教えて!「OECDが示す2030年の教育」

 7月半ばに高校新学習指導要領の解説書が公表され、いよいよ2022年度入学生からの新教育課程に向けた本格的な準備が始まります。新指導要領は、次の改訂までの「2030年の社会」を見通して改訂されたということですが、経済協力開発機構(OECD)も近未来の教育について世界に提言する「Education2030」プロジェクトの成果をまとめています。国内外でのグローバル化がますます進み、人工知能(AI)などの技術も急速に進展する時代にあって、これからの高校教育はどうあればいいのでしょうか。

教えて!「OECDが示す2030年の教育」


 OECDは代表的な国際学力調査である「生徒の学習到達度調査」(PISA)の実施で知られていますが、こうした調査を立ち上げるに当たっては、まず何を測定すべきかの「キー・コンピテンシー(主要能力)」を定義していました。Education2030では、世界中の政府や民間機関などとも連携しながら、コンピテンシー(文部科学省は「資質・能力」と訳す)を再定義し、新たなカリキュラムの在り方を模索しました。

 日本でも、文部科学省とOECDとの政策対話や「OECD東北スクール」(現在は地方創生イノベーションスクール2030に継承)などの取り組みを通して、Education2030に貢献してきました。とりわけ新指導要領は「OECDと同期して」(鈴木寛・文部科学大臣補佐官)改訂したといいます。

 だから、7月末に公表された「OECD日本の教育政策レビュー」最終報告で、新指導要領の理念を高く評価していることは当然です。ただし、「書かれた指導要領を教室で実現するのは『言うはやすく行うは難し』だ」(アンドレアス・シュライヒャー教育・スキル局長)と、実施に向けて関係者が全力を挙げるよう注文を付けています。

 ところで新指導要領とEducation2030は、どう「同期」しているのでしょうか。OECDが示した学習の枠組みでは、①知識②スキル③態度・価値――から構成されるコンピテンシーに加え、▽新たな価値を創造する力 ▽対立やジレンマを克服する力 ▽責任ある行動をとる力――という「変革を起こす力のあるコンピテンシー」を、「見通し、行動、振り返り」(AAR)という連続した学習過程を通して身に付けるという「学びの羅針盤」を示しています。学習者が保護者や教師、仲間、地域の中で学んでいること、全人類的な価値として「健やかさ・幸福度」(Well-Being)を位置付けていることも注目されます。

 新指導要領でも、「社会に開かれた教育課程」を目指し、教科横断的に資質・能力の三つの柱(①知識・技能 ②思考力・判断力・表現力等 ③学びに向かう力・人間性等)で構造化するなど、OECDの学習の枠組みと似たところがたくさんあります。改訂を提言した中央教育審議会の答申に、直前になって「学びの地図」という言葉が入ったのも、多分にEducation2030を意識したものと言えるでしょう。

 ただ、今回の改訂は、資質・能力の三つの柱が学校教育法に基づく「学力の3要素」を拡張する形で設定されたこと、「ゆとり教育批判」の再燃を恐れて学習内容の削減を行わず実質的には増加になったことなど、必ずしもOECDの方向性と完全に一致しているわけではありません。もちろん「コンピテンシーに基づく教育課程改革」(国立教育政策研究所)には各国さまざまな取り組みがあってしかるべきですから、これまで積み上げてきた日本型教育の良さを追究して対応しようとすることは必ずしも間違っていません。ただ、学習の質も量も求める新指導要領は、国内的にみても困難が伴うことは明らかです。OECD教育政策レビューの提言を、重く受け止めるべきでしょう。

 21世紀型のカリキュラムをいっそう進化させるにも、学校現場が日々、新指導要領に向けた実践研究を行いながら、まさに「見通し、行動、振り返り」によって、次の改訂に向けた課題を明らかにするという視点も必要ではないでしょうか。高大接続改革の一環としての高校教育も、まさにそうした流れの中で大胆な改善を図っていくことが求められます。

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【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/