Vol.72 湊河湯 店長/松田 悠

松田 悠

【Profile】まつだ・ゆう●1991年、大阪府生まれ。大阪府立泉陽高校卒、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科中退。幼いころから好奇心旺盛な性格。高校時代は将来のことは考えていなかったが、当時から一般企業には興味がなく、なんとなくメイクアップアーティストにあこがれを抱く。マレーシアでのボランティア留学経験を機に、大学に進学。中退後、写真スタジオでのマネージャー兼営業、芸能事務所でのマネージャーを経て、2022年ゆとなみ社に入社。神戸市の銭湯・湊河湯の継業に関わり、店主を務めている。

偶然入った銭湯が最大の転機に

 「銭湯を日本から消さない」をモットーに掲げているゆとなみ社の社員として、廃業の危機にある銭湯の再生に取り組んでいます。現在は、神戸市のという銭湯を継業し、店主を務めています。
 湊河湯と最初に出会ったのは大学生のころ。大好きな東山商店街を散歩していたとき偶然看板を見つけ、吸い込まれるように暖簾をくぐりました。そのとき、2階の露天風呂から優しい陽の光が差し込んで、浴場自体がキラキラ輝いて見えたんです。その光景に感動して、「いつかこういう場所で働きたいな」と思いました。これが私の人生を大きく変えた最大のターニングポイントですね。
 大学では社会福祉や社会起業について学びました。それ自体は面白かったのですが、卒業に必要な必修科目にはまったく興味がもてず単位が取れなかったので、1年留年してそのまま中退しました。大学の同級生はちゃんと就職していたのですが、不安とか焦りは一切なかったですね。元々ポジティブ思考というか、人は人、私は私。なんとかなるだろうと思っていました。
 その後、写真スタジオを経て、渋谷の芸能事務所に転職、上京して某人気アイドルグループのマネージャーに。仕事は楽しかったのですが、激務の日々が続いたため、体を壊してしまい、2年で退職しました。でも、大好きな音楽に関われたし、このときの経験が今に生きているので、後悔は微塵もないです。
 関西に帰ってからは若者向けのカルチャー系大型商業施設に就職し、イベントの企画運営などに従事しました。その仕事も忙しかったので、休日に日頃の疲れを癒やしにまた湊河湯へ通うように。そのころゆとなみ社の求人を見つけ、モットーや事業内容に魅力を感じて転職。継業した京都や大阪の銭湯で働き始めました。


大好きな湊河湯を継業

 入社後、湊河湯が何度か休業したので心配になり、ゆとなみ社の社長と話をしに行きました。その後、湊河湯のご主人が病気で亡くなってしまったんです。息子さんから連絡をもらい、改めてゆとなみ社の社長と一緒に湊河湯へ行きました。おかみさんと息子さんは「銭湯は潰したくないんやけど、引き継いでくれる人がいない」と。私は湊河湯をどうしても失いたくなかったので、「学生時代から湊河湯に通っていてこの銭湯が大好きだし、70年以上も地元の人々に愛され続けてきたこの素晴らしい銭湯をどうしても残したい」と伝えました。その熱意が伝わったのかお二人とも任せたいとおっしゃってくれて、ゆとなみ社が継業することになったんです。
 その後、ロビー部分を大幅改修して今年の8月に再オープン。新しいお客さんを呼び込むために、オープン前に開催した音楽ライブでは浴場がお客さんで埋まり、大いに盛り上がりました。以来、毎日来てくれる地元の人々はもちろん、土曜日は遠方から来てくれる人たちで賑わっています。改修で最もこだわった立ち飲みスペースにはビールサーバーを設置して、地元の小さい醸造所が作っているクラフトビールを提供。毎日のように地元の人や初めて会った人同士がビールを呑みながら盛り上がって話をしています。私自身もスナックのママみたいな感じで楽しんでいます(笑)。
 特に地元の高齢者には「湊河湯がなくならなくて本当によかった。ありがとう」と言われることが多く、私自身もすごく嬉しいです。大好きな湊河湯を残せて本当によかったと思います。

好きなことならとことん!

 小学生のときに読んだ外国の作家が書いた小説のなかに「自分のことを信じられないやつは人生を謳歌することができない」というような一文があったんですよ。それがずっと心の中に残っていて、これまでの人生、自分が心底楽しい、やりたいと思うことだけをして生きてきました。そのおかげで今、すごく幸せです。皆さんも自分自身が信じられることならとことんまで突き詰めてほしいですね。

Change in myself

高校時代は生徒会長を務めたりバンドを組んでベースボーカルを担当するなど目立つ存在。マレーシアに1カ月留学してボランティア活動も。


オープン直前に企画・開催した音楽ライブはチケットが即完売。大いに盛り上がった。このとき、芸能事務所でのマネージャーの経験が生きた。


改修中の一コマ。昔ながらの番台を撤去し、受付カウンターに変え、立ち飲みスペースを新たに設置。一方で、靴箱やタイルなどは再利用して
歴史と伝統を受け継ぐ。


(取材・文/山下久猛 撮影/竹内弘真)


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