東京女子大学 学長 森本あんり氏

女子高等教育を104年
時代に挑戦し続ける、リベラルアーツの先駆

情熱と、人格形成を支えるキリスト教の精神
 1918(大正7)年の創立以来一貫して、時代に挑戦し続けてきた東京女子大学。そのころの女子教育といえば良妻賢母の育成が一般的でしたが、本学は時代に迎合することなく、リベラルアーツを柱とした女子高等教育を実施し、知性と行動力をもつ、自立した女性の育成を目指しました。教育の拠り所と、人格形成の礎となるのがキリスト教の精神です。初代学長である新渡戸稲造をはじめとする大学の創立者たちの、「それまでにないもの」を生み出そうとする情熱と、時代への挑戦を支えたのもやはりキリスト教の精神だといえるでしょう。

 「この学校で学んだ人は、Somethingを得ていくように」
 これは、第2代学長である安井てつが、学生たちに語りかけた言葉です。本学では「100年も前に女性学長が誕生している」、このことも時代への挑戦といえますが、安井は学生たちにSomethingを、つまり明確に言語化できない何かを得る重要性を説いています。学生の皆さんには4年間、この環境に身を置き、自由に泳いでもらいたいのです。そして卒業したときに初めて、東京女子大学のキリスト教とはなんなのか、自らの礎をなすものの存在に気づき、拠り所となることを願っています。

器を広げる、リベラルアーツの可能性
 先ほども申し上げたように本学は、104年前にすでに明確に「リベラルアーツの女子大学を作る」と掲げました。時代の先駆けです。当時リベラルアーツという言葉を知っている日本人が、どれだけいたでしょうか。現代リベラルアーツの発端はアメリカですが、創立者たちがアメリカで学び、持ち込んだのです。
 実は、20世紀に入りリベラルアーツは一度衰退しました。代わりに台頭したのが、ドイツなどでもてはやされた実用を重視した専門教育です。しかしこの教育も陰りを迎えます。第一次世界大戦、第二次世界大戦の勃発です。専門性を突き詰めていった文明の結末が、戦争になってしまったのです。専門教育偏重の限界です。そこで再び、リベラルアーツの復権が起こります。ハーバード大学の学長を務めたジェイムス・コナントは、核兵器開発のマンハッタン計画にも関与しました。だからこそ人間の幸せや倫理を問い直さず、技術や知識を追求し続ける危険性を身をもって感じ、リベラルアーツの尊さを説きます。「人間の幸せや、より良い社会を問う」つまり、倫理や価値の問題を問うためには、リベラルアーツが必要なのだと。
 今世界は、激動の時代を迎えています。「文明国では戦争は起こらない」そう信じられてきましたが、われわれの常識が及ばない出来事が実際に起こっています。「Big question」を問い直す力こそ、現代に必要なのではないでしょうか。

 人間の幸せや倫理への問いは、簡単には答えが出ません。だからこそ、大学という社会に出る前の柔軟な若いうちに徹底的に頭を使い、考えるべき問いを自らに植え付けることが大切です。リベラルアーツをひとことで言うならば、「自らの器を広げる学び」です。本学が実践するのは、社会に出たとき吸収するための器を大きく育む教育なのです。

 「時代の精神と結婚する者は、すぐに寡婦になる」
 目まぐるしく変化する社会で、すぐに役立つ実践的な知識や技術は、すぐに役立たなくなります。時代に流されない、ゆるぎない価値こそが真なる学びです。つながりをもった広い知見と、多角的に物事をとらえる力、そして自分を俯瞰して見る力を、4年間で身につけていただきたいと考えています。

リベラルアーツを進化させる「知のかけはし」
 リベラルアーツ教育で大切なのは「HOW」つまり、どのように学ぶかということ。何を学ぶか、「WHAT」ではないのです。学びの場に、どのような教員と学生がいるかが重要です。一般的に大学の授業といえば、例えば歴史学ですと歴史を研究する教員がいて、歴史を学びたい学生だけがその場にいます。年次もほとんど同じです。ところがリベラルアーツ教育というのは、その歴史の授業に、心理学に関心をもつ学生や、経済の知識をもつ学生が参加します。1年生も4年生もいます。ですから、歴史だけではない深く多層な議論が生まれるのです。

 2024年度には「知のかけはし科目」を新設し全学生に必修化します。リベラルアーツ教育をまさに体現する科目群です。「かけはし」という言葉は、新渡戸の「太平洋の橋になりたい」という大志を述べた逸話から引用しましたが、「専門領域を超えて知と知をつなぐ」という思いを込めています。

