Vol.70 ブロックプリンター/向井詩織

向井詩織

【Profile】むかい・しおり●1991年、北海道生まれ。北海道札幌東高校、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒。世界一周の旅の途中、インドで出会ったテキスタイルに魅入られ、日本でも数少ないブロックプリンターに。インドと日本を行き来しつつ、ブロックプリントを制作するほか、各地で展示会を開催したり、テキスタイルのワークショプの講師を務めている。


 日本とインドを行き来しながら、ブロックプリンターとして活動しています。ブロックプリントとは、手彫りの木版を使ってスタンプするように布を染める、インドを代表する染色技法です。
 高校時代はバスケットボールに熱中していたのですが、途中でケガをして退部。小さいころからアートに興味があったので、高3からは兼部していた美術部で油絵を描いていました。当時から好きなことを仕事にしたかったので、将来はアート系の職業に就くと決め、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科に入学しました。デザインに関する新しい知識が学べて面白かったのですが、ただ、この学科は興味のあったグラフィックデザインについて専門的に学べる学科じゃなかったので1年目からいきなり行き詰まってしまって。とりあえず大学の外に出ようと思い、2年で退学し、世界一周の旅に出発しました。
 まずは中南米各国を周り、オーストラリア、マレーシア、タイ、ネパールを経てインドに入国。ここで私の人生を決定づける出会いがあったんです。

インドで受けた大きな衝撃

 テキスタイル博物館の「キャリコミュージアム」へ行ったとき、展示されている素晴らしい布の数々を見て、かつてないほどの衝撃を受けました。あまりの衝撃に博物館から出た後、しばらく動けなくなってしまったほどです。その後2回行ってみてもやっぱり衝撃は薄れませんでした。これがテキスタイルの道を歩んでみようと思った最初のきっかけにして、私の人生の最大の分岐点ですね。
 その後、ヨーロッパのテキスタイル関係者に勧められて、カッチ地方のブロックプリントの工房に行ってみました。ブロックプリントを見たとき、その模様の美しさ、緻密さに衝撃を受け、初めて本格的にテキスタイルを勉強したいと思ったんです。そのために帰国して武蔵野美術大学のテキスタイル専攻に3年次から編入。独学でブロックプリントを学びつつ、アルバイトで資金が貯まったらインドに渡り、カッチの工房でブロックプリントを作っていました。卒業後も引き続きブロックプリントをやりたかったので、大学4年生のときにインドに行って工房のオーナーに「卒業したら、この工房でブロックプリントをやりたい」と直談判。了承を得、インドと日本を行き来しながら、ブロックプリントを作る生活が始まり、現在に至っています。

完全アウェイの地で自分の好きな道を貫き通す

 現地のブロックプリントに惹かれて工房に入ったのですが、私は緻密で正確な正統的なブロックプリントではなく、あえて模様がズレたり、かすれている物ばかり作っていました。その方が、より人の温もりが感じられる布になると思ったからです。でも、工房のオーナーからは「インドの市場ではゴミにしかならない」と言われました。もちろん作った物を否定されるのは悲しいですが、やっぱり自分がいいと思う物、自分にしか作れない物を作りたかったので、その信念は曲げなかったですね。そうしていると、国外から来たバイヤーが褒めてくれたり、私が作ったデザインで生地を作ってほしいと発注いただけることも増えてきました。彼らのおかげでオーナーも少しずつ私のデザインを使用してくれるようになり、好きなように作り続けることができたんです。
 文化も風習もまったく違うインドでの制作はつらいことも多く、泣いたことも何度もあります。それでもこれまで続けてこられた最大の理由は、好きな物を生み出せるから。また、3年前から日本で展示会を開催しているのですが、多くの人に見てもらえることも大きな喜びであり、モチベーションになっています。
 これまでの人生経験から高校生の皆さんに一番伝えたいのは、興味のあることはとにかく全部やってみようということ。やりたいことがない人は旅に出ることをおすすめします。私も世界一周の旅に出たことで生涯をかけてやりたいことが見つかりました。見つかったら、周りがどう言おうが自分がいいと思ったことを貫き通してほしいですね。途中で変えても結局またやりたくなると思うので(笑)。

Change in myself

木村拓也
世界一周の途中で訪れ、人生最大の衝撃を受けたインドのキャリコミュージアム。ここで見た布の数々がテキスタイルの世界に入るきっかけとなった。


木村拓也
現在、インドと日本を行き来しつつブロックプリントを作っている。手を動かして好きな物を生み出す行為そのものがただただ楽しい。


木村拓也
自分が好きなのは、人の手の温もりが伝わるようなブロックプリント。日本で開催している展示会やワークショップには大勢の人が来てくれて嬉しい。


(取材・文/山下久猛 撮影/竹内弘真)


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