“行き先を選べない旅”の発明。たまたま入った路地の面白さは、旅の再発見に通じていた/Peach 山﨑 彩

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世の中を動かすようなアイデアは、高校生から見れば「特別な人」がつくったものに見えるかもしれません。 しかし案外、その出発点は、身近な気づきや問いの中にあるもの。 半径5メートルで見つけた気づきを“はじめの半歩”にした人が、私たちの身近にある商品やサービスを生み出すまでの物語をお届けします。

「石垣島に行って、“ハンサムな石垣牛”を探してきて!」
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行き先をくじで引く、運任せの旅――​低コスト航空会社(LCC)のPeachが提供する『旅くじ』は、従来にない新しい旅のアイデアとして話題を集めました。

2021年8月に発売開始。1回5,000円のカプセル​型​​自販機で、商業施設などに設置されてきました。

カプセルの中には、指定された行き先の航空券購入のみに使えるピーチポイント引き換えコードののった『旅くじ』と、缶バッチが。『旅くじ』には、旅先で取り組むミッションも記載されています。

たとえば東京(成田)から石垣に向かう旅のミッションは「一番ハンサムな石垣牛 探してきて!」。どれも、よくある観光地めぐりとは一線を画したミッションばかりです。

この『旅くじ』の企画・運営に携わったメンバーのひとり、Peachブランド企画部の山﨑 彩さんは「私たちの想像を超えて、さまざまな新しい旅のかたちが生まれた」と語ります。

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高校生が、卒業旅行の行き先を決めるために『旅くじ』を利用する。大学生4人組がそれぞれ『旅くじ』を引き、異なる行き先に向けて出発し、現地からリモート通話をする。夫が妻に日頃の感謝をこめて、行き先のわからない旅をプレゼントする……。

お目当ての観光地や、旅の目的から行き先を選ぶのではなく、あえて運任せの旅をしたい・贈りたいと思う人たちが大勢いたのです。

一体どんな身近な体験や気づきから、このサービスが生まれたのでしょうか。

偶然の中に身を置き、ガイドブックにない発見を得る
きっかけはコロナ禍だったと話す山﨑さん。 hajimari-02

「チームのみんなで企画を考え始めた頃は、長引くコロナ禍で人々の心が『旅』から離れてしまっていた時期でした。私たちの暮らしに、旅する楽しさやドキドキ・ワクワクする気持ちをあらためて取り戻せたら。そんな思いで、旅に行く前からワクワクしていただけるような企画を練り始めました」

学生時代から旅に行くことが多かった山﨑さん。旅慣れしていたこともあり、事前にプランを練るのではなく、その場の思いつきや、たまたまの縁を大事に、旅行をしていたといいます。

「旅先のたまたま入った路地でギャラリーを見つけて、名前も知らないアーティストの作品に心惹かれて購入したり、海外の市場でおすすめされた地元の食べ物を食べてみてお腹を壊したり(笑)。偶然の中に身を置いてみると、何かしら忘れられない経験や発見が得られる。それが旅の醍醐味だなと」

偶然の面白さ。そして、ガイドブックには載っていない、その場に自分が足を運んではじめて得られる気づき。自身が体験してきた旅のワクワクを体現したのが、くじ引きの旅、そしてユニークなミッションを提供する企画だったのです。

「『たまたま当たった旅だけど、行ってみよう』と思っていただけるようなミッションになるよう工夫しました。旅好きな社員たちにアイデアを募って。普通の旅では得られないような地域の発見につながってほしい、と願いを込めています」

ところが、『旅くじ』の企画には社内から反対の声も挙がったそう。

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「『コロナ禍で多くの人が大変な生活を強いられている中、こんな企画を世に出していいのか』といった声も、もちろんありました。でも、常に新しいことに挑戦する社風のPeachだからこそ、世の中が少し暗くなっているときこそ、旅のワクワクを取り戻すための明るい取り組みをすべきなのではないか、と話し、実現に至りました」

