大学全体の質向上戦略としての長期計画の実現/龍谷大学

龍谷大学キャンパス


赤松徹眞 学長

 龍谷大学は、1639年に本願寺境内に設けられた学寮として始まり、創設370年以上の伝統を持ち、今日では9学部9研究科1専門職大学院1短期大学部に約2万人の学生を有する大規模大学である。建学の精神に基づき、豊かな人間力と創造性を育成することに一貫して取り組むと同時に、時代社会の変化に応じて教育研究の高度化を追求してきた。その基本姿勢は、1970年代から長期計画に基づく大学運営に取り組み、大学改革を続けてきたことにも表れている。

 現在は、2010年度からの第5次長期計画(以下、5長)を展開している。実は、4年前に本誌(2012年、175号)において、筆者は赤松徹眞学長に国際文化学部の移転や農学部の新設の構想についてお話をうかがった。今回は2度目のインタビューになるが、そうした取り組みの進展、成果、今後の課題等について改めて、赤松学長にお話をうかがった。

第5次長期計画(2010-19年度)前半の取り組み

5長では、前半の第1期中期計画(2010-2014年度)、後半の第2期中期計画(2015-2019年度)にわけて、事業推進している。社会の動きが早く、10年間という長いスパンを見通した計画を策定するのが難しいこと、具体項目を意識した取り組みが5年サイクルのほうが達成・検証しやすいこと等から、5長から5年ごとの中期計画方式を導入した。前半5年間には55のアクションプランを設定して諸改革を行ったが(図表1)、中心的な取り組みをいくつか紹介したい。

図表1 第5次長期計画 第1期中期計画 主な実施事業

農学部新設と国際学部の改組・キャンパス移転

 この20年近く、関西近隣の大学では、学部の新設、改組が相次いでいたが、龍谷大学では1996年の国際文化学部の開設以来、学部新設等の大きな動きがなく、学内でも停滞感があった。時代社会を見渡して何が新しく、また可能な取り組みなのかを熟議した結果、2015年の農学部の設置、国際文化学部のキャンパス移転、グローバルスタディーズ学科の新設を含む国際学部への改組を行った。農学部は全国で35年ぶりの設置で注目を集めたが、人のいのちを支える食を捉え農を学ぶことは今こそ必要な分野だと判断して作った。もう一つ新たに作ったグローバルスタディーズ学科も龍谷大学の今を語るうえで外せない。私立大学でこうした学科を置く場合、英語力重視の内容に傾くことが多いが、龍谷大学ではそれだけにとどまらない教育に力を入れている。半年以上の留学を必修化し、海外協定大学の正規科目を履修、単位修得することに力を入れている。様々な協定校があるが、例えば、現在、UCバークレー校では15名の2年生の学生が半年間、正規科目を履修している。この学科を立ち上げる際に「日本一勉強する学科」にしたいと教員達に交渉した。「本当に龍谷大学でそんなことがやれるのか」という顔をして聞いている人もいたが、その言葉通り、教員が熱心に指導し、学生もそれに応えてよく勉強している。留学先で正規科目を履修するためには高い語学力が必要になる。このため、Professional English Programでは教員が課題を大量に出し、学生はそれを消化して授業に出て議論をし、英語で話すことが求められるため、平日のアルバイトが難しいほどだという。

 学部・学科の改組については、2016年にも文学部歴史学科文化遺産学専攻の設置、社会学部現代福祉学科の開設も行った。文化遺産学専攻を学べる大学は多くないため、倍率も高く、優秀で勉強意欲の高い学生が全国から入学した。

学生の学習環境の整備

 5長前半のもう一つの目玉は、学生が学ぶ環境の整備である。2015年4月に深草キャンパスの「和顔館」、同年9月に瀬田キャンパスの「智光館」「瀬田図書館」にラーニングコモンズを開設し、学生の多様で主体的な学びを支援している。

 和顔館では、スチューデントコモンズ、グローバルコモンズ、ナレッジコモンズという3つの機能別に分かれたコモンズを横並びで開設した。学長が学生の頃は1人で図書館に行くのが普通のスタイルだったが、今の学生はグループ学習が多く、そうした環境を整備した。龍谷大学の場合、併願者が多く、入学時点で第一志望でない学生も入学している。より早い段階で、大学での勉強の仕方を学び、自信をつけ、勉強の面白さを感じるように工夫している。こうした環境を与えただけで、学生が熱心にグループワークをするはずがないため、先生達の授業スタイルが双方向型に変わってきているのかを尋ねてみた。FDや教育改善研究会の効果もあるが、最近は高校時代に参加型の学びを経験した学生が多く、大学の先生が一方的に講義しているだけでは満足しないケースが多い。そうした学生の要望をうけて、先生たちがこうした授業スタイルを取り入れるように意識が変わってきているという。和顔館はガラス張りのスタイリッシュな建物で、学生達が活き活きとグループで学んでいる姿が、自然と、他の学生や教員の目にも触れやすい。そうしたことで一層、教員も学生も多様な教授・学習スタイルを取り入れようとするのではないかという印象を受けた。

