ありそうでなかったペットボトルの「白湯」 隠れた心理を見つけるのは、未知なる声への「へえ」/アサヒ飲料 鈴木 慈

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世の中を動かすようなアイデアは、高校生から見れば「特別な人」がつくったものに見えるかもしれません。
しかし案外、その出発点は、身近な気づきや問いの中にあるもの。
半径5メートルで見つけた気づきを“はじめの半歩”にした人が、私たちの身近にある商品やサービスを生み出すまでの物語をお届けします。


「こういう商品が欲しかった」

―― 天然水を温めただけの「お湯」が、売れるのか?

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以前から、健康志向の高い人たちを中心に飲まれていた「白湯(さゆ)」。
しかし、白湯は家で沸かしてつくるものというイメージが強く、売り場で見かけることはなかなかありませんでした。

そんな中、アサヒ飲料が2022年11月より期間限定で『アサヒ おいしい水 天然水 白湯』を発売。
これが予想外の反響を呼びました。初月の売り上げは、計画の3倍以上。
SNSを中心に「待ってました」「ずっとこういう商品が欲しかった」などの声が多数集まりました。

「私たちの仕事は、人の隠れた心理を知り、本当はこういうものがあればいいのにという思いを形にすること。それは大規模なリサーチや並外れた情熱ではなく、普通の『へえ』から始まると思うんです」

そう語るのは、アサヒ飲料のマーケティング部でお茶・水グループに所属する鈴木 慈さんです。

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普通の「へえ」から始まる、とは?
ありそうでなかった、ペットボトルの「白湯」。誕生の裏側を聞きました。

一度失敗した商品。必要とする人はいるか

2018年にアサヒ飲料に入社した鈴木さん。商品開発研究所で『十六茶』などの商品の“味づくり”に取り組んだ後、もともとの入社動機でもあった「世の中を理解して、新しい商品を生み出す仕事に挑戦したい」という思いを叶えるため、2022年9月、自ら希望を出してマーケティング部に異動しました。

てっきり、これまで関わっていたお茶の担当になると思っていた鈴木さん。ところが、任されたのは「水」の担当でした。

その当時の率直な感想を聞くと「水……ってちょっと地味だなあ、って」と笑います。

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「『おいしい水 天然水』の一番の価値は、余計なものを入れていない天然水であること。それなら、製造面でアイデアを加えて新商品を開発する、なんてことはできないのかな……と、そのときは思っていました」

配属されたばかりの鈴木さんが担当することになったのが『おいしい水 天然水 白湯』でした。
前任の担当が企画し、社内で承認を得ていたものの、社内では懐疑的な声が挙がっていたといいます。

実はアサヒ飲料が「白湯」を商品化したのはこれが初めてではありませんでした。
2014年に『アサヒ 富士山のバナジウム天然水 ホット』を発売するも、目標の売り上げ数には届かず、終売に。

「なのに、また『ホット』を出すんだ……」

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一度失敗した商品に再挑戦するのは、とても難しいもの。
鈴木さんも当初は、この商品を必要としている人がどれほどいるのか、まるで見当がつかなかったといいます。

かねてより白湯を商品化してほしいと消費者からの声が届いていたことが、商品化へとつながっていました。
しかし、同じように思っている人が、世の中にどれほどいるかはわかりません。

鈴木さんも手探りで、さまざまな人の声を聞いたり、アンケートに書かれた言葉を読み込んだりしたといいます。

調査の中では「白湯を飲んだことがある」人の割合が年々増加していて、2009年から2022年では約5倍になっていることがわかりました。
さらに、白湯というと女性が飲む印象がありますが、男性も50%以上の人が白湯を飲んだことがあったのです。


「社内の男性社員に聞いてみると、体を冷やさないように意識して白湯を飲んでいるといった声が出てきました。このとき、へえ、と思って」

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さらに発売前には、大手コンビニのホットドリンクコーナーでの取り扱いも決まります。

「コンビニエンスストアさんは、お客様と直に接していらっしゃる。その方たちが、需要がある、と判断してくださったのなら、きっとまだ見えていないところに『白湯を手軽に飲めるようになったらいいな』という人の思いがあるはず」

その「隠れた心理」は、意外なところにも見えました。たとえば病院です。

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「薬を飲んだり、少しお腹が痛かったりするときに『白湯』がいいとおっしゃる方が多くて、病院の売店で販売するとたくさんの方が買ってくださったのです」

こうして『おいしい水 天然水 白湯』は、鈴木さんの予想を超えるような反響を呼び、瞬く間に大きな話題となりました。

目の前の景色を、改善の余地がない「正解」にしない

鈴木さんはこの大ヒットを「自分たちが何気なくとっている行動の中に、実はヒントがあった」と振り返ります。

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「もともと、商品名は『白湯』ではなかったんです。でも商品名が決まる前から、社内ではみんな『あの白湯の企画は~』と勝手に『白湯』と呼んでいました。これは、意識せずとも私たちの生活に『白湯』という文化が浸透していた証だったのでしょう。もし『ホットウォーター』という名称だったら、今回のような反響にはつながっていなかったかもしれません」

「ホットウォーター」では伝わらないものが、「白湯」だと伝わった。
そのことについて鈴木さんは「『“推し”が白湯を飲んでいる』から人は動く」と考えを語ります。

「憧れの人の生活習慣や美容習慣を真似したい。健康でいたい。薬を飲むときのちょっとした不便を解消したい。このように私たちはさまざまな『本当は~したい』を抱えています。その『本当は~したい』を叶える商品が、世の中を動かしていくんですよね」


―― その「本当は~したい」を見つけるために、鈴木さんが気をつけていることとは?

「たとえば近所のコンビニに入ってみる。すると棚にはびっしりと飲料が並び、もうこれで何の不足もない、というようにも見えます。でも、わずか数十年前には、その棚すらなかった時代があるんですよね。

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目の前の景色を当たり前だと思うと、それが、既に完成されて改善の余地もない『正解』に見えてしまう。でも、もしかしたら、目の前の棚がもっと良くなる世界があるのかもしれない。そう普段から思っていれば、意外な声や事実、自分の知らなかった人の心理に触れたとき、拒絶するのではなく『へえ』と受け入れることができるんじゃないかと思うんです」


「自分が知っていること」の中で世界を閉じず、未知なることも一度「へえ」と受け入れてみる。
それだけで世界が広がると鈴木さんは語ります。
「へえ」を積み重ねて、鈴木さんは白湯の可能性に気づいたのです。


「まずは、よくわからなくてもとりあえず知ろうとしてみること。知れば、何かしら自分が『へえ、面白い』と思えるものが見つかるはず」


鈴木さんが目指すのは『おいしい水 天然水 白湯』を通じた、新しい飲用文化の創出。
何気ない「へえ」が、そのはじめの半歩だったのかもしれません。

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取材・文/塚田智恵美 撮影/丸山 光


●プロフィール
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アサヒ飲料 マーケティング本部 マーケティング二部 お茶・水グループ
鈴木 慈さん

2018年アサヒ飲料入社。現在はミネラルウォーターの商品開発を行う。
パンが大好き。気になるお店をGoogle mapに保存しており、訪れるのが休日の楽しみ。
ただし保存しているお店が多すぎて、既に「とても全店回りきれる気がしない」と思っている。