地域課題に取り組む「閑谷學」や目標準拠型の教育により主体的に学びに向かう力を育てる/和気閑谷高等学校

和気閑谷高等学校キャンパス


日本最古の庶民を対象とした郷校「閑谷学校」に淵源

 岡山県立和気閑谷高等学校(以下、和気閑谷高校)は、岡山県東部の和気郡和気町に立地し、江戸時代初期、1670年に岡山藩により開設された日本最古の庶民を対象とした学校である閑谷学校に淵源を持つ。地方の伝統校である一方で、2011年にはユネスコ憲章に基づいて平和活動・国際活動を行う学校としてユネスコスクールの認定を受け、2014年度から、総合的な学習の時間を活用して、地域の行政や商工会、地域おこし協力隊等の協力をもとに生徒が地域課題に取り組む探究学習を「閑谷學」として展開する等、高校での新たな学びの具体化を積極的に進めている。「閑谷學」を中心とする「和気閑谷高校魅力化プロジェクト」は、2017年度に文部科学省・経済産業省による第7回キャリア教育推進連携表彰において最優秀賞を受賞した。2013年から校長として同校の教育改革を主導する香山真一校長に、これらの取り組みの特徴と高大接続改革の中で大学教育に期待することをうかがった。

「生徒を主体的に学びに向かわせる」という課題に向き合う


香山真一 校長

 和気閑谷高校は、普通科とキャリア探求科の2学科からなる、生徒数341名の小規模校である。キャリア探求科は商業科をベースとして2005年に設置されたものであり、総合系と商業系の2つのコースが置かれている。岡山県の県立高校は1学年4学級が維持されてきたが、和気閑谷高校は3年前に1学年3学級(普通科2学級、キャリア探求科1学級)となり、県内で最も小規模な県立高校となった。同校は、県庁所在地である岡山市内から山陽本線を兵庫方面に電車で約30分の場所に立地し、県内東端にある高校である。岡山市内とその周辺地域に偏差値的序列において上位の進学校が立地している。県内東部で駅からも離れた地域に住む地理的条件が不利な生徒や、県外の大学への進学までは考えていないという生徒等、多様な生徒を受け入れており、卒業後の進路状況は、4年制大学、短大・専門学校、就職がほぼ1/3ずつである。地方の小規模な公立の進路多様校として、一般的な高校のイメージと重なる。「普通科の進学希望者であっても、どの大学に行きたいかを決めているわけではない。全国的な状況として大学の入口が広がっている中で、難関大学を目指さなければ大学はどこかに入れる。景気も回復してきたので就職もできる。選ばなければ進学先も、就職先もある中で、生徒を主体的に学びに向かわせるのはどうすればよいか」と、香山校長は赴任した2013年当時の生徒の様子と課題を振り返る。

主体的に学びに向かう力をどう育てるか:「論語」「ポートフォリオ」「ルーブリック」

 この課題は「学力の三要素」のうち、3番目の「自主的に学びに向かう力や人間性をどのように育てるか」につながるものであると香山校長は捉えた。そこで、生徒の人間性を育成するために閑谷学校の伝統である漢学を活かすことを考えた。和気閑谷高校では、2000年に、創立330年を記念して、独自の副読本として『論語百章』を編纂し、始業式や終業式等の学校行事ではその一章を全員で朗誦する取り組みを行っていたが、その機会は年間で5、6回しかなかった。そこで、校内に「論語掲示板」を設置するとともに、生徒用のスケジュール帳として「論語手帳」を作り、それらに週替わりで論語の一節を示すとともに、各学級で授業前にその一節を「今週の論語」として毎日朗誦することにした。「このことで、3年生くらいになると自分の好きな論語を語れるようになり、人間性の陶冶がなされる。論語を通じて、生徒の自己指導力が高まってきている」と香山校長は話す。閑谷学校から続く建学の精神に基づいた教育であり、公立学校では珍しい取り組みである。

 しかし、本質的な課題は、授業や学習への意欲である。4年制大学へ進学を希望する生徒に対しては、センター試験・一般入試を目指して教えることができる。しかし、そうでない生徒には目標設定が難しい。そこで最初に取り組んだことは、香山校長が「授業の額縁」と呼ぶ、①教科に拘わらず、授業ごともしくは単元ごとに「授業の目標」を生徒と共有するようにし、②それから「学習の手順」を説明する。そして、③生徒が到達できたかを振り返る、という3つの項目で授業の様式を揃えることである。この時、授業の目標は、知識として理解する「分かる」ことだけでなく、「~することができる」として、何ができるようになるかコンピテンシーとして示すことを各教員に求めた。


