学校法人香川栄養学園理事長 女子栄養大学・女子栄養大学短期大学部学長 香川明夫氏

(2016年9月12日更新)

揺るぎない建学の精神を受け継ぎ
幅広い領域で活躍できる食のスペシャリストを育てる

食によって健康に生きる

 女子栄養大学のルーツにあたる「家庭食養研究会」が誕生してから80余年、創立者の香川昇三・綾夫妻が生涯をかけた信念「食により人間の健康の維持・改善を図る」は、建学の精神として現在もしっかりと受け継がれています。
 すべての生物が食によって生命をつないでいるのは、自明の理です。食生活や食習慣が健康に深く関わっていることも、現代ではよく知られています。そうした「当たり前のこと」を、なぜ建学の精神としているのか、疑問をもたれる方もおられるかもしれません。
 香川 綾は東京帝国大学医学部の研究室で働いていた1930~40年代から、食によって健康の維持・向上を図ることに情熱を傾け、それこそが医者の本分であると考えていました。この当時、こうした予防医学という考え方は、極めて新しいものだったのです。香川 綾は、家庭科の教科書にも採用されている「四群点数法」(食品を栄養的な特徴によって4つのグループに分け、バランスの良い食事がとれることを目的にした食事法)、今も広く使われている計量スプーンや計量カップの考案などの功績によって知られています。でも、「四群点数法」を提唱したのは、健康のために大切なバランス良く栄養を摂取することを一般の人にもわかりやすく、実践しやすくするため。計量スプーンは調味料を計量し、塩分摂取量などを適正にコントロールしやすくするためでした。その根底にあるのは、栄養学と人間の身体の関わりを探究し、「食によって、健康に生きる」に力を尽くしたいという思いでした。その思いが、栄養学と身体の関わりを学び、人びとのために実践していく人材の育成へと結実したのは当然のことだったと思います。こうした創立者の思いを真っすぐに受け継いでいることが、女子栄養大学の特徴であり、誇りであると私は思っています。
 もう一つ意味があるのは、ビタミンの研究に打ち込んだ昇三と実践者である綾の2人で予防医学に打ち込み、学びの場を設立したこと。つまり、研究と実践の両輪をもっていたことです。栄養学は学びつづけなければならない学問、研究によって明らかになった科学的根拠を現場に還元することも重要だからです。

「料理ができる栄養士・管理栄養士」を育成する

 女子栄養大学はこれまで、食の分野で活躍する多くの人材を送り出してきました。卒業生のなかには栄養士資格を持ち家庭科教員や臨床検査技師として活躍している人もいれば、食の商品開発に携わっている人もいます。ことに管理栄養士の資格においては、毎年200名を超える学生が国家試験に合格しています。
 女子栄養大学が広く食の専門家からも注目されているのは、こうした実績だけではありません。個性豊かな教育方針を貫いていることも高く評価されています。例えば、女子栄養大学ではすべての学科・専攻で調理実習を必修にしています。食は、単に空腹を満たせばいいというものではありません。おいしく食べること、おいしく食べてもらうことも大切だからです。一流の料理人を講師として招いているのも、そのためです。また、調理実習では、米を120グラムというように重量でみる習慣を身に付けますが、これは大勢の人に食を提供する現場で活かすためです。
 女子栄養大学の目的の一つは、「料理ができる栄養士・管理栄養士」を育成すること。少なくとも、おいしさの及第点を上回る80点の料理ができることを指針としています。

学びあい・触れ合いの伝統が成長を促す

 女子栄養大学は、食と健康をテーマに栄養学と保健学の教育・研究に力を注いでいます。将来は、人びとの健康づくりに貢献する保健医療スタッフとして活躍したい、運動に詳しい栄養士として健康支援の場で働きたい、食品の安全管理に必要な知識を習得し食品の開発の仕事に携わりたい、臨床検査に関わりたい、教員を目指したい等々、学生一人ひとりが将来の希望や夢を実現できるよう、学科・コースをきめ細かく編成していることも特徴といえるでしょう。
 なかでもユニークなのは「食文化栄養学科」です。この学科では、栄養・健康科学と食文化、調理に関する専門知識・技術を基盤に、レストラン企画、メニュー・商品開発、食による地域振興や食育など、幅広い分野を学びます。食べることや作ることが好きで、食文化をはじめ幅広い分野に興味をもっている学生が多く、「カフェにかかっている音楽の研究」などユニークな視点をもっている学生も少なくありません。
 女子栄養大学では上級生が下級生に教える学びあいの伝統があり、学園祭など学生が学科や専攻を超えて協力しあう機会も多々あります。そうした交流を通じて異なる目標や感性をもつ学生同士が触れ合うことで、お互いに刺激を受け、幅を広げ、成長できる。そうした環境が息づいていることも、本学の大きな資産だと思います。

進化しつづける大学を目指して

 日本は今世界有数の長寿国ですが、現代の豊かな食生活は糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞といった生活習慣病や介護の必要な高齢者の増加といった新たな課題を生み出しています。健康寿命の大切さに関心が集まっているのも決して偶然ではありません。また、社会ではコンビニ食に象徴される台所の外部化、それだけで世界の飢えを解消できると言われる大量の食品ロス、安全な食への関心の高まりなど、食に関わる様々な現象や課題が浮き彫りになっています。さらに、震災など大規模災害後に供給される災害食はどのようにあるべきかといった問題もあります。これからの時代は、食に関わる医療サービスはより質が問われ、細分化していくと思います。さらに個人の身体的状況に合わせたオーダーメイドの栄養学も求められていくことでしょう。
 冒頭でもお話ししましたが、食は生命の源泉です。女子栄養大学では、これまで培ってきた歴史と伝統を基に、より教育・研究の質の向上に注力していきたいと考えています。社会で必要とされる栄養・保健・いわゆる“食”分野のスペシャリストを育成する教育機関として、つねに進化をつづける大学でありたいと心から願っています。

香川明夫氏

【Profile】

香川明夫(かがわ・あきお)氏
1960年生まれ、埼玉県出身。上越教育大学大学院修了〔修士(教育学)〕。埼玉県公立小学校教諭を経て、2006年度より女子栄養大学短期大学部こども食育学研究室准教授。2011年同教授。2016年より学長就任。博士(保健学)

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