仏教精神に根差し次世代を担うコンピテンシーを養成する/武蔵野大学 データサイエンス学部

POINT
  • 1924年創設の武蔵野女子学院を起源とする仏教系大学
  • 1950年より女子短期大学として展開していたが1965年に文学部単科の大学として開学し、2004年男女共学化、2012年有明キャンパス開設のほか、積極的な拡大戦略で2018年現在9学部18学科を擁する総合大学に進化
  • 2050年の世界で活躍できるアクティブな知を実現できる人材育成を目指し、特に「AI」と「GLOBAL」を重点に据えた教育改革を進行
  • 2016年より全学で策定した「世界の幸せをカタチにする。」をブランドステートメントとして広報展開

 武蔵野大学(以下、武蔵野)は2019年4月にデータサイエンス学部を開設する。国内で「データサイエンス」を冠する学部を展開する大学は、2017年開設の滋賀大学、2018年の横浜市立大学に続き3大学目。私立大では初となる。
 これまでも相次ぐ新増設や教育改革で注目されてきた武蔵野が創る「データサイエンス」とはどんなものなのか。有明キャンパスを訪ね、西本照真学長、学部長就任予定の上林憲行教授にお話をうかがった。

VUCAの時代・21世紀を生きるチカラ

 VUCAという言葉をご存じだろうか。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、 Complexity(複雑性)、 Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなげた言葉で、もともとはアメリカの軍事用語だが、現代の経営環境やキャリアを取り巻く環境を表現するキーワードとして使われている。技術革新に伴う既存のビジネスモデルの崩壊・再構築、個人の嗜好の多様化と市場の細分化、グローバリゼーションの推進と二極化等、様々な事象が密接に関わり、混迷の時代であるVUCAの時代・21世紀を生き抜くには、どのような資質・能力が必要なのか。大学教育はどこまで対応すべきなのか。

 武蔵野のデータサイエンス学部はこうした問いかけに対する1つの解を提示している。西本学長は話す。「データサイエンスと聞くと統計学、情報工学に限定された話と思われる方もいますがこれからの時代、データサイエンスとはどんな分野においても必須のインフラとも言うべきもの。特定の職業を導く専門的な知識・コンテンツではなく、時代を生きるために必要な資質・能力なのです」。

学びの基本公式に導かれる学びのプロセス

 では、そのためにどんな学びを用意しているのか。「一番重視するのは、何に取り組むのかを選ぶ力です」と上林教授は言う。言われたことに受動的に取り組むのではなく、自ら問題を発見して課題設定する力こそが肝だという。専門的な知識・技術はあくまでその上に来るものだ。選ぶ対象は「実世界イシュー」、即ち実際に社会にあって解決されていない課題であり、学生は自ら解決したい課題を発見し、そのために必要な学びを深める。目的意識を持つ学びを推進するうえでも、自分で発見し選択する行為は最重要だという。学ぶのは従来の統計学をベースにした伝統的なデータサイエンスの領域に加え、AI分野の技術を包含する「スマートデータサイエンス」。リアルな実践知の積み重ねで新しい価値を社会に創出することを目指す。上林教授は図にあるように、新学部の教育の因数分解を示し、「学びの基本公式」と称する。選び、学び、創る(修得した技術を活用して実世界イシュー解決へのソリューションを創出する)という3工程を丁寧に踏ませることが、価値創出において肝要だという。

 しかし、最初から自発的に「選ぶ」ことができる学生は多くはないのではないか。そうした疑問に上林教授はこう答える。「選ぶには、自分なりの判断基準が必要です。判断基準を創るには多くの経験を積むことが一番。そのため、まず、学内外で多くの経験をさせる教育設計をしているのが武蔵野全体の特徴です。また、新学部では入学前教育の段階からサイバー空間を提供し、自分が今どんなことを解決したいのか模索させ、最終的に課題解決提案まで設計できるように学部がガイドします。成果物の良し悪しを問いたいのではありません。アウトプットを見据えた思考のトレーニングを積んでもらうことが、入学後の教育をシームレスにつなぐでしょう。この思考は卒業後、社会での課題解決にもつながるもののはずです」。

知恵と慈悲を備え、データサイエンスを技能とする

 西本学長は言う。「SDGsで示されている17の目標のように、世の中には一問一答的なアプローチでは解決できない課題が蓄積しています。それらを実世界イシューと名付けました。それらのどこに目をつけ、解決を目指すのかは、本学のブランドステートメントに通じるものです」。大学が改めて設定したブランドの在り様を体現する学部とも言えるだろう。ブランドステートメントでは、「感性を磨き合う(世界の喜びと痛みを感じとり、課題を自分ごとにする)」「知恵を開き合う(課題を多様な視点でとらえる)」「響創力を高め合う(課題を解決する)」の3つのステップで「世界の幸せをカタチにする」プロセスを整理している。

 武蔵野の背骨である仏教においては、目指すべき人間の理想は知恵と慈悲の体現である。知恵は知識とは違い、表層にとらわれない本質的な課題への洞察を可能にする視点であろう。だからこそ、武蔵野は「世界の幸せ」を掲げる。そのアプローチとして知恵に当たるカリキュラムは時代に合わせてチューニングするが、仏教に根差す大学である以上、慈悲の部分も大事にしたい。慈悲とは抜苦与楽のこと、即ち他人を苦しみから救い、楽しみを与えようとする心だという。そうした精神を育むことで、より知恵に当たる部分が活きる。こうした仏教精神との親和性が武蔵野のデータサイエンスならではの独自性になるのではないか。仏教的な幸せを願う心に専門性が乗り、実行力として機能するようなイメージだ。

大学教育の柱を担う学問体系を構築し全学展開につなげる

 現在、武蔵野は全学的な教育の柱としてグローバル化とスマートインテリジェンス(AI)化を掲げている。グローバル化には2016年設置のグローバル学部を中心とした展開があり、スマートインテリジェンス(AI)化にはデータサイエンス学部を中心とした展開を置く。まずは学部教育で実績を作り、全学展開のフラッグシップとする狙いだ。なお、学部設置に加え研究施設と大学院を合わせて展開し、社会接点と体系化を同時に行うのが武蔵野の改革の常であるが、今回も学部設置に先立ちアジアAI研究所を立ち上げた。上林教授はその所長でもある。西本学長は言う。「常に社会の要請を取り込みながら、スピーディーかつ本質的なアプローチを行うためには、こうした体制が欠かせません。全学改革の一環でもある新学部を成功させ、引き続き人材育成にまい進していきます」。

編集部 鹿島梓(2018/12/4)