図1 和気閑谷高校のルーブリック(例)

 あわせて、子どもたちが成長を自覚する仕掛けとして、ポートフォリオ評価とルーブリックに基づく目標準拠評価(図1)を取り入れた。ポートフォリオは、山梨大学の堀哲夫教授の提案する一枚ポートフォリオを参考に、単元ごとにA4の用紙1枚を用いて、各回の授業を受ける前に自分の知っている知識や概念を書き、授業を受けた後に自分の学んだことや感想を書くものである。自分の成長を言語化することで、どんな力が身についたのかを自覚させることを意図したものであり、教師がその状況を毎回、確認している。「一枚ポートフォリオを用いることで、自己肯定感が低く、学びに向かう力が弱い生徒でも、自分に身についたことと成長を自覚することができる。自分の成長をメタ認知することで自律的に学びに向かっていくことにつながる」と香山校長はその意義を説明する。現在、このポートフォリオを、全ての授業、また部活等のあらゆる教育活動の中に導入することを進めているという。例えば、学期末の3者懇談では、生徒自身が教員と保護者に対して学期の目標と振り返りを口頭で説明する、口頭ポートフォリオを取り入れている。これは、このことが「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、あらゆる教育活動の柱となると位置づけているためである。


図2 目標準拠評価の考え方

 さらに、目標準拠評価として、各教科の単元ごとに、ルーブリック(図2)の作成と導入を進めた。ルーブリックによって、到達すべき目標、望ましいゴールを示し生徒と共有することで、生徒が自分で目標に到達するための努力を始めることが意図されている。高校1年生にルーブリックを示すと、何が良くて何が悪いのかが分かることを喜ぶという。中学校時代に、何が良くて何が悪いのかが分からないまま評価されてきたためである。評価基準を生徒と共有することの重要性を、「評価について生徒も納得できる形になる。評価基準が外から与えられるだけでなく、教師が言わなくても、生徒自身がルーブリックを内在化して、意識して活動することにつながる」と香山校長は話す。そして、生徒は、ルーブリックへの到達をエビデンスを持って示すことが求められるため、そのことがポートフォリオの活用につながっているのである。学校としてどんな生徒を育てたいのかを、目標準拠評価とポートフォリオ評価で具体化しているのである。この取り組みでは、教師は生徒の大量のポートフォリオや記述式回答を確認することになるため、生徒数の多い学校では難しいかもしれない。小規模校の特性が利点として活かされているのである。

地域と学校が一体となって、地域課題を通じて生徒を育てる「閑谷學」

 「学力の三要素」のうち2番目の項目である「思考力・判断力・表現力等の能力」に対する具体的な取り組みの一つが、総合的な学習の時間による探究学習「閑谷學」である(図3)。香山校長は、2003年に総合的な学習の時間の導入された当時から、それまでの在籍校でこの時間を使った積極的な取り組みを進めてきた。和気閑谷高校でも、それまでの取り組みを踏まえつつ、香山校長の赴任後に、「閑谷學」が現在のかたちに設計された。この「閑谷學」では、生徒が和気町の中にある様々な地域課題に対して、1、2年生はグループワークで、3年生は個人として取り組む。探究学習の学びを通して、生徒が自分のあり方、生き方を見直すものとして位置づけており、キャリア教育の本質を学ぶものと位置づけている。 


図3 和気閑谷高校と地域の協業図

 とはいえ、地域の課題に生徒だけで取り組むことはできない。例えば、駅に階段しかなく高齢者にはホームの移動が困難ではないか、という課題を生徒が発見したとき、生徒や学校だけでなく、鉄道会社や自治体と一緒になってそのあり方を考えることが必要となる。しかし、小規模校であるため教員数は少なく、一人ひとりの生徒の課題を細かくサポートすることは難しい。そこで、「閑谷學」を進めるに当たり、地域の行政や商工会に協力を求めた。さらに、和気町との協議により、地域活性化のための総務省の仕組みである地域おこし協力隊を、各学年1人ずつ校内に配置し、生徒の探究学習をコーディネートする体制を構築した。生徒+教員+地域の行政・企業等+地域おこし協力隊という協力体制を構築し、地域と学校が一体となって、生徒が地域課題に取り組むことで、思考し、判断し、表現することを通じて、実践的に学ぶ環境を整備したのである。この探究学習を通じて、地元の大工、材木店等の地域の人たちと一緒に駅前の銀行跡地をコミュニティスペースに再開発する事業や、地元企業とのコラボレーションにより、高校生の提案から地域名産の藤を活かしたハンドクリームを開発して東京の岡山県アンテナショップで販売する等、具体的な成果につながったものもある。この学習では、1、2年生はポスターセッション、3年生は卒業研究論文とプレゼンテーションによる探究学習発表会を行っており、この発表会は和気町長賞、商工会賞などの表彰を含めて、地域の関係者、保護者も多く来場する大きな学校行事になっている。地域と学校が一体となって、地域課題を通じて生徒を育てることが定着しつつあるのである。

