「コロナ禍に口紅は求められていない」という 固定観念を疑い、メイクを楽しむ心を刺激 /KATE 若井麻衣

hajimari-01

世の中を動かすようなアイデアは、高校生から見れば「特別な人」がつくったものに見えるかもしれません。
しかし案外、その出発点は、身近な気づきや問いの中にあるもの。
半径5メートルで見つけた気づきを“はじめの半歩”にした人が、私たちの身近にある商品やサービスを生み出すまでの物語をお届けします。


コロナ禍に口紅が大ヒット!

世界中が外出制限を余儀なくされ、みんながマスクを着けていたコロナ禍。「メイクする人が減った」「口紅の売上が激減した」というニュースが話題になっていました。

ところが、コロナ禍中の2021年5月に、10~20代に人気のコスメブランド・KATEから発売された『リップモンスター』という新シリーズの口紅が大ヒット。発売から2年経つ今も、次々と繰り出される新しい仕掛けによりその人気が途絶える気配はありません。

hajimari-02

逆境とも思えた“マスク時代”に、あえて新商品の口紅を発売したのはなぜだったでしょう? そこにどんな勝算を見出していたのか、『リップモンスター』チームに携わってきた、KATEのPR担当・若井麻衣さんにお話を伺いました。

「本当にリップは求められていないのか?」 hajimari-03

―― マスク時代にあえてリップを出した理由は?
1997年に誕生したKATE のブランドスローガンは“NO MORE RULES.”。固定観念にとらわれず、自由な自己表現のメイクを楽しんでほしいという願いが込められています。

コロナ禍で口紅の売上が低迷したときに、「本当にリップは求められていないのだろうか?」と、若井さんたちKATEチームはその固定観念を疑うことからスタートしたと言います。

hajimari-04

「私たち自身が『マスクをしていてもリップメイクを楽しみたい』と思っていたからです。同じように感じているトレンドに敏感なメイク好きの若者たちがいるだろうと予測し、コロナ禍でもメイクを楽しめるきっかけをつくってあげたいと考えました」

普段はマスクをしていても、食事の場などマスクをはずす時間はあります。また、外出が難しい分、自宅からSNSやオンラインでコミュニケーションを取っている人々も大勢いました。そこで、大前提として、マスクに付きにくい=色が落ちにくく、塗りたての色が持続し保湿力が高いという機能とともに、どんなときでもメイクを楽しめてSNSで発信したくなる話題性のある商品を目指したのです。

自分たちが楽しんでつくった独自のストーリーと世界観

この時期に口紅の新商品を発売することに、当初は社内から懸念の声もあったそうです。
「ただ高品質ということだけでなく、消費者のメイク欲を刺激するストーリーをつける仕掛けをセットで提案をすることで、納得してもらえました」
若井さんたちが提案したストーリーとは、『リップモンスター』という商品名の考案から始まります。

hajimari-05

「今までで一番落ちにくい口紅を作れたことから、新商品には『最強感』や『なんかスゴそう』というワクワク感を伝えられるネーミングを考えたのです。会議で『モンスター』という言葉が出たときにチーム全体が盛り上がりましたね。メイク好きの集団として自分たちが楽しんでいました。

“リップ”に“モンスター”をかけ合わせた化粧品はあまりないと思うのですが、ユニークなアイデアでも誰も否定しない、自由に発言できる環境があったからできたこと。

hajimari-06

口紅の色名は、番号やレッドやピンクなどで表すことが多かったのですが、私たちは『リップモンスターが棲む世界観』で表現することにしました。例えば、『欲望の塊』や『ラスボス』、『3:00AMの微酔』などです」

一見、何色のことかわからないようなネーミングだからこそ、そのストーリーをユーザーが想像してSNSでつぶやくことで話題が拡散していったのです。

「おもしろいネーミングが気になって使ってみたら、落ちにくくて品質もいい!」と、ストーリーと品質の良さのクチコミが循環。

hajimari-07

そして発売時には、外出できなくてもリップを楽しめる場としてTikTok広告を行いました。すると、メイクを楽しんでいる動画をTikTokにあげるユーザーが続出したのです。動画の特性を生かして落ちにくさを試す人、マスクをはずすと口紅をした表情が表れるエフェクトを楽しむユーザー、売り切れの店頭をレポートする人……。「コロナ禍では口紅が売れない」という固定観念を覆す異例のヒット商品となったのです。

かゆいところに手が届く、ユーザーの無意識の要望をくみ取るために

『リップモンスター』のヒットは、若井さんたちが予想していたように、「コロナ禍でもメイクを楽しみたかった人が実は大勢いた」ことの証となりました。

「ユーザーは必ずしも自分の要望を意識化できているわけではありません。声に出せていない要望を先にくみ取ることが大事だと思います」

hajimari-08

―― 無意識の要望はどうやったらくみ取れるのでしょうか?

ユーザーのかゆいところに手が届く商品の開発は、もともとKATEの強みでした。

「涙袋ラインを偽装する極薄ライナーとして大人気のダブルラインエキスパートは、涙袋メイクが美容雑誌の片隅でしか取り上げられていなかった2018年に開発されたんです。涙袋をふっくら見せるようにすると目が大きく見える、そのためにアイシャドウを駆使しているという小さな記事があって、それなら専用のアイテムがあればいいよね、と」

こうした声なき声を読み取るために、SNSに上がるユーザーの声を拾うだけでなく、若井さんは社内の人や社外のメディア関係の人々など、さまざまな人たちの話を直接聞き、自分から商品の魅力を発信するときは、自分の言葉で話すことを心掛けているそうです。
hajimari-08

―― 自分の言葉で話すとは?

「そうですね…漠然と考えずに『なぜ今この商品が生み出されたのか』『なぜモンスターなのか』など、『なぜ』を突き詰めていくことですね」

「もし、『リップモンスターは落ちない口紅です!』と我々が伝えたい機能だけを強調していたら、ここまで売れなかったと思います」
hajimari-08

若井さんが大事にしているのは、まず、相手が何を求めているかをくみ取り、自分たちが伝えたいことを相手に響く表現に変換することだと言います。

「それは難しいことではなく、高校生でも友達との関係で無意識にやっていると思います。例えば友達の表情や口調などから相手の気持ちを察し、自分だったらどうしてほしいか、と自分に置き換えて考えることってありますよね」

人との関わりは学校も社会も同じ。相手の気持ちや意見に耳を傾けられてこそ、相手に共感される自分の意見の伝え方を身につけられる半歩が始まると若井さんは語ります。

hajimari-10

「社会で必要とされる力とは、そういう小さな積み重ねで身につくのだと思うんです」

取材・文/長島佳子 撮影/吉永智彦


●プロフィール
hajimari-11
花王株式会社 化粧品事業部門 マステージビジネスグループ KATE PR担当
若井麻衣さん

2006年株式会社カネボウ化粧品入社。ドラッグストアの店舗営業担当を経て、現在はKATEのPR担当。
リップモンスターの推し色は06の「2:00AM」。