教えて!「政府主導のグローバル人材育成」

 政府の「教育再生実行会議」は近く、大学教育・グローバル人材育成に関する第3次提言をまとめる見通しです。与党自民党の「教育再生実行本部」では4月、TOEFL等の成績を大学の受験資格や卒業要件に入れることまで提言していました。参院選を前にバタバタと「グローバル化」にひた走るのは急ぎ過ぎじゃないか……と思う向きもあるかもしれませんが、実は前々から取り組んでいたというのです。どういうことでしょうか。

 昨年12月の総選挙によって自公両党が政権を奪回してこのかた、民主党政権の時代はすっかり昔のような気がしてしまいます。しかし、グローバル化に関する当時の提言や問題意識は今も色あせることはありません。政権がどうあろうと今の日本が直面している、すぐにでも対応すべき課題であるからです。

 振り返ってみましょう。2012年6月にまとめられた政府の「グローバル人材育成戦略」でも、小・中・高校の英語教育を抜本的に充実・強化したり、TOEFLやTOEICの成績を大学入試や大学教育に取り入れることを検討したりするよう提言が盛り込まれていました。そこでは、グローバル人材が「もはや一握りのトップ・エリートのみであることを意味しない」と断言。2012年時点のグローバル人材を約168万人として、5年後の2017年には2.4倍増の411万人が必要だとの推計値まで披露していました。20代前半までに同一年齢の者の約10%に当たる約11万人を1年以上の留学ないし在外経験させることも打ち出しました。

 同戦略ではグローバル人材の要素として、語学力・コミュニケーション能力だけでなく主体性・積極性、チャレンジ精神などとともに、文化に対する日本人としてのアイデンティティーも必要だと位置づけています。そうなると学校教育上の対応も、英語教育や国際理解教育といった狭い教科や分野にとどまるべきものではないことが分かります。

 グローバル化への対応は、大学の方が強い危機感を持っています。高等教育では既に国境を越えた研究・教育両面での国際競争が激しくなっており、グローバル化対応が競争参入の前提条件でさえあるからです。同戦略と連動して文部科学省が「大学改革実行プラン」を発表し、2カ月後の8月に中央教育審議会が大学教育(学士課程教育)の「質的転換」を求める答申を行ったのも、そうした強い危機感からに他なりません。質的転換答申を受けて中教審に「高大接続特別部会」が設置され、高校教育部会と並行して審議が進められていますが、やはり常にグローバル化対応が意識の傍らに置かれています。

 4月に答申され、6月にも閣議決定される「第2期教育振興基本計画」でも「未来への飛躍を実現する人材の養成」として、新たな価値を創造する人材とともにグローバル人材を養成することが掲げられています。そこでも、英語をはじめとする外国語教育の強化、2030年を目途にした留学生の倍増(大学等の6万人を12万人に、高校の3万人を6万人に)などに取り組むとしています。

 「また新しい教育改革が降ってくるのか」と思うかもしれません。しかしグローバル化対応の要素は、既に新学習指導要領に盛り込まれている話です。その代表例が「英語で授業」が原則とされた英語科で、各科目の名称が「コミュニケーション英語」と改められたことにも表れています。トップクラスの大学に進む生徒は言うまでもなく、高卒で就職する生徒にしても「今度ミャンマーに工場を移転するから行ってくれ」などと言われることは現実のものとなっていますし、日本に来る外国人をおもてなしするにも英語によるコミュニケーションは不可欠です。「大学入試があるから、英語で授業なんて無理」などと言っている場合ではありません。その大学入試すら、グローバル化対応の中で見直しが求められているのですから。

 

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/


(初出日:2013.5.21) ※肩書等はすべて初出時のもの