教えて!「『共通テスト反対! センター試験に戻せ!』でいいの?」

 大学入試改革が揺らいでいます。英語4技能評価の民間資格・検定試験活用が見送りになった後も、大学入学共通テストの国語と数学に導入される記述式問題に対する不安や批判がやみません。「大学入試センター試験に戻すべきだ」という意見も根強くあります。どう考えればいいのでしょうか。

教えて!!「『共通テスト反対! センター試験に戻せ!』でいいの?」

 示唆深い発表が23日にありました。大正大学(東京都)が開催した「高大接続システム改革フォーラム」で畑文(あや)子・埼玉県立大宮高校教諭(進路指導主事、国語)が報告した「2045を前に、教室での学びはどう変わるのか~『センター試験』で得たものと失ったもの~」です。
 
 畑教諭が担当する3年生理系5クラスの現代文で教材にしたのは、2015年のセンター本試験(第2問)で出題された小説「石を愛(め)でる人」です。最初のクラスでは、過去問を解く「演習授業」から始めました。その際、思考プロセスや、回答の根拠をメモしてもらっています。 

 出題側の意図としては、女性である「わたし」が石を媒介にして男性の「山形さん」に心引かれていく過程をたどり、石・言葉・人間関係に対する両義的な思いを読み取らせようというものでした。しかし終了後、解答に至るプロセスをディスカッションしたところ、2人の関係性をよく理解していないばかりでなく、2人とも男性だと思い込んでいた生徒さえいました。それでも県指定の大学進学指導拠点校である同校の生徒は、正解できていたのです。

 畑教諭は、東京大学のCoREF(旧大学発教育支援コンソーシアム推進機構)が全国の自治体や学校と連携して実施している「新しい学びプロジェクト」に参加しています。「石を愛でる人」の解き方も、CoREFの白水(しろうず)始教授らが継続的に研究しているものです。そこでは、センター試験のような多肢選択式の出題形式だと、設問に沿って本文を読む受験者が少なくないことが分かっており、先のクラスと同様、男女の性別を意識せずに解いた者もいました。
 
 畑教諭は次のクラスで、まずCoREFが提唱するアクティブ・ラーニング(AL)の一手法である「知識構成型ジグソー法」を使い、通読してからタイトルの意味や理由を話し合う授業をしたのですが、その後に過去問を解いてもらっても、最初のクラスに比べて、それほど正答率は上がりませんでした。センター対策で正誤という「傷を探す」ことを繰り返してきたため、建設的な読みができなくなっているのではないか、と畑教諭はみています。

 その後、他のクラスでは、▽タイトルについて考えた後、作者に成り代わって結末をグループで創作する ▽創作の前に結末のサマリーをグループで考えてから、個人で創作する――と授業展開に工夫を加えていきました。筆者も10月末、作者の小池昌代さんをサプライズゲストに招いた授業の一部を取材したのですが、やはりALを重ねた後でも、過去問を解いた生徒からは「どうしても設問に引っ張られてしまう」という感想が聞かれました。
 
 畑教諭は実践結果を踏まえ、センター試験40年の歴史の中で「身に付けた力」として▽読解力 ▽暗記力 ▽正誤判断力 ▽「読む」力――を挙げる一方、「失った力」として▽創造力 ▽想像力 ▽確固たる人間関係を構築する力 ▽小説を読む「楽しさ」――を挙げました。現在の体制の中では、センター対策に追われて深い学びが行いにくいと嘆きます。

 大学教育と高校教育を変えるために、その間の障壁となっている大学入試「も」変える、というのが、高大接続改革のもともとの狙いだったはずです。共通テストに代わっても、新たな「対策」演習が横行しては何にもなりませんし、ましてや現行のセンター試験方式に戻しても、教科の本質に根差した学びが復権する保証はありません。新学習指導要領をめぐっても、「文学軽視だ」という指摘がありますが、決して科目設定を変えればいいという話ではなさそうです。

 畑教諭は、小説を「わかる」力とは、構造や関係性の変化、修辞を理解するだけでなく、「その先にある展開を予測できる」力だという仮説を立て、先のような工夫を加えていきました。サプライズ授業のクラス討議では、作者の小池さんも感心するほどの多様な読みが生徒から出され、盛り上がったそうです。そのような主体的・対話的で深い学びをじっくり行い、そこで育成された資質・能力を丁寧に評価することこそが、高大接続改革の一環としての高校教育改革だ――ということを、畑実践は教えてくれています。そうしたALを後押しするものが、高大接続改革の一環としての「大学入学者選抜改革」のあるべき姿ではないでしょうか。
 


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【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/