Vol.68 HINO BREWING株式会社 代表取締役/田中宏明

田中宏明

【Profile】たなか・ひろあき●1983年、滋賀県生まれ。滋賀県立日野高校、京都芸術大学デザイン学部環境デザイン学科卒業後、ハウスメーカー、京都の伝統文化の維持継承を目的とする会社を経て2013年、30歳のときに実家の酒店「酢屋忠本店」に入る。2018年、トムとショーンと3人でヒノブルーイングを設立。ビールで地域貢献を実践中。


 現在、滋賀県日野町で江戸時代から続く酒屋「酢屋忠本店」の六代目と、クラフトビールメーカーのヒノブルーイングの代表として働いています。
 家業を継ぐことを最初に考えたのは高校2年生のとき。父親が「商売の形は変えてもいいから酢屋忠の看板だけは守ってくれ」と言い残して亡くなったので、自分が継がなければならなくなったなと。卒業後は、絵を描くのが得意だったので、京都の芸術系大学に進学。興味のあった都市デザインを勉強しました。

試練を通して仕事人として成長

 卒業後はハウスメーカーで1年と少し働いた後、大学時代の先生の紹介で京町屋の再生事業を行っている会社に転職しました。でも実際に入社してみると想像していたのとはまったく違って面食らいました。社長のミッションは「京都の伝統文化の保存と継承」で、その目的にかなっている事業なら何をしてもいいというポリシーだったので、雑貨、ブライダル、飲食、建築など、事業が多岐にわたる会社だったんです。その社長の思いつきを形にするのが僕の仕事で、いろいろな新規事業を手掛けました。例えば、社長からある日突然、「ビルを借りてきたから、これを何とかしろ」って言われたことがありました。そのビルの月の家賃はかなり高く、それを上回る利益を出せるビジネスを立ち上げるのはかなりハードでしたね。また、「依頼された仕事を断るということはチャンスを殺しているのと同じ。だからとにかくやってみろ」という社長の教えは今でも印象に残っています。興味がなかった仕事でもノーと言わず取り組んでいたら、やってよかったと思うことが多かったし、その過程で得意なことに気づいたこともありました。ここでの経験が僕の人生において最大のターニングポイントですね。

地元の大切な祭で運命の出会い

 30歳を機に8年間勤務した会社を退職して、いよいよ実家の日野町に戻り、家業を継ぐことにしました。まずは品出しや接客など、基本的な仕事からスタート。でも、地味な作業の繰り返しの日々に、こんなことをするために実家に戻ってきたわけじゃないのにな…とモヤモヤしていました。
 そんなある日、地元の日野祭をきっかけに、ポーランド人のショーンとイギリス人のトムと出会いました。年に一度の日野祭は僕も含め地元の人たちの魂ともいっていいほどの特別な催し。その日野祭にショーンとトムも参加してくれて、祭の後にトムの家にみんなで集まって親睦会を開きました。その場でトムが「君たち日野の若者は何がやりたいの?」と聞きました。そのとき僕はものづくりに興味があったので、「ビールを作りたい」と答えたら、ショーンが「ビールなら僕が作れるよ」と。それで3人で日野町でクラフトビールを作ろうと意気投合して、2018年1月にヒノブルーイングを設立したんです。
 最初にやったのは、何のためにビールを作るのかという会社としてのミッションを決めること。これを3人で徹底的に話し合った結果、祭が抱える運営資金不足と人手不足の問題を解決するためにビールを作ろうということに決まったんです。それからビール醸造に取り掛かり、2018年8月に第1号ができました。
 翌年、東京の下北沢のビールバーで僕らが作ったビールの発売記念イベントを行いました。そこに来てくれたお客さんにビールを飲んでもらいながら日野祭のことを話すと興味をもってくれて、実際に10人ほど来て神輿を担いでくれたんです。ヒノブルーイングを立ち上げるときに考え抜いたミッションがこんなに早く実現できてすごく感動しました。
 高校生の皆さんのなかにはやりたいことがわからないという人も多いでしょう。僕も同じでした。やりたいことは、得意・苦手とか好き・嫌いだけで決めなくてもいい。頼まれたことはノーと言わず、取りあえず来た球は全部打ってみること。僕もその過程で得意なことややりたいことを見つけられました。挑戦を続けることが、自分の夢を最短で見つける最善の手段かもしれませんよ。


Change in myself

田中宏明
うまいだけではなく、祭の問題解決にも寄与しているビール。
酢屋忠で販売すると、地域の人が集まるようになった。人と人を繋ぐアイテムにもなっている。


田中宏明
トム(右)とショーン(中)と日野祭が行われる馬見岡綿向神社にて。
あのとき、トムの家で話をしなければヒノブルーイングは生まれていなかっただろう。


田中宏明
日野祭は馬見岡綿向神社の春の例祭で、850年以上の歴史をもつ、湖東地方最大の春祭り。
毎年ゴールデンウィークは地元に戻り、参加するのが当たり前だった。

(取材・文/山下久猛 撮影/竹内弘真)


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