教えて!「高度情報技術は学びをどう支えるか」

 生徒たちの将来の仕事を、人工知能(AI)が奪う時代が来るかもしれない。けれど、それに備える力を生徒たちに付けろと言われても、日々の授業をこなすだけで精いっぱい――。高度情報技術の進展に、漠然とした不安は拭えません。しかし、社会の変化は待ったなしです。そんな中、逆に高度情報技術を活用して「教育革新」を起こそうという動きがあるようです。いったい、どういうものなのでしょうか。

教えて!「高度情報技術は学びをどう支えるか」

 国立教育政策研究所は、今年度から3年計画で「高度情報技術の進展に応じた教育革新に関する研究プロジェクト」を始めました。そこでは、「教育革新=『ペダゴジー(学習科学等)』『テクノロジー』による資質・能力の向上」と位置付け、産官学の連携による実証的な政策研究を目指しています。
 国の政策動向やICT(情報通信技術)教育に詳しい先生なら、EdTech(エドテック)という言葉を聞いたことがあるかもしれません。Education(教育)とTechnology(技術)を融合させて「個別最適化された学び」の実現を目指すもので、経済産業省の「未来の教室」実証事業には、高校も参加する事業があります。

 ただし教育を所管する文部科学省では、経産省とは少しニュアンスが違っているようです。6月25日に公表した「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」では「多様な子どもたちを『誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び』の実現」を掲げています。

 個別最適化というと近年、「AIドリル」を導入すれば教科学習が効率化できるという考え方もあるようですが、9日に開催された国研プロジェクトのキックオフ(開始)フォーラムで、益川弘如・聖心女子大学教授は「誰かに用意された範囲内だと(学びの)世界が小さくなる」として、むしろ学びの多様さを生かすために高度技術を活用するよう訴えていました。
また、AIが先生や生徒の会話をリアルタイムに文字起こしして授業を可視化する「未来型教育京都モデル実証事業」に取り組む京都市教委の新田正・学校指導課参与も「間違ってもデータが取れたからといって『この子はこんな子だ』と判断してはいけない」と注意を促していました。

 では、文科省=国研は何を目指しているのでしょうか。先の教育革新の定義に「ペダゴジー」が入っているのがポイントです。国研客員研究員(前総括研究官)の白水(しろうず)始・東京大学教授は、実は「人はどうやって学ぶか、私たちは分かっていなかった」と指摘しました。そんな中で経験や教科書に沿った授業を続けていても、「主体的・対話的で深い学び」には至らない恐れがあります。まずは目指す子どもの姿を明確化した上で学習環境や授業をデザインし、それを検証する学習評価(データ収集・分析・解釈)にAIを活用して、授業の持続的改善サイクルを回すよう提言しました。つまり、子どもの学びの解明と、そのための授業改善に大きく寄与するのが高度情報技術の活用であり、それらが一体になってこそ教育革新が起きてくるのだ、というわけです。

 美馬のゆり・公立はこだて未来大学教授も、「知識をため込む」学びから「対話し作り出す」学びへと学習観の転換が求められていると強調。保護者が子どもの運動会でビデオを撮ることばかりに夢中になる状況に例えながら、データ収集に集中して「子どもの頑張りを見ないようなことがないよう、教師間の対話を大切に」と注意を促していました。

 新田参与も述べていた通り、「じかに子どもと接する」のが人間の教員の強みです。そんな人間の強みを生かし、授業を学習科学に裏付けられた豊かなものにするために、AIなど高度情報技術を活用してほしいものです。また教員側も、AI時代を担う生徒を育てるため、高度情報技術を活用した授業に臆することなくチャレンジしたいものです。


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【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/