につけ、食文化を担う調理師になってほしいという思いを込めています。
 「技」とは … あらゆる料理の調理技術を学び、国家資格、検定資格を取得して社会的信用のある調理師になることです。
 「倫」とは … 他者を敬い、たゆまぬ努力を重ね、人の役に立つことを喜びとする心をもつ調理師になることです。
 「汗」とは … 陰ひなたなく、誰も見ていないところでも努力し続け、骨惜しみをしない調理師になることです。
 本校は、優れた調理技術だけではなく、聡明な人間性と豊かな心を兼ね備えた者こそが素晴らしい料理を提供できるのだと信じ、今もこの教育理念の下、調理師にふさわしい人材の育成に努めています。
 創立者田中啓介は、多くの学生たちと米国でボランティア活動などを行った功績によりカリフォルニア州議会より日本人で初めて表彰されました。 また、フランスの調理製菓の名門校「エコール・ルノートル」と日本で唯一の姉妹校提携をしました。フランス共和国より農事功労章を受章、2021年に叙位叙勲を受けるなど、海外との文化交流のかけはしを務めてきた活動、食文化の向上への取り組み、人材育成教育への熱意などが認められてきました。惜しくも2021年に他界いたしましたが、その熱い思いを受け継ぎ未来につなげていくのも私のミッションだと思っています。

自然から学んだ造形美
 両親が調理師の専門学校を経営していたため、私は幼少期から一流の料理人に囲まれるという恵まれた環境で育ったと言っても過言ではありません。今思い返せば、口にする料理は本物のプロが作ったものばかり。だから、いわゆる家庭料理の味というものを大人になるまでよく知らなかったほどです。 私の作る料理だけは喜んで口にする親戚もいたので、先生方の手ほどきで子供の頃から料理の腕前は上達していたようです。
 親の仕事を将来継いでいくという意識はあったものの、私の一番好きな分野はデザインや造形製作でした。また、自然に親しむことが好きだった父の影響で、自然の作り出す造形美、色あい、形状や力強さなどに強く惹かれ、影響を受けるようになっていきました。生け花を通して、自然そのものの形をお皿にいけていくことを体系的に学んだことで、自然美をモチーフとした造形のスタイルが身についていきました。

努力と経験は自身の糧となる
 学校を卒業して、職員として西東京調理師専門学校に入った私は、「料理の盛り付けにもっとデザインを取り入れる」「センスのいい料理人を育てたい」という発想から、学校の授業のなかに、デザイン学や生け花などを通してセンスを磨く授業をいち早く取り入れました。
 私自身、もっと広く深く知識を身につけたいという目標を持っていましたが、昼は学校の仕事、家では家事、子育てもしていましたから、家族全員が寝静まった夜中しか自分の時間はとれません。それでも睡眠時間を削って夜中に一生懸命勉強しました。さらには、フランスのエコール・ルノートルやリッツ、国内でもさまざまな学校に入学、デザインやテーブルデコ、フラワーなど、貪欲に学びました。その後、フードコーディネーターという職業ができて、私はその先駆けとしてお仕事をさせていただくようにもなりましたが、その頃学んだことはすべて役に立ちました。すべての努力と経験は必ず糧となることをつくづく感じます。

現場の第一線で私自身が学んできたことを学生たちに伝えたい
 フードコーディネーターとして、コマーシャル、書籍、食品メーカーのカタログ、テレビドラマ・映画の料理シーンの演出、制作などに携わるようになりました。それまでに学んできたことがフードデザイン、テーブルデコとして活き、作品を通して世に出ることになりました。
 メディアの第一線でお仕事させていただくようになって、最も勉強になったこと。それは、常にベストを尽くすこと、臨機応変に対応すること。それが、不可能を可能にするということです。例えばCMの撮影の現場では、ほんの数分の映像作品のために大勢の一流のプロたちが集結し、最高のものを創り上げることを目標に全力投球していきます。そこでは、思ったようにいかないこと、アクシデントが起きることも多い。また、クリエイティブな現場では、いわゆる「朝令暮改」は当たり前。そんなときにできない理由を探したら最高の結果は望めません。「どうしたらできるか」という思考を持ち続けることが必要です。問題解決のために即座にアイデアを出して、行動を起こす。臨機応変に機敏に対応していく力が求められます。フットワークを軽く、明るい気持ちで、目の前のことに最善を尽くす、そうすると、不可能と思えることでも、不思議なことに必ず道は開けていくのです。私は現場でそのような経験をしてきました。 諦めず、妥協せず、ひたすら努力すれば、予想した何倍もの素晴らしい結果をもたらしてくれる。料理の世界だけでなく、どんな仕事においても何よりも大切なことだと思っています。