平安学園との法人統合

 上記以外にも様々な取り組みをこの5年間に行っているが、2015年の平安学園との法人統合も話題を集めた。平安学園はもともと建学の精神を共有する約70校からなる龍谷総合学園というグループの関係校の1校としてこれまでも推薦枠で多くの学生が入学していた。法人合併を機に、付属化し、毎年200名強の学生が内部進学するようになった。平安高校に対しては、「3教科型の受験勉強ではなく、5教科型の勉強をしっかりしてきてほしい」と要望を伝えている。大学に入ってから様々な分野で勉強するときに、5教科型の幅広く学んだ経験のある学生のほうが伸びしろが大きい。また、就職する段階でも、企業の試験、公務員試験、教職試験等をうけることを考えても、3教科型しかやっておらず、数学は全くダメというようではやはり弱点になる。こうした要望を伝えたり、授業内容について高校の先生と勉強会をしたり、望ましい高大接続の形を実現できるだけでなく、法人合併で、毎年200名ほどの学生が入学してくるのは経営上も大きなメリットであるし、建学の精神の理解力を持った学生が増えるのも望ましいことである。2015年春に平安高校の野球部が甲子園で優勝したが、龍谷大学付属として名前が出たことで、広報効果も高かったと学長はうれしそうに話した。関係校は多いが、こういうパターンが今後も増える可能性について尋ねてみたが、「法人合併に至るには様々な条件があって難しい」とのことであった。

ブランディングと龍谷大学イメージの変化

 2012年9月からブランディング戦略にも力を入れてきた。パンフレッド等の色合いも一新、You Unlimitedというスローガンを掲げた。「龍大生のイメージが変わってきた」と学長は言う。まじめで誠実というイメージは変わらないが、明るく活発になった。自分を表現できる学生も増えた。京都市が企画しているボランティアのプロジェクトに応募するなど、積極的なイメージになった。

 キャンパスのいたるところに、You Unlimitedという旗が掲げられ、ガラス張りのラーニングコモンズ、1階のスターバックスやカフェスペースに座りきれないほどの学生があふれ出て、活気がある様子に触れて、4年前に訪問した時とキャンパスの印象ががらりと変わり、明るく開放的なイメージになっており、筆者も大変驚いた。

様々な改革の効果

図表2 大学・短大の志願者数

 こうした5年間の改革で、様々な効果が表れている。入学者数も増えたし、志願者が大きく伸びた(図表2)。志願者数は2010年に4万9447名だったが、2016年には6万4403名と1.3倍に伸びた。学部別の内訳も見ると、新しい学部・学科を設置したことの効果ももちろん大きいが、それ以外の学部の志願者も伸びている点も注目すべきだ。例えば、2016年の場合、文学部、経営学部、法学部、政策学部も前年度比10%以上の伸びを見せた。

 「勉強意欲のある学生が増えて、講義をしていて感触が良い」と話す教員も多く、様々な取り組みの成果が表れつつあるという。そうした教育効果は、いくつかのエビデンスにも表れている。例えば、図書館の利用率である。深草キャンパスの場合、学生の図書館利用者数は9万7511名の増加(2011年度:75万6746名→ 2015年度:85万4257名)、貸出冊数も2015年度は2011年度に比べ、5万6939冊の増加となった(2011年度:19万891冊→2015年度:24万7830冊)。「本を持って学内を歩いている学生らしい姿が増えてきた」と学長も話す。また、深草キャンパスコモンズ及び瀬田キャンパスコモンズの合計利用延べ人数は、16万292名で、月平均では1万3358名と非常に多くの学生に利用されている。

 また、グローバルスタディーズ学科では、非常によく勉強させているが、一例として、グローバルスタディーズ学科の学生のTOEIC®テストのスコアの伸びを紹介してもらった。15人程度の少人数クラスで週8回~10回の徹底した英語運用能力を高める教育を行い、入学時は438点だった平均スコアが、10カ月で174点上昇し、610点を突破した。また、当学科では、TOEIC®テスト730点を卒業要件としている。卒業時の目標ではなく、卒業要件としている点に意気込みを感じるが、この要件をクリアした学生も入学後10カ月で17名となった。

