教育ジャーナリストに聞く 教えて!「日本の教師の忙しさ」
「日本の先生、働き過ぎ」(朝日新聞 2011年9月14日付)――。先ごろ発表された経済協力開発機構(OECD)の「図表でみる教育2011」に、こんな見出しを付けて紹介した記事もありました。国際的に見たニッポンの教育、どこがおかしいのでしょうか。
全然関係ない話から始めて恐縮ですが、最近、書店で『新版 教頭のホンネ』(全国高等学校教頭・副校長会編、学事出版)を手に取って、感動してしまいました。というのも、表紙に「イチャモン研究」でおなじみの小野田正利・大阪大学大学院教授がメッセージを寄せていて、いわく「校長は胸に辞表を、教頭・副校長は背中に過労死を背負って生きている」。一般の教員や主幹・指導教諭クラスだと、さしずめ机に病気休職届を入れて、でしょうか?
国際的に見ても、日本の教師は多忙です。09年のデータでは後期中等教育(高校)の教師の勤務時間は年間1899時間で、OECD加盟国平均より236時間も多く、比較可能な国の中で一番の長さです。しかも、これはあくまで「法定労働時間」の話です。文部科学省が06年度に実施した「教員勤務実態調査」では高校教諭の残業時間が1カ月当たり約37時間、持ち帰り時間も1日30分近くありましたから、それらを加えると、おそらく断トツと言っていいでしょう。
OECD調査では、もう一つ特色が浮かび上がっています。法定勤務時間のうち、授業に費やす時間の短さです。日本は年間500時間で、加盟国平均(656時間)を156時間も下回っています。そもそも授業に専念させてくれない勤務形態だというわけです。
実は、もっと暗くなるデータもあります。最近、公立高校の先生は公務員の人件費削減、私立高校の先生は少子化による経営環境の厳しさなどにより、給与水準が引き下げられていることでしょう。ところが、大半の加盟国では、教員の給与や勤務条件を改善してきているというのです。加盟国平均では05年を100とすると、06年100、07年101、08年104、09年107と徐々に増えていますが、日本はそれぞれ100、101、97、95、95です。05年より実質減少しているのは「他国に比べると特に顕著」だ、というのがOECDの評価です。
いま中央教育審議会では教員の資質能力向上策が検討されていますが、主な論点は「ポスト教員免許更新制」と言うべき教員免許状の修士レベル化や、研修の充実などです。しかし国際的な常識では、優秀な教師の確保策といえば、何といっても給与アップをはじめとした待遇改善です。しかし日本は、まったく別のことをやっているわけですね。
息つく暇もないほど忙しさに追われているのに、給与は下げられるわ、世間からは叩かれるわ、では、やる気が出なくなるのは当然です。それでも生徒たちのためにと、出ない気力を振り絞っているのが現状ではないでしょうか。文科省の調査でも、精神疾患で休職する先生は年々増え、希望降任も主幹クラスを中心に激増しています。「もう、やってられない」という先生方の心の中の悲鳴が、数字の奥底から聞こえてきそうです。
でも、ちゃんと見ていてくれる人はいます。誰あろうOECDです。調査でも、不利な社会・経済的背景にもかかわらず好成績を上げる生徒の割合が比較的大きく、政府が教育投資を低く抑えているにもかかわらず「加盟国の中で最も教育された労働力を有する国のひとつ」だと指摘されています。ひとえに先生方の頑張りによるものでしょう。
今年7月に東日本大震災の被災地・岩手を訪れたアンドレアス・シュライヒャーOECD教育局指標分析課長は、今回の発表でも、震災に言及して「日本社会が教育に重きをおき、すべての教育関係者が教育制度を強化するために尽力していることが、将来大きな実りをもたらすであろうことが示されている」と異例のメッセージを寄せています。シュライヒャー課長はまた、OECDのブログ※にこう書いています。「大きな困難に立ち向かう先生達を日本は誇りに思ってもよいはずだ」。
※編注:シュライヒャー課長「岩手滞在について」
【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
(初出日:2011.9.28) ※肩書等はすべて初出時のもの