教えて!「公立高校の大学進学」

 大学の合格発表が終わって週刊誌は高校別ランキングで花盛りですが、近年は公立高校の躍進傾向がすっかり定着したようです。生徒の進路希望が実現されるのは誠に喜ばしいことですが、数字だけを見て手放しで喜んでもいいのでしょうか……?

 公立高校でも進学指導、それもより難関の大学へ送り出すことを目指すことは、今や全国的に当たり前のようになっています。それでも一昔前まで公立には、大っぴらに進学実績を誇るのをためらうような風潮がありました。

 潮目が変わったのは、東京都教育委員会が2001年、日比谷、西など旧ナンバースクール(旧制中学・高等女学校)を中心に、都立高校を「進学指導重点校」に指定してからです。折しも文部科学省が「学力向上路線」にかじを切っており、他の道府県でも公立伝統校などへのテコ入れ策が広がりました。スーパーサイエンススクール(SSH)やスーパー・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)に名乗りを上げた進学校も少なくありませんでした。

 ただ今から思うと、ちょっと気になる傾向も始まっていました。同時期に課題となっていた学校評価の中に、「難関大学進学率○○%」などと数値目標を掲げる高校も少なくなかったのです。進路指導の結果として進学実績が上がったというなら結構なのですが、数値目標に向かって生徒を誘導するとしたら本末転倒です。「あの高校は、生徒の希望よりも進学実績を優先して指導している」といったうわさ話まで、まま聞かれます。

 一方でキャリア教育の重要性、中でも普通科高校でのキャリア教育の必要性が繰り返し強調されてきたのですが、福岡県立城南高校京都市立堀川高校など一部の学校を除くと、全体としてなかなか盛り上がらないというのが現状でしょう。

 そんな受験偏重の風潮の中で起こったのが、2006年の必履修科目の未履修問題だったのではないか――と言ったら言いすぎでしょうか。学習指導要領の定める必履修科目は本来、高校教育の目的を達成するため欠くことができないはずですが、それを無視してまで受験対策に走っていたのだとしたら弁解のしようがありません。

 先日、北星学園大学の佐々木隆生教授に取材する機会を得ました。北海道大学時代の2010年に文科省の委託で「高大接続テスト(仮称)」の報告をまとめ、最近『大学入試の終焉』(北大出版会)という刺激的なタイトルの本を出した人です。佐々木教授は、選抜機能が低下した大学入試に依存したままでは「やせ衰える大学教育、底が抜ける高校教育」になると警鐘を鳴らしているのですが、筆者の質問に、高校教育も「やせ衰え」ているとの見方を示してくれました。

 佐々木教授によると1980年代ころまでの進学校には、文系志望の生徒が理系の本を読んだり、理系志望の生徒が文系の本を読んだりするなど、受験以外の教養をつけようとする雰囲気がまだ残っていました。だからこそ進学しても、そうした教養を基盤として大学教育をスタートさせることができたわけです。しかし高校で受験勉強に特化するあまり教養がおろそかになってしまえば、大学で伸び悩んでしまうばかりか、社会でもなかなか活躍できなくなってしまう――というわけです。

 生徒にとって、大学進学が人生のゴールではありません。大学で伸びる力、社会で通用する力の基礎を育成することが、高校の役割ではないでしょうか。そのためには受験対策中心の進学指導に奔走するよりも、真っ当なキャリア教育に取り組むことの方が、遠回りだけれども着実な方法だと思うのですが、いかがでしょう。

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。


(初出日:2012.3.26) ※肩書等はすべて初出時のもの