東京工芸大学 学長 義江 龍一郎氏
(2016年11月22日更新)
学生第一主義のもと、工学部と芸術学部の工芸融合を図りながら、
教育・研究・進路支援を充実させ、未来志向の人材育成を行う
自分の言葉で成長を語れる学生を輩出するために
本学は、工学部と芸術学部の2つの学部で構成されたユニークな大学です。その原点は、1923年に創設された小西写真専門学校にあります。大正時代から写真表現(アート)と写真技術(テクノロジー)の融合を目指していた、先駆的な学校だったのです。その後、東京写真短期大学、更には東京写真大学と発展し、1977年に現在の大学名になりました。現代はあらゆる場面でアートとテクノロジーの融合が進んでいますが、本学は実に90年以上も前から工学部でテクノロジー、芸術学部でアートを教育する学校として「工芸融合」の実現に向けて歩んできたのです。
私は今年学長に就任し、改めて学長方針を打ち出しました。まず念頭に「学生第一主義」を掲げて、教育の質を保証することを宣言しました。すなわち、「学生が本学で学んだことを、自身の言葉で明確に語れるようになって巣立っていくこと」です。このスローガンに基づき、工学部就職率97%を実現させた進路支援の更なる拡充、学生自身が成長を実感できる教育体制の整備、グローバルCOE採択にも見られる国際的な研究拠点の整備――こういった環境を更に磨き上げ、工芸融合の「新しい価値」を生み出す未来志向の人材育成を行っていきます。
社会で活用されるメディアアートを学ぶ芸術学部
本学の芸術学部の特色はメディアアート、つまりコンピュータ等のテクノロジーを駆使したアートを扱っている点にあります。
今年のリオ五輪の閉会式のような国際的なスポーツ大会の式典や大きなイベントなどでは、AR(拡張現実)やプロジェクションマッピングなど、様々なアートを使うことが一般化されてきました。これは本学が建学当初から着目し、力を入れている「メディアアート」と呼ばれる分野です。メディアアートは、日本が誇る文化であり、社会で活用され、日本を代表する産業の一つになりました。そして、技術の発達とともに進化していく芸術なのです。
本学芸術学部は、ルーツでもある写真表現の伝統を持ちつつ、アニメーション、マンガ、ゲームなど日々進化するメディアアートを包括的に網羅しています。これからも進化を続けながら、どのような時代にも永続的にクリエイティブ産業の発展に貢献していくと考えています。
わずか4年で就職率が67%→97%に急上昇した工学部
就職を含む進路支援No.1。これは全学で掲げている目標です。
実は4年前まで、本学の工学部の就職率はわずか67%でした。そこで「関東の私立大学でNo.1を目指す」という一見無謀な目標を掲げ、教員と就職支援課、学生が一体となって進路支援体制の改善に取り組みました。教員は「進路が決まらなかったら卒論の指導教員の責任」という自覚をもち、エントリーシートの添削や面接・SPI試験の練習、推薦書の執筆に励みました。就職支援課の職員も次々に新しい企画を考えて実行。学内企業説明会も増やし、現在では個別の説明会を含めると年間100回は開催しています。そして、学生も1年次からキャリアデザイン関連の授業を履修し、就業意識を育んでいきました。
その成果として工学部の就職率は、わずか4年で67%から97%へ30%も急上昇しました。大学(学生と教員と職員)が一丸となって取り組み、結果が出たことは大きな収穫だったと思います。
一方、芸術学部ではクリエイティブな感覚と技術だけではなく、プレゼンテーション力など実社会に必要な能力の修得を目指した教育を積極的に行ってきました。その結果、本学が得意とするメディアアートは産業界とも密接に関連していることもあり、今年の就職率は86.9%と芸術系ではトップクラスの成績を収めています。これからも、好きなことを仕事にして、更には世界のアートをけん引するクリエイティブな人材を輩出していきたいと思います。
学生が自身の成長を実感できる、ルーブリック学修ポートフォリオ
進路支援だけではなく、教育力No.1、学生の成長力No.1の実現にも取り組んでいます。
その一つとして、工学部では、昨年度から独自の「ルーブリック学修ポートフォリオシステム」を導入しました。大学は半期で15回の授業がありますが、1回の授業で3~5個の到達目標――「○○について説明できる」「○○を計算することができる」など小さな目標を設定し、習熟度を細かくチェックしています。こうして学生は半期で50~100個ほどの到達目標をクリアすることになります。さらに授業の最後に教員と一つひとつ到達度を確認し、翌週の授業では到達目標に対応させた小テストを実施。授業のたびに「できた!」という達成感が蓄積されることで、学生は自分自身の成長を実感できるシステムです。
これを全教科で行うことによって、学生の学修ポートフォリオが完成します。自分の強み・弱みを確認しながら、次の発展学修に進む前に改めて準備学修を行う。知識を定着させる上で、このポートフォリオは有効に機能すると考えています。
世界をリードする研究拠点の更なる活用
本学は、研究という側面からも更なる発展を目指しています。
例えば2002年に設立された「風工学研究センター」は、歴代の学長たちの強力なリーダーシップのもと、産学官を問わず国内外の教育研究機関と共同研究を実施してきました。
文部科学省の学術フロンティア推進事業から始まり、21世紀COEプログラム、グローバルCOEプログラムに連続して採択され、着実に教育研究活動実績を積み上げてきました。
現在も共同利用・共同研究拠点に認定され、他大学や民間の研究機関と一緒に年間30件ほどの共同研究を行い、参加人数はのべ3,000人にのぼりました。耐風構造分野では官公庁の受託研究を行うなど、日本の風工学をリードする存在です。
芸術学部3・4年生が通学する中野キャンパスは2009年から再整備プロジェクトをスタートし、2014年までに全ての建物を建て替えました。そこには、高度なレベルの装置を整備し、充実した教育・研究及び制作活動が可能になりました。具体的には、公開講座や芸術フェスタ、卒業制作展などを開催し、社会に対してメディアアートの魅力を発信しています。90年以上にわたり蓄積してきた知的資源を発展し、今後も世界的なメディア芸術拠点として活用していきます。
本学が持つ拠点を活用して、工学部と芸術学部の実績や魅力を、どんどん学外にアピールしていきたいと考えています。
真の「工芸融合」の実現に向けて
本学は「工芸融合」を更に推進していきます。一つの成果としては、今年開催された「第57回科学技術映像祭」における内閣総理大臣賞受賞が挙げられるでしょう。これは『紅(べに)』という映像作品で、紅花から紅を抽出する伝統的工程をドキュメンタリータッチで描いたものです。芸術学部・映像学科の学生が卒業研究として制作しました。そのプロセスの中で、作品に科学的根拠を与えるために工学部のメディア画像学科が理論的なアドバイスを行い、生命環境化学科が実験協力をしました。
公共放送や民放の科学番組などプロの優れた応募作品が並ぶ中で、本学の学生の作品が最高賞の栄誉に輝いたことは、真の「工芸融合」の実現に向けた大きな一歩です。
このようなコラボレーションを積み重ねていき、本学の創設時からの理念を実現することが、今後の目標です。
【Profile】
義江 龍一郎(よしえ・りゅういちろう)氏
工学博士 1996年東京大学
1984年 京都大学工学部建築学科卒業、同年前田建設工業株式会社入社。2002年同社技術研究所課長、副部長を経て、2004年東京工芸大学工学部教授に就任。大学院工学研究科教授、大学院工学研究科建築学専攻主任、工学部就職委員長、工学部長、大学院風工学研究センター長を経て2016年学長就任。現在に至る。