 具体的には、異なる学問領域の教員2名による、ティーム・ティーチングの導入です。本学の専任教員が担当します。リベラルアーツはしばしば一般教養科目と混同されがちですが、考え方はまったく違います。一般教養科目でよくあるのが、若い教員が大教室に数百名もの1、2年生を集めて実施するものですが、リベラルアーツでは、General Educationこそ学びの肝ととらえているため、専門性に長けたベテランの教員が担当します。さまざまな議論がなされ、その議論を有意義にするためには相応の力量が求められるからです。

「知のかけはし」は、「セレンディピティ」をもたらします。偶然の産物です。一つのテーマをめぐって議論を重ねるなか、思わぬ視点から意見が飛び出す。つまり予測できないことが起こります。知りたいと思って学ぶことは、あらかじめ見えていることにすぎません。しかし真理は、見つけようと思って見つかるものではないのです。突然閃くように、向こうから訪れる。それが学びの醍醐味ではないでしょうか。

 社会で直面する問題も、予測不能です。そもそも、初めから問題と認識できることは少なく、「何が問題かわからない」ということが多いのです。まずは問題を定義すること。日本人は与えられた課題から、最適解を求めるのは得意です。しかしそのやり方には限界があります。フレームがなくなったときこそ、真の力が試されるのです。自分が経験したことのない問題にどう対処するか。知のかけはし科目を通じ、今の時代に必要な力を育みます。

AI・データサイエンス教育の全学生必修化
 2022年4月より副専攻としてデータサイエンスを導入していますが、2024年度には「AI・データサイエンス科目群」を新設し、全学共通のカリキュラムとして必修化を予定しています。さらに、より深くこの分野を追求したい学生に向け、情報科学、AI・データサイエンス、数理科学を横断的に学ぶ場として「情報数理科学専攻」を新設します。本学の特長は、リベラルアーツ教育の一環として、データサイエンスを学べる点です。つまり、何か自分の目的を遂行するための手段としてデータサイエンスを学ぶということです。よく英語はツールといわれますが、データサイエンスも同様です。
 今、多くの大学で同系統の新設が続きます。理系大学で専門的に学ぶ道もあるでしょう。本学では、リベラルアーツ教育という、広くつながりのある深い学びの中で修得する価値を、学生の皆さんに感じてもらえると考えています。

女性のリーダーシップを社会へ広げる
 世界経済フォーラムが2022年7月に発表した、男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数で、日本は世界146カ国中116位でした。先進国はもとより、アジア諸国と比較しても厳しい状況です。特に政治・経済における男女格差は大きく、私たちはこの現状を変えたいのです。日本の女性のリーダーシップ育成は、女子大から始まります。本学では2024年度よりマーケティング分野、人的資源管理論および組織論を専門とする実務経験豊富な人材を教員として迎え、経営学分野のさらなる強化を図ります。高校の先生方にはぜひ、学生生活の意義を学びに見出すことができる生徒さんを送ってほしいとお伝えしたい。自ら学び、セレンディピティを楽しめる人。挑戦を恐れず、リスクを引き受ける強さをもってグローバルに活躍する女性を、これからも育てていきたいと思います。
 共学の大学に在籍している女子学生からよく聞くのは、就職やその他のサポート体制において、どうしても男子学生が優先されがちだ、という状況です。これは明確にあるわけではないのですが、日本のジェンダー・ギャップ指数が低い要因の一端ともいえる無意識の弊害です。東京女子大学はもちろん女子大ですから、その弊害はありません。女性のエンパワーメントに全力で取り組むことを約束します。

森本あんり氏

【Profile】

森本あんり(もりもと・あんり)氏
略歴
1979年国際基督教大学卒業。東京神学大学、プリンストン神学大学を修了(Ph.D.)。
専門は神学・宗教学・アメリカ研究。
1991年国際基督教大学大学牧師、1997年準教授、2001年教授。2012年より2020年まで学務副学長、2022年名誉教授。
2002年プリンストン神学大学、2010年バークレー連合神学大学院でそれぞれ客員教授を務める。
日本私立大学連盟教学担当理事者会議幹事会委員長、アジア・キリスト教高等教育合同財団理事を歴任。
近著に『反知性主義』『不寛容論』(新潮選書)『異端の時代』(岩波新書)など。
2022年4月より現職。

【東京女子大学(スタディサプリ進路)】

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