100%は当たり前、200%でやっと認めてもらえる
 私は、多くの映像作品で俳優、女優が食事をするシーンを担当してきました。私が最初に関わったドラマで、ある大女優から「これはあなたが作った料理?」と尋ねられました。そうですとお答えすると、「だったら喜んでたべるわ」とおっしゃっていただいたのです。女優さんたちは、食事をするシーンがあっても、なるべく口にしないようにしてきたそうなのですが、私という料理人を信用して食べてくれたのです。
 有名な役者たちは例外なく舌の肥えたグルメの方たちばかり。だから、出す料理の美味しさにはこだわってきました。また、役者は健康と美容が大切ですからそのことにも配慮してきましたし、グルテンフリーなど食の多様化にも、それが一般化する随分前から対応してきました。あわせて、役者のセリフ回しのことも考えるのです。配慮と気配りが非常に大切となります。そのうえで、見た目を両立させなくてはなりません。つまり場面に合わせた演出をし、映像を通して美味しさを伝えます。器などによる表現も重要です。様々なことをいろいろな角度から考え尽くします。
 仕事は、100%では当たり前なのです。120%で「まあまあ」といわれるかもしれませんね。200%努力して、やっと「いいね」とか「すごい!」とか言われるのです。今では、映画監督から直接のご指名、女優さんからのご指名もあります。ありがたいことに、私の作る料理はおいしいと言ってくれる役者さんたちも多いのですが、そのための努力は惜しんでこなかったと思っていますので、評価されて嬉しいです。

感性の高い料理人を育てる
 素晴らしい料理を提供する一流の料理人たちは、調理技術の基礎をしっかり身につけてきた方たちです。そのうえで、その感性を活かして独自の料理に仕上げています。そのため、皆さん例外なくさまざまなことを勉強し、知識、経験値を増やし、感性を磨く努力をしています。私には感性がない、と諦めなくても大丈夫。幅広く学び、経験を多く積むことで感性は育っていきます。また、その引き出しが増えることで応用力の高い料理人に育っていきます。学生たちもその唯一無二の個性を伸ばしていけば、色とりどりの花を咲かせることができるのです。そのことがひいては料理の世界を大きく発展させることになると信じています。感性を磨いていくことで個性は必ず伸びますから、本校では、フードコーディネートをはじめとしたセンスを向上させる授業を多く取り入れています。

幅広く学んで応用力をつける
 本校では、幅広いジャンルの料理を学ぶことができるという大きな特徴があります。日本料理、西洋料理、中国料理はもちろん、日本料理とは別カリキュラムでそば、すしがあり、さらには、製菓・製パン、フレンチ、イタリアン、エスニック料理など非常に多くの種類を学ばせます。学生たちに、将来、応用力のある料理人として活躍してもらいたい。だから、このようなカリキュラムを組んでいます。
 昨今、世界各国の一流の料理人は、さまざまな国や文化の料理を取り入れ、応用していますので、世界の料理はさらに大きく、急速に発展しています。料理人たちがさまざまなジャンルの料理を研究することは今や必須となっています。だから、しっかりと学ぶ時間がとれる学生時代にこそさまざまなジャンルを基礎から学ぶべきだと本校は考えています。もちろん、学生の進路選択にも役立ち、さまざまな種類の職業を目指すことができるのも大きな強みとなっています。

聡明な人間性を身につけて将来の料理界を牽引してもらいたい
 学生の皆さんには人間的な魅力を身につけてほしいと思います。職場で、先輩から仕事を教えていただくときは、素直な気持ちで、敬意をもって接し、教えていただいたら感謝をする。この当たり前のことが、できていない人がいます。本校では、「敬意、感謝、礼儀」と学内に掲示して、日頃から意識を高めています。
 就職先では清掃や整理整頓のできる人は一目おかれることになるでしょう。だから、日頃から清掃をしっかりさせています。そして清掃は心も磨いていくと思うのです。技術の習得はもちろんですが、根底にある人間性を高める。やり抜く力を育て、諦めることなく、ひとつの仕事を続けていく力に結実していくはずです。そのようなひとつひとつの行動や考え方がその学生たちの人間性を磨き、将来立派に社会の役に立っていく人材に育つと思っています。若い学生たちはそのことを将来実感することになるでしょうが、今はわからないと思います。でも、習慣をつけさせるのは学校の役目ですから、教職員一同でサポートしています。

「個」を重視した教育
 本校の特長のひとつが、個々にあわせた実践教育です。先生と学生との距離が近く、丁寧な指導が行えるのも、大規模な学校ではない強みです。技術習得の過程で、ついていけない学生を出さないようなカリキュラムを組んでいます。さらには、学習の進捗が遅れている学生に対しては、授業時間以外であっても“できるようになる指導”の時間を設けます。そして、夏休みなど別の時間を使って、授業ではできなかったことの講習をするなど、手厚く学生たちを導いていけるよう努力しています。


住川啓子氏

【Profile】

住川啓子(すみかわ・けいこ)氏

日本におけるプロフェッショナルなフードコーディネーターの草分け的存在。レストラン・ホテル・ブライダル・メニュー制作のプロデュースやプロシェフへのアドバイス、500本以上のドラマ・映画の料理シーン制作などの実績をもつ。レシピ開発からフードデザイン、撮影時のスタイリングまでフードコーデイネート全般をワンストップで手がけ、CM広告、メニュー開発、雑誌の料理ページや料理本の著書など幅広く活躍中。

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