 卒業時の進路決定率も毎年、上昇を続けている。2011年度には93.3%であったが、2015年度には96.5%になった。また、2012年からは新たな「課外活動支援方式」を展開し、その効果もあり、課外活動での活躍も目立ってきた。伝統的には野球部が強かったが、女子バレー、バドミントン、女子柔道、ボート等、関西でもトップレベルの成績を収めている。

なぜ急激に変わってきたのか

 なぜ龍谷大学はこれほど急激に変わってきたのか。「構成員の共有意識と施策実行力。そして、実行してみて手ごたえを感じるようになり、大学づくりに参加している意識も芽生えているからではないか」「以前に比べると全体を見渡してつなげる努力をするようになった」という。学長自身も「対話のある大学運営」を大事にしてきたと強調する。龍谷大学では、学部長理事制で、学部長は学部の長であると同時に、執行部の一員である。学部長が学部の意見を聞いてきて、学部長会で報告してもらうが、厳しい意見が出た場合には、どうしたらよいかを全体で考える。急いで1つの議案を決定せず、一方的に決めない。時間のゆとりを持って議論し、調整するうちに、「意見はあるが、大学の意思なら協力する」というようになっていく。学部構成員からすると「意見を聞いてもらっている」、少なくとも「無視されていない」という意識を持つのは大事だという。そういう意味では時間をかけて議論をしているし、5長の学内共有を進めるための「コンセプトブック」の作成等の工夫も行っている。それでも学内の理解を得るのは至難の業だという。

教育力、教育水準の高度化に向けて

 第1期の55のアクションプランの進捗度について厳しく評価し、第2期中期計画の課題(例えば、龍谷スタンダードの形成、既存学部の改革、グローバル化の推進等)をまとめているが、学長にも今後の課題を尋ねてみた。

 教育力、教育水準の高度化が最も重要で、「勉強したくなる環境が龍大に入ると待っている、そうした環境を作り出したい。勉強熱心な学生の割合をいかに上げられるか、そうしたことを着実にやっていかないと、少子化が一層進む、ポスト5長の展望が見いだせない」と話す。教育の成果の可視化は難しいが、卒業して5年後くらいの卒業生に、龍谷大学で学んだことがどのように実質化しているのか、調査する必要があるという。

 第1期では多くの成果を挙げた一方で、部局をまたがった事業推進や改革に課題を残したが、そうした課題への対策も始めた(図表3)。例えば、入試判定は各部局の教務課の判断だけでやってきたが、実際は複数の学部を併願する受験生も多く、合格ラインをどこに設定するのかもそれぞれの学部が持つデータを共有して、全学的な観点で調整し、判断したほうが良い。そこで、昨年からは入試部、教務課、学部長が連携して、全学の検討会議で決定するように変更した。奨学金、生涯学生支援等、様々な分野でこうした組織連携を学長が呼び掛けると同時に、担当理事が、全学の会議体に参画したり、個々の部局と個別調整したりすることで部局横断的な事業推進を目指している。

図表3 部局横断型事業の検討イメージ

 4年前の取材で、「農学部、国際学部の設置でキャンパス内の相乗効果を高めていきたい」と話しておられたのが印象的で、そのアイデアについて尋ねたところ、大学院改革と絡んだ構想を語ってくれた。既存の大学院は煙突型、いわば細分化の方向性が強いが、グローバルスタディーズ学科単独の大学院を作るというよりも政策、経済、経営等広い分野に横断的な大学院を作ることで、相互連携を強めたいという。国立大学重点化の影響で、この10年ほどは多くの私立大学は大学院の定員確保に苦戦しているが、「大学院の力が弱くなると、学部も弱くなる」と学長は言う。大学院生の研究スタイルを日常的に見て、一緒に研究会・学習会等をする機会は学部生にとっても未知な領域への探究心を持つのに重要で、大学院もさらに充実させていきたいという。

 今後の学生数については「2万人を少し超えるような規模が妥当。教育研究環境の質を維持し高度化していくためにも、財政的な担保として一定規模が必要になる」とのこと。さらなる教学再編について学内で検討中だそうだが、変わり始めた龍谷大学の今後にますます注目したい。

(両角 亜希子 東京大学大学院教育学研究科准教授)



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