旅のワクワクを日常の中につくりたい。そんな思いから、空港ではなく商業施設に『旅くじ』のカプセル型自販機を置くことに。当初は大阪の心斎橋パルコ、一店舗のみの設置からでした。

自分ひとりの「ワクワク」を、みんなの「うれしい」に
「絶対に売れるわけがない、という声も多くありました。実際、私たちも『1日1個、売れればいいね』くらいの気持ちで始めたんです」

しかし、『旅くじ』を使った旅行レポートや、ミッション達成の声がSNSを通じて拡散されたこともあって、発売開始当初から大きな反響に。さまざまな就航地の商業施設に、期間限定で​カプセル型​自販機を設置することになりました。

「私たちが想像した以上に、さまざまな狙いで『旅くじ』を活用してくださる方が多かったんです。旅先でいろんな魅力を発見してくださっている様子がSNSを通じて伝わってきて。私たち自身も面白がりながら考えた企画でしたから、こんなに地域に貢献できるのだと喜びを感じました」

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若者世代から火がつき、世代を超えて人気となった『旅くじ』は、2021年8月の発売以降、累計販売個数3万個を突破したといいます。

さらに『旅くじ』を使って異業種とのコラボも進んだそうです。2022年6月には、オリジナルグッズ作成・販売サービス「SUZURI byGMO ペパボ」とのコラボで『Tシャツ旅くじ』を期間限定発売(既に販売は終了)。Tシャツのデザインが謎の行き先を表現しており、自分が選んだ気になるTシャツで旅の行き先が決まるのですが、一見しただけではどの地域を指すのかわからないものばかり。

たとえば、小さな車の絵がたくさん描かれているTシャツがあります。これはどんなミッションの旅くじなのかというと……。

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画像提供:Peach


「仙台に行って、車を“千台”見てきて、というミッションですね(笑)」なんとも遊び心に満ちた仕掛けです。

「この他にも、さまざまな異業種の方とのコラボレーションが進んでいます。日常のさまざまな接点から“旅”が始まる新しい取り組みを、これからも進めていきたいと考えています」

山﨑さんをはじめとするPeach社員のみなさんのワクワクする気持ちや、面白がりながらアイデアを練る姿勢が、多くの人に旅の喜びを取り戻させた、この企画。

ひょっとしたら、山﨑さんのお話は高校生からすると「こんなふうにワクワクしながら考えた企画が、実現するんだ」「社会に出ても、自由に、面白がりながらアイデアを出していいんだ」と驚きをもって受け止められるかもしれません。

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「大人になっても子どものような心を忘れず、ワクワクしながら働くことはできる。そう私は思います​​」と山﨑さん。

「ただし、自分の視点だけで考えていては、企画は実現しません。自分だけがワクワクするのではなく、お客さま、自分が働く企業やブランド、協業する企業など、さまざまな視点から見て、みんなが『ワクワクして、うれしい』と思えるものを実現させていくのです」

学生時代の、旅の偶然性や巡り合いに惹かれた気持ちや、遊び心はそのままで。同時に、コロナ禍の中にある人々の気持ちを知ろうとする。

他者の目から見た景色を想像することが、自分のワクワクを形にするための半歩になるのかもしれません。

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取材・文/塚田智恵美 撮影/竹田宗司

●プロフィール
hajimari-11 Peach Aviation株式会社 事業戦略企画​室​​ ブランド企画部 マネージャー/Creative Director
山﨑 彩さん

Peachのプロモーションの企画・実施に携わる。『旅くじ』を企画したメンバーのひとり。
最近のマイブームは、ベトナム風サンドイッチ・バインミー。数年前、ベトナムで食べたのがきっかけ。本場のバインミーは「口の中が切れるのでは」と感じるほど硬いフランスパンだったが、こんなに美味しいのならしょうがないと思える、感動の味だったそう。