 そして現在、総合的な学習の時間にとどまらず、各教科の授業でも探究的な内容を取り入れるように教育改革が進められている。例えば、授業を通じて、単に知識を得るだけでなく、他者に説明できるようになることを目標にすることで、生徒はどうすればそれができるのか考えるようになっていく。各教科の専門性を活かしながら、ペーパーテストだけではなく、「プレゼンをもって評価する」パフォーマンス評価を導入すること等が進められている。香山校長は、「総合的な学習の時間でやればいいということでなく、各教科で進めることでその能力の転移ができやすくなる。生徒のコンピテンシーを育てるには総合だけでなく各教科をやらないといけない。教師は教科の専門性を持っているので、教科も探究的にできる」とその意味を話す。

「課題に果敢に挑戦する生徒」を大学や社会に評価してほしい

 これまでの取り組みの成果について、香山校長は、「自分の言葉で話すことができる生徒が増えてきた。偏差値を上げるための知識が増えたということではなく、自分で自分の成長を高め、自己肯定感が高まっている。生徒たちに対する地域の人たちの評価も上がっている。教員は、授業を通して生徒を育てる、ゴールの共有で目線が揃ってきたという感じがある。しかし、教員の負担は増えている。手間がかかることをやってくれている。しかし、それ以上に、教員も生徒の成長を見る楽しみが増えている」という。そして、「この仕組みで全ての子どもたちの自分自身で学ぶ力を高めていきたい。そのことを、ペーパーテストの成績が上がっていくことにつなげたい。目標準拠型で、自主性を高めることにより、基礎・基本の学力につなげていく」と次の目標を位置づけている。

 とはいえ、和気閑谷高校の取り組みは、これで終わらない。2018年度入試からは、生徒の全国募集も取り入れた。そして、県教育委員会の協力により校内の無線LAN環境を整備したうえで[文科省調査によれば、全国の公立高校の普通教室の無線LAN整備率は22.5%(2018年3月時点)]、2018年度入学生からは、生徒1人ひとりにタブレット端末を持たせ、AIを用いた学習ソフトの活用を進めている。さらに、次の改革として、現在、「スーパー公務員育成プログラム」と「地域デュアルシステムプログラム」の2つの新たなカリキュラムを2019年度入学生から開始するための準備も進められている。前者は、単に公務員試験に合格するだけでなく、探究的な学習をもとに地域の公務員として改革を先導する人材の養成を目指すものである。後者は、学校で学びながら、地域でも学ぶものであり、週5日間のうち1日は学校ではなく地域の事業所で自分が職場にどのように貢献できるのかを学ぶことで、自分に何が必要かを学んでいくとともに、自分に合った仕事・会社を探していくことを想定したものである。既に、地域の商工会に協力の内諾を得ているという。

 このような改革に対して、香山校長は「カリキュラム・マネジメントをするなかで生起してきた課題に対して手を打ってきた」と話す。そして、「自分で探究できるようになった高校生を大学が引き受けていく。大学には、高校時代に、例えば、英検2級を取ったときに、その結果だけでなく、どういう努力をしたのかというプロセスと、そのプロセスを次の何かに活かすことができるということを、学んだことを転移する力として評価してもらいたい」と高大接続への期待を話すとともに、「5年後、10年後にこの高校で探究の力を身につけた生徒が、自律的に挑戦する人として評価されることを期待したい」とさらに先を見据える。

 和気閑谷高校の取り組みは、過去10年、大学教育改革として大学が求められてきたことに重なる。生徒が高校で身につけた能力を伸ばすことが大学に求められるとすれば、このような先進的な高校教育を受けた学生をさらに成長させるための準備は大学側にできているだろうか。和気閑谷高校の取り組みは、高校教育改革のモデルであるとともに、大学教育のあり方を問うものである。

(吉田 文 早稲田大学教授)



【印刷用記事】
地域課題に取り組む「閑谷學」や目標準拠型の教育により主体的に学びに向かう力を育てる/和気閑谷高等学校