農学の進化に挑み続け、4学科を展開/東京農業大学 農学部 生物資源開発学科・デザイン農学科

POINT
  • 榎本武揚が1891年に設立した育英黌農業科を起源に持ち、2016年に創立125周年を迎えた伝統校
  • 「実学主義」を教育理念に現在世田谷・厚木・オホーツクの3キャンパスと6学部23学科を擁する農学・生命科学の総合大学で、総定員約3000名、総志願者数約3万3000名
  • 基幹学部である農学部は自然豊かな厚木キャンパスや近隣の学習施設で教育研究を展開し、従来の2学科から2018年より4学科体制に移行


時代や社会の要請に併せて農学教育をリデザイン

 東京農業大学(以下、東京農大)農学部は従来の2学科から2018年4月より4学科体制に移行している。新設の生物資源開発学科・デザイン農学科、畜産学科より名称変更した動物科学科、従来からの農学科の4学科である。それぞれの位置づけや役割について、小川博農学部長は次のように話す。「農学部全体のコンセプトは、動植物の力を利活用して社会をもっと豊かにしなやかにすることです。昨今の地球環境問題や食料問題、日本の少子高齢化や人口減少といった状況から照らし、農学が網羅する分野は拡大・複雑化し続けていますが、根っこは同じです。時代や社会のニーズをキャッチアップして学問を進化させていく中で、どういう切り口からそれを志向するのかによって、4領域に分けた学科構成としました」(図表)。

図表 4学科の役割と領域

 そもそも農学とは、日本学術会議の定義によると、「食料や生活資材、生命、環境を対象として、『生物資源の探索・開発・利用・保全』、『農林水産分野の生産基盤システムの高度化』、『農林水産分野の多面的機能の保全利用』を目的とする、『認識科学』と連携した『設計科学』であり、生命科学系の『総合科学』である」という。認識科学とは「あるものの探求」、設計科学は「あるべきものの探求」であり、全体定義は「農のこころで社会をデザインするということ」と読み替えたうえで、「社会や時代に対応した変革を志向したところ、結果的にではありますが、この定義が示す内容を全て網羅した4学科になりました」と小川学部長は言う。現代的農学に求められる内容を包括した概念を、東京農大では「農学2.0」と名付けた。農業生産に特化した伝統的な農学を「農学1.0」としたときに、「農学2.0」は分野横断的に裾野を拡大した全容を指すという。東京農大の紹介パンフレットにはこうある。「もし世界中の人々が日本と同じ生活をするなら、地球は2.5個必要になる。米国のライフスタイルなら5.5個必要とも言われている。分かっていながら私たちはこの事実に向き合おうとしてこなかった。早急に『豊かさの尺度』を変えなければならない。自然からの知恵を持続可能な社会づくりのために活かしていかなければならない。今が良ければという即物的な豊かさから、生物や自然に学び、自然と持続的に共生できる豊かさへ。関連分野の学術研究の展開やそれを支える方法論の発達も積極的に取り入れ、持続的社会を構築し、その向こうにある人類の幸福の実現に大きく貢献する。それが『農学2.0』である」。まさにこうした壮大な使命感が、今の東京農大の改革の根本にあるようだ。

農学リテラシーを培う学部教育改革

 今回は学科改組以外にも農学部改革とも言える大きな改革を行っている。小川学部長は言う。「専門化が進めば進むほど、また学生が多様化すればするほど、質保証の観点で、農学部全体で培うべき素養、東京農大生であれば誰でも持っているべき素養とは何なのかが重要になります」。農を取り巻く環境変化に呼応した農の学問領域の進化、それに伴う農学部全体の教育改革において、軸に据えたのが「農学リテラシー」「農学スキルズ」「農学俯瞰講義」の3つである。

 農学リテラシーとは、演習教育を中心に培われる科学リテラシー、情報リテラシー、生命・環境・研究・技術倫理、衛生観念等を指す。農学スキルズとは、実習教育や外国語・統計学等によって培われるアカデミックコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、ライティング能力等を指す。農学俯瞰講義とは、学問を取り巻く環境や農学に求められる社会ニーズ等を学ぶ特別講義から得られる客観的視点の獲得を指す。これらの観点でカリキュラムや教育内容を刷新し、「農学2.0」の世界観に合った教育研究にバージョンアップしているという。

 初代学長・横井時敬氏は「人物を畑に還す」という言葉を残したというが、現代においてもその概念は普遍的なものとして通じ、温暖化や資源枯渇、食料危機、絶滅危惧種の増加等の様々な課題に応える人材を社会に還していく大学たるべく、現場に根差した実学主義を貫き、探求心と課題解決力を培う教育研究をブラッシュアップしていく必要がある。「我々は常に農学の実情を踏まえた改革や改組を志向しています」と小川学部長は話す。

学問の多様化がもたらす学生の多様化

 では、4学科それぞれの概要を見ていこう。まず既存の農学科は、「土壌から流通まで」をキーワードに、栽培技術から流通網まで幅広い領域にまたがりつつ、植物生産に特化した学びが特徴で、研究対象は稲・麦・果樹・野菜・ハーブ・花・観葉植物・土壌の微生物まで多岐にわたる。作物・園芸の生産に特化した農業生産分野と、品種改良や微生物農薬等サスティナブルな農業を目指す生産支援分野があり、様々な研究が行われている。

 次に、今回畜産学科から名称変更した動物科学科である。動物生命科学を活用して生産農学に貢献することを学科の第一義とし、動物の特性と生命現象の探求をテーマに掲げ、生殖・遺伝・生理等の側面から探求する生命・制御分野と、栄養・衛生・行動等の側面から探求する機能・生産分野に分かれる。畜産動物だけでなく愛玩動物や野生動物まで幅広く動物を対象とする。

 次に、今回新設の生物資源開発学科である。生物多様性をキーワードに、生物多様性管理分野(植物・動物・昆虫)と生物資源利用分野(ゲノム、薬用植物)に分かれ、人々の役に立つ生物の保全や可能性を探求する。多様な生物の在り様と生命の不思議を全般的に扱い、生態系全体を見る視点が必要だという。漢方を国内で育てる技術開発等、新しい領域にもチャレンジする。

 最後に、同じく新設のデザイン農学科である。暮らしに身近な「農」を科学する学科で、生物が持つ機能を使って人と地球に優しい暮らしをデザインする視点を培う。地球規模の課題把握や人間理解等、幅広い教養を基盤にした解決力が問われ、文理横断的な発想が必要となる。既に、福祉×農業、未利用資源を使った食品開発、食農リエゾン教育等、多様な分野連携や観点による研究が行われている。


 4学科体制に対する高校生の反応は良好で、開設後は「学生が多様になってきている」という感覚があるという。もともと東京農大には「自分はこれがやりたい」という目的意識が高い学生が多く、彼らから選ばれるためには専門が細かく分かれていたほうが分かりやすいという声がある一方で、専門を貫く哲学や地球全体を俯瞰して捉える視点の必要性も叫ばれてきた。「植物が好きでも動物が好きでも、基礎研究をしたくても開発に重点を置きたくても、これまでの農業を支えたくても新しい切り口を模索したくても、今の農学部にはあらゆる要望に応えられるだけの懐の深さと、全体を通したリテラシー育成という軸があります」と小川学部長は言う。学科改組で専門性が現代的に整理され、同時に学部の教育改革によって自分の目的意識に合致したより専門性の高い授業と、本質を捉えたり全体を俯瞰する目を培う授業がバランス良く設計された。より深い思考を得た学生と、農学を軸に多角化する学問の行く末が非常に楽しみである。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2019/4/23)