教えて!「先生のメンタルヘルス」

 文部科学省が、教職員のメンタルヘルス(心の健康)対策について検討しています。「教師」という職業そのものにメンタルヘルス不調の危険性が内在していることなど、議論のなかで深刻な課題が浮かび上がっています。

 文科省が有識者による教職員のメンタルヘルス対策検討会議を設置したのは、12年1月。精神疾患で休職する公立学校の教員の割合が10年で約3倍となるなど、深刻な状況に危機感を抱いてのことでした。最終報告は2012年度内を予定していますが、既に中間まとめも公表されています。

 中間まとめでは、セルフケアはもとより管理職をはじめとしたラインケアの充実、業務の縮減・効率化、良好な職場環境・雰囲気の醸成などを求めています。最大の眼目は「復職プログラム」の作成・実施など、病気休職してから職場復帰するまでの計画的な復職支援を求めていることです。

 会議は1~2カ月に1回ペースで行われ、忙しい委員ばかりのため、ほとんどが夜になってからの開催でしたが、教育関係者はもとより精神科医やカウンセラーなど8人の委員による濃密な意見交換で、教育現場の困難さに寄り添った具体的な論議がなされたように感じました。そこで浮かび上がったのは、教職そのものに内在するメンタルヘルス不調の危険性と、学校での対策の遅れです。

 中間まとめでも触れていますが、教職には
▽対人援助職であるために終わりが見えにくく、目に見える成果をしづらい場合も多く、周りから肯定的な評価やフィードバックが得られないと燃え尽きてしまう
▽児童生徒と共に過ごす時間や権威が減り、事務的用務や保護者対応など消耗要因が増えている
▽一人の教職員が多くの分掌を担当しなければならない
▽仕事の質や量が変化し、提出しなければならない報告書が多くなっている
▽教員は完璧にやって当たり前であるとか、子どものために身を粉にして頑張るものだといった思いが強すぎる
▽異動によって仕事の内容や方法が大きく変わり、人間関係も難しくなることがある
▽他のクラスへの介入を遠慮してしまう風土がある
 ――などといった、メンタルヘルス不調の要因であふれています。教員の方は、一つ一つにうなずけるところでしょう。

 しかし現状は、教委が対策を取ってきたとはいえ、民間に比べればとても十分とは言えません。復職プログラムにしても、厚生労働省が何年も前に指針やマニュアルを作成し、大企業を中心に組織的な対応も進んでいるといいます。

 代表的な例が、復職時期です。学校現場ではたいがい、新年度からの職場復帰が通例でしょう。しかし4月といえば、学校が最も忙しい時期の一つでもあります。繁忙期を避けて就業制限をつけ、慣れた仕事で徐々に負担を増やしていく――というのが企業における復職支援の常識であって、繁忙期にいきなりフル稼働を求めるなんて本来ならあり得ないことです。

 よく「学校の常識は世間の非常識」と言われますが、学校の業務はそんな非常識と教員の犠牲によって何とか支えられているということを、改めてかみしめなければならないでしょう。教職は相手の感情に働きかけるため、自らの感情をコントロールしなければならない「感情労働」の典型です。「民間だって厳しいんだ」ということもよく言われますが、単に労働時間などだけで測るわけにはいきません。何より先生の精神的不調は、子どもにストレートな悪影響を与えるはずです。

 最終報告が、教育現場での有効な対策を促進するとともに、世間一般に対しても教職の困難さをアピールするものになってほしいと、切に願います。

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/


(初出日:2012.12.18) ※肩書等はすべて初出時のもの