教えて!「これからの進学マネー」

アベノミクスによる景気回復の実感がなかなか全国津々浦々に行き渡らない中、新たな経済格差と、それに伴った教育格差の懸念が広がっています。政府も昨年来、子どもの貧困対策に乗り出していますが、「貧困の連鎖」を防ぐのに肝要なのは、進学格差の解消です。大学などの授業料が高止まりする中、進学マネーや学生支援策をどう考えればいいのでしょう。


進学マネー

 厚生労働省の推計によると子どもの6人に1人が相対的貧困状態にあり、一人親世帯では実に2人に1人という現状  の中で、教育・進学格差の解消は待ったなしの課題であると言わざるを得ません。このうち高校をめぐっては、所得制限を設ける形ながら実質的に授業料無償化措置は残り、経済的理由による中退は緩和されました。一方で、国立でさえ60万円近く、私立では100万円を超える大学の授業料を賄うのは、貧困家庭ならずとも大変です。ましてや遠隔地で一人暮らしをさせるとなると、相当な困難が伴います。

 国も手をこまねいているわけではありません。日本学生支援機構の奨学金について、民主党政権時代に創設された「所得連動返還型無利子奨学金制度」に加え、自公政権に戻ってからも「あしなが奨学生」第1号として苦学した下村博文文部科学相の強い思いもあって、これまで有利子の拡充で需要増に対応してきた政策を「有利子から無利子へ」と転換させました。さらに、現行の「所得連動型」は卒業後の年収が300万円になるまで返還を猶予するという部分的な導入にとどまっていますが、社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)の導入で正確に所得が捕捉できるようになることに伴い、所得額に応じて返還額も変える本格的な連動型を2018年度以降に導入したい考えです。

 ただ、学生生活を送るには授業料や納付金、学習費の他、一人暮らしでは家賃など生活費もかさみます。学生本人がアルバイトをするにしても、大学の勉強がおろそかになっては何にもなりません。ましてや昨今の大学教育改革では「学生を勉強させる大学へ」の転換とともに、卒業後に社会で活躍できる汎用的能力の育成が求められており、そのためのキャリア教育はもとより、学外に出て地域や社会の課題を解決する「サービス・ラーニング」も含めたアクティブ・ラーニング(能動的学修、AL)も広がっています。学費の心配をせずに学業に集中する環境づくりが、今まで以上に求められているのです。

 他方、同世代の多くが四年制大学に進学する高等教育の「ユニバーサル化」の中で、授業料減免と奨学金の充実をセットにした負担軽減をどう図るかは、先進国に共通の課題になっています。かと言って財政難に悩む政府が負担するにしても限界がありますし、学生支援策をどう制度設計するかは、各国の高等教育の成り立ちや教育費負担の在り方などとも関連する複雑な問題です。

 例えば米国の有名大学は授業料が日本以上に高くても、各種奨学金も充実しているので貧しくても進学できるチャンスは用意されていますが、多額のローンを抱えるリスクを恐れて利用を控える向きもあります。日本は韓国とともに教育費負担を私費(保護者)に依存してきた部類の国に入るので、更なる公費負担の充実を求めたいところですが、これまで授業料を原則無償としてきた北欧や中国ですら進学率上昇に伴い個人負担を強化する方向にあるといいますから、単純に「授業料を下げろ。給付奨学金を導入せよ」と叫んでも現実的ではないのかもしれません。

 少子高齢化の中でも、知識基盤社会やグローバル化社会を担う高等教育人材を育成して社会を活性化させる――。簡単には最適解が見いだせない、難しい課題であることも確かです。しかし決して、次代を生きる若者の希望を失わせるような社会にしてはなりません。

 

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/