教えて!「OECDが打ち出した『エージェンシー』とは?」

 最近、「エージェンシー」という言葉を目にしました。何でも主体性に関わる重要な概念として国際的に打ち出されたものらしく、大学入試にも役立ちそうでいて、決してそれにとどまるものでもないようです。そもそも、どう訳せばいいのでしょうか。

教えて!「OECDが打ち出した『エージェンシー』とは?」

 実は、経済協力開発機構(OECD)が重視する“Agency”に、適当な単語の和訳はありません。日本だけでなくポルトガル語などにも対訳がなく、韓国は新しい用語を作ったぐらいですから、理解が難しいのも当然です。文部科学省は「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく姿勢・意欲」のことだと説明しています。

 なぜこれが重要なのかというと、OECDが次代に向けてコンピテンシー(資質・能力)を再定義する「Education 2030プロジェクト」で示された新たな学習枠組みである「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」の中で、「生徒エージェンシー」(Student Agency)が中心的な概念と位置付けられているからです。

 「学びの羅針盤」では、知識、スキル、態度・価値というコンピテンシーが不可分一体のものとして絡み合い、さらに「より良い未来の創造にむけた変革を起こす力」(①新たな価値を創造する力 ②対立やジレンマに折り合いをつける力 ③責任ある行動をとる力)を備えるため、見通し(anticipation)・行動(action) ・振り返り(reflection) の「AARサイクル」を回しながら、個人のみならず社会の「ウェルビーイング」(健やかさ・健康度)を目指して学んでいく、というイメージを描いています。その道を照らして歩んでいく原動力となるのが、生徒エージェンシーです。

 9月5日に国連大学(東京都渋谷区)で行われたG20サミット関連教育イベント「21世紀の教育政策~Society5.0時代における人材育成~」の中で、福井県立若狭高校(小浜市)と福島県立ふたば未来学園(広野町)の生徒・卒業生と教員が、探究学習の重要性について発表しました。このうち「ヘルスツーリズムによる高浜町の活性化」に取り組んだ若狭高2年の荒木美咲さんの発表タイトルが、まさに“Agency nurtured by relationships and support with people around me”でした。

 エージェンシーの考えの下では、学習者がコンピテンシーを発揮するだけでなく、社会参画を通じて人々や物事、環境がより良いものとなるよう影響を与える、という責任感を持って学習に取り組む必要があります。荒木さんは、住んでいる町の衰退をどうにか食い止めたいと、クラスメートとの話し合いや先生の後押しも受けながら地域の人々に会って調査や対話することを通して、エージェンシーを発揮・獲得していったわけです。ここからも分かるように、「生徒エージェンシー」には保護者や仲間、教師、コミュニティーも含めた「共同エージェンシー」(Co-Agency)や「集団エージェンシー」、さらには「教師エージェンシー」(Teacher Agency)も不可欠になります。

 同高の渡邉久暢教諭は、教師の役割を ①科目の知識が実際の問題解決に役立つよう支援する ②学校外の大人とつなげるよう支援する ③生徒に伴走し、励まし続ける――ことだと整理し、とりわけ③が重要だと指摘。さらに、東大・京大の合格者が続出し、AO入試の合格率が100%になるなど、探究学習は受験とも両立することを強調しました。ふたば未来学園の南郷市兵副校長も、エージェンシーは既存のカリキュラムで十分育成できるとの考えを示しました。

 学習指導要領の改訂を提言した16年12月の中央教育審議会答申はEducation2030も意識して、これからの指導要領を「学びの地図」と位置付けました。学びの地図を持って歩むには、まさに学びの羅針盤が必携でしょう。というより教科・科目に細分化され肥大化したコンテンツ(学習内容)のやぶの中を横断していくには、羅針盤がなければ迷って外に出られなくなる――と言ったら、イメージの膨らませ過ぎでしょうか。


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【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/