学校法人藤井学園 ル・トーア東亜美容専門学校 理事長 藤井静児氏
「手に職を」建学の精神に基づくカリキュラム
3年後も5年後も美容業界で活躍するしなやかで強い人材を育成
創立から78年間大切にしていること
ル・トーア東亜美容専門学校は1946年10月25日に誕生しました。終戦後、焼け野原になった日本で、初代理事長が女性の職業的自立を目的に「東亜美容講習所」を設立したのが始まりです。本校は専門学校ではありますが、「職業訓練をする場所」であると考えています。資格や知識はもちろん大切ですが、それが職業に役立っていなければ意味がありません。「手に職を」という建学の精神は、78年たった今でも大切にしています。
「職業人として自立する」ために
創立51年目から理事長を務めていますが、一貫して大切にしていることは、卒業生が職業人として自立できているかということです。在校している2年間我々が何を教えたのかよりも、学生たちが学校から何を受け取って卒業し、職業人としてそれがどう活かされているかが我々の評価軸になっています。
美容業界はいまだに離職率の高い業界で、就職して1年で半分、3年後には7~8割が離職しているといわれています。その現実をなんとかしたい。少なくとも、本校の卒業生たちは、3年経っても5年経っても、美容業界で活躍しているという状態にしたいと考えています。それは建学の精神である「手に職を」にも結び付いています。
時代や学生の変化に合わせたカリキュラムと変わらない本質
長く在任しているなかで、入学してくる若者たちの気質も時代によって変化していることを強く感じます。新入生研修では直接学生と話す機会がありますが、なんとなく反応に違和感を覚え始めたのが6~7年前です。私の話を表面的には理解しているように見えますが、共感している手応えがありませんでした。それをきっかけに、現場の先生たちと定期ミーティングを設けることにしました。職員会議のような堅苦しいものではなく、フリートークができる場です。現場でどんなことが起きているのか、そこで感じるリアルな肌感を伝え合うことで、学生の変化を敏感に捉え、授業に活かせるようにしました。
ですが一方で、我々が学生に伝えなければならないことは変わりません。なぜなら、出て行った先の社会は初等・中等教育現場ほど変わっていないからです。我々が変えなければいけないのは、伝え方ややり方です。大切にしているGOALや理念は変わりませんが、そこへの向かわせ方、教え方・学び方を変化させています。
例えば、78年間で得た学生のデータから、技術を身につけるために必要な基礎の反復練習の標準的な回数などを算出していますが、その数を半分にする、ということはできません。かといって真正面からぶつけてみても、我慢強さや打たれ強さがなければ達成できません。
そのため今は、いかに面白がらせるかに注力しています。基礎が何に繋がるか、その先にどんな面白さがあるか。より現場対応に近い応用の技術をカリキュラムに導入することで、全体の繋がりをできるだけ可視化して、「ここにたどり着くために頑張ろう」と思えるように工夫して進めています。
また、今年からSNSとの関わり方を授業のなかに取り入れています。サロンの集客には今やSNSは欠かせません。お客さまにヒットしやすい投稿や映える写真の撮り方などを授業で教えます。ですが、最終的にはSNSを見たお客さまに写真と同じものを提供できる技術が身についていることが一番重要です。現在高等学校などでは生徒に1人1台ずつタブレットが支給されるなど、デジタルツールを活用する場面もありますが、美容学校ではリアルに手を動かす、技術を身につける事を目指すという本質は変わりません。
「トータルビューティ」を身につけ、社会を生き抜く
先ほどの繰り返しにはなりますが、出ていく先の社会の厳しさはあまり変化していないので、打たれ強く、すぐに挫折しない人材がこの先も求められると思います。また、近年美容業界はアイラッシュやネイルなど多面化しています。本校は「トータルビューティ」を掲げていますので、学生にはすべて教えます。そこに好き嫌いは関係ありません。なぜなら好き嫌いと才能の有無は別だからです。もっとも大切なのは「自力で生きていくこと」。そのために本校ではまず「美容師になること」を勧めています。
例えばヘアメイクアップアーティストになりたい学生がいるとします。美容学校で免許を取ったからといって、すぐにヘアメイクアップアーティストになれるわけではありません。それらしいプロダクションに登録して名刺だけ作っても仕事は来ません。だからこそ、まずは一人前の美容師としてお客さまから信頼される仕事をし、ヘアメイクの仕事の依頼が来るようなサロンへの就職を目指す。その中で頭角を現せば、必ずチャンスが来る。そこでほかの美容師よりいい仕事ができれば、次は指名が入る。それを積み重ねることができれば、ヘアメイクアップアーティストになる道が開けるかもしれません。可能性は高くないかもしれないけれど、より確実だと思います。卒業してまず3年間は仕事の選り好みをせず、できることをなんでもやってほしいです。3年後、足跡を振り返ると自分の得意分野はおのずと見えてくるはずです。
美容師に必要なセンスとスキル
美容師にはさまざまなセンスとスキルが必要だと考えています。
1つ目はお客さまの髪や肌や爪の細やかな変化に気づける繊細な感受性と素材を癒す力。
2つ目は客観的な観察力と正確な仕事のための几帳面さ。自分ではまっすぐ切ったつもりでも、実際にそうなっていなければ論外です。
3つ目はさまざまなお客さまの要望や流行を取り入れていく柔軟な感受性と表現力。そしてそのうえで大切なのが自分らしさを形にする創造力です。人には人の価値観や美意識、好き嫌いがあります。そのすべてを好きになる必要はありませんが、受け入れる余裕や価値観の隙間をもってほしいです。そのあとに自分の個性をエッセンスとして加えることで、自分らしいクリエイティブが可能になるのだと思います。これはカリキュラムのステップにも取り入れている考え方です。
さらに美容師として大切にしてほしいのがメンタリティです。美容師は人生の節々でお客さまに寄り添い、その人らしくすこやかに美しく生きるお手伝いができる素敵な仕事です。この人をきれいにしてあげたいとどれだけ強く思えるか。そういう想いや責任が良い美容師の土台になるのだと思います。
またヒューマンスキルもとても重要なものです。職人としての矜持はもちろんもつべきだと考えていますが、職人もれっきとした社会人です。お客さまに信頼され、社会のなかで生きていくには、社会性が必要です。清潔感を感じてもらえるような素直な態度ややる気を感じさせる前向きな姿勢、そして安心感を与えられる責任感。この3つを身につけることで、ヒューマンスキルが醸成されていくのだと思います。
「美容師」として胸を張れる世界へ
美容師は素晴らしい仕事です。ですが、カットの値段に表れているように、本来評価されるべきレベルには及んでいないのが現状です。今後は、その素晴らしさを世間にわかってもらえるよう、学校やサロンをはじめ業界全体が一緒になって盛り上げていきたいと考えています。次世代を担う学生たちが、弁護士や医者と同じように胸を張って「美容師です」と答えられるような世界を目指したいですね。
【Profile】
学校法人藤井学園 ル・トーア東亜美容専門学校 理事長 藤井静児(ふじい じょうじ)氏。1960年、大阪府生まれ。武蔵野芸術大学 造形学部卒業後、美容研修のため1年間渡仏。1985年、学校法人藤井学園 ル・トーア東亜美容専門学校 副校長就任。1992年、副理事長就任。1997年、創立50 周年を期に理事長に就任。その他役職にHCF日本会長、CMC世界美容理容連盟活動会長など。