国立大学法人北海道国立大学機構 理事長 長谷山 彰氏

小樽、帯広、北見の三国立大学を経営統合し、2022年4月に創設
専門や風土が異なる各大学を飛び回り、学びの3倍増を目指す

三大学が教学に専念できるよう、経営を機構が担う
 国立大学法人北海道国立大学機構は、商学を専門とする小樽商科大学、獣医・農畜産学を専門とする帯広畜産大学、工学を専門とする北見工業大学を一つの法人に経営統合し、それに伴って創設された、全国初(三大学として)の組織です。
 大学には法人運営を担当する経営部門と、教育研究を担当する教学部門があり、私立大学は創設者(オーナー)が経営、学長が教学と役割分担がなされていますが、国立大学においては学長が経営と教学の両部門長の職を兼務します。教育研究の質を高めながら、経営業務も総理する。その負担は多大なもので、小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学も然りでした。
 教育研究活動の持続的な発展、意欲ある学生を支援するには、それを支える財政基盤の強化が必須です。そこで、経営戦略、基金等に関する企画や立案などを行う拠点をつくることになり、三大学を経営統合して一法人とし、当機構が経営部門を担い、三大学が教育研究に専念できる体制を整えたわけです。
 当機構の経営やガバナンス等については、国立大学の運営に民間私立の風を入れるため、北海道銀行・兼間祐二頭取、昭和女子大学・坂東眞理子理事長らを招いた「理事長アドバイザリーボード」を設置し適切なアドバイスを受け、“新たな国立大学の形”を目指しています。

大学の垣根を超えた「教育と研究のイノベーション」を起こす
 三大学を経営統合したことで経営の効率化を図れるだけでなく、分野横断的な教育と研究、さらには小樽、帯広、北見にまたがる各大学の垣根を超えた学びを体験できる「教育と研究のイノベーション」が可能になりました。それはこれまでの大学にない、新しい学び方です。
 教育と研究のイノベーションの中核を担うのが、当機構の直轄組織である「教育イノベーションセンター (ICE)」と「オープンイノベーションセンター(ACE)」です。三大学が単科大学としてそれぞれの専門性を追求しつつ、両センターが三大学の組織や学問分野を超え、分野融合的な学術的価値を創造し、産学官金連携による社会実装を図ります。

【教育イノベーションセンター(ICE)】
●三大学ならではのリベラルアーツの開発
 自然災害、新型コロナウイルス感染症、ウクライナ侵攻など、近年、想定外の事態が頻発しています。今や想定外は想定外ではないという時代と言ってもいいでしょう。想定外の課題を解決するためには物事の本質を見抜く洞察力、解決法を考える独創的な発想力が必要です。また異文化摩擦や意見の違いを力ではなく話し合いで解決するコミュニケーション能力、そして民族や宗教などを超えた人間としての普遍的な倫理観を備える必要があります。「数理・データサイエンス科目」「地域理解・課題解決科目」など、分野融合的な三大学連携の教育プログラムやリベラルアーツ科目によって、それらの力を身につけます。

●文理融合の副専攻型プログラム
 三大学それぞれの専門である「商・農・工」を複合的に組み合わせた教育プログラムも展開します。例えば、帯広畜産大学では農畜産業を学びますが、ここに北見工業大学の情報処理科目、小樽商科大学の商学系科目を融合することで、これからの動向を見据えた新たな農業システムを考察できる人材を育成できます。一つの専門分野だけで物事を見るのではなく、異分野の要素を加えた多面的な視点をもつことが、解決の重要なポイントになります。このような能力は、今の時代に不可欠なものだと考えています。

●3キャンパス北海道など
 小樽・帯広・北見という地域の離れた大学で連携しながら教育を行っていくには、オンライン授業が欠かせません。しかし、教育には対面による密接な対話も重要です。そこで、既に実施している三大学の1年生の有志が一堂に会する「ルーキーズキャンプ」、三大学およびその他北海道内の大学を含めた計6大学がビジネスプランについて学ぶ合宿研修「北の六大学」といったプログラムを発展させ、将来的には小樽・帯広・北見の3つのキャンパスを回り単位の修得ができる「3キャンパス北海道」のようなプログラムを構築したいと考えています。
 かつて北のウォール街と呼ばれた当時の面影が残る歴史的建造物と運河のまち・小樽、農畜産業を基幹とする食の宝庫・帯広、オホーツク海に面した日本有数のホタテの産地で、国立公園に近く自然豊かな北見。それぞれロケーションが異なる三大学を訪れ、学生たちと交流しながら、各大学の学びを体験できる新しい試みです。

●単位累積型学位取得プログラム
 現在、学位を取得するには、一つの大学で基本4年間かけて単位を取得し卒業することが条件ですが、「単位累積型学位取得プログラム」は、各人の将来設計、経済・就労状況等に応じて、修学が可能な時期に必要とする科目を自由に履修することで学位を取得できるプログラムです。通信教育部でしかできなかった働きながら10年かけて取得するといったことが可能となる教育課程を構想中です。

【オープンイノベーションセンター(ACE)】
 三大学の有する研究資源や人的資源を活用した異分野融合の研究プロジェクト等を推進し、その成果の社会実装等を通じて、地域社会の持続的発展、三大学の教育研究活動の活性化を図るのが「オープンイノベーションセンター(ACE)」です。ここでは、大学だけでなく、産学官金が共に手を取り合い、北海道地域が抱える課題の解決法を共同で研究・開発します。
 道内空港を活用した観光プロジェクトなど地域課題の解決やグリーン社会の実現を目指す産学官連携研究プロジェクト、AI/IoTスマート農畜産プロジェクト、行政・企業・地域コミュニティが協力する総合防災プロジェクトが始まっています。

さまざまな可能性を秘めた北海道で学ぶということ
 北海道には、18歳人口の急激な減少、産業構造の転換、超高齢化など、研究テーマとなりうる課題が山積しているほか、冬の防災など寒冷地特有の課題もあります。その一方で、都道府県魅力度ランキングでは13年連続1位、太陽光や風力といった新エネルギー導入のポテンシャルが高く、食料自給率においては日本全体が約37%に対して、北海道は約220%、帯広がある十勝エリアは約1300%という、とても豊かな地域です。北海道はさまざまな社会課題と豊かさが共存する北の大地です。
 北海道の広域に位置しながら互いに連携する三大学で、幅広く分野融合的な学びを経験することは、北海道や日本、ひいては世界が抱える課題の解決に貢献できる力を身につけることにつながります。豊かな北の大地から世界へと時代が求める人材を送り出したいと考えています。


長谷山 彰氏

【Profile】

長谷山 彰(はせやま・あきら)氏

1975年慶應義塾大学法学部法律学科、1979年同大学文学部史学科を卒業。1984年同大学院にて文学研究科史学専攻博士課程単位取得満期退学、1988年「律外科刑の基礎的研究」で法学博士を取得。法制史上の制定法と慣習法の関係や日本の前近代の裁判制度を日中の制度的比較によって研究する。駿河台大学で教授などを務めた後、1997年慶應義塾大学文学部教授に就任。以後、学生総合センター長、学生部長、大学附属研究所斯道文庫長、文学部長、常任理事、慶應義塾長・慶應義塾大学長などを務める。ほかに私立大学連盟会長などを歴任した。現在、慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学名誉教授。全日本大学野球連盟会長。2022年4月、北海道国立大学機構理事長就任。専門は日本古代史、法制史。

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