杏林大学 学長 大瀧純一氏

変化の速い時代の先を行く人材育成のために
文理の壁を越えた改革を進めていきます。


「社会との接点としての大学」が成すべきことを、考え続ける
 技術の進歩が速くなった、という言葉を聞くようになってから、どのぐらいの時間が経つでしょうか? もう聞き古した言葉のようにすら感じ始めた「技術革新」ですが、ここ数年、さらに革新のスピードがアップしています。例えば、1970年代の排ガス規制。「こんな厳しい数字を達成することは無理だ」と言われてからほんの1~2年の間に、自動車メーカー各社が、その基準をクリアする。そして、2000年代では電気自動車の進歩など、その後を見据えた技術革新は、今この瞬間にも進み続けています。
 変化、進歩しているのは、技術分野だけではありません。教育も然り。小・中学校では数年前から、問題解決型の教育が重視されるようになってきました。そのなかで、大学だけが旧態依然とした「大教室で一方通行の講義を聴く」スタイルで良いわけはないと思います。
 杏林大学は創立50年を迎えた2016年、「よい環境がよい人材を育てる」をコンセプトに、井の頭キャンパスを開設いたしました。私が学長に就任したのはその2年後の、2018年4月です。新たなキャンパス、新任の学長。新鮮な気持ちで改革を進めていくまたとないチャンスがここにあると思っています。

コンピュータと統計学を、文系2学部の共通科目に
 本学は医学部・保健学部・総合政策学部・外国語学部の4学部から成り立っています。まずは、総合政策学部・外国語学部、2つの文系学部の改革案からお話しさせていただきます。
 総合政策学部は企業経営学科、総合政策学科の2学科で構成されています。2つの学科の中には会計・経営・政治・福祉政策・経済・法律・国際関係の7コースを設置。所属学生は、他コースの科目はもちろん、他学科科目も履修が可能な、学際的なカリキュラムとなっています。学際的な学びを実現しているという意味では、現代の社会情勢にあった学部であると自負しています。一方の外国語学部は英語学科、中国語学科、観光交流文化学科の3学科から成り立っています。語学という幅広い分野で通用する基礎学問と、これから伸びていくことが確実視されている観光が学べるバランスの良い構成となっています。
 しかし、変化の速い世界に対応するには、一歩先を見据えた教育が必要です。これからの社会でより一層活躍できる学生を育成するためには、ここに何をプラスすればよいか―。私は、コンピュータのスキルと、統計学の基本ではないかと考えています。
 ここ数年、学生に接していて感じるのは、コンピュータに関する知識やスキルの不足です。少し前までは多くの学生が大学入学前にある程度コンピュータを扱った経験があったのですが、今の学生はスマホ世代です。調べ物も、娯楽も、友人同士のやりとりも、大抵のことはスマホで事足ります。しかし、社会に出て仕事を始めると、スマホでは処理しきれない大きなデータを扱う必要が出てきます。その時に戸惑うことなく課題に立ち向かうためには、大学4年間で、最新のコンピュータ知識とスキルを身につけておく必要があります。
 そしてコンピュータでデータを処理できても、統計学の知識がなければそのデータを分析することができません。文系学部を選ぶ学生の多くが数学に苦手意識をもっているのですが、時間をかけてゆっくりと指導をしていけば、基本的な知識を身につけることは可能です。
 コンピュータと統計学。どのビジネス分野でも必要とされるこの2つを、2022年度から2学部共通科目とする予定です。

2022年度、観光と文化を主眼に置いて文系2学部の改組を予定
 先頃、小田原を訪ねたときのこと。なぜだかフランス人がとても多い。小田原城を見てその後に京都に行く観光客が多いそうで、不思議に思うと同時に、海外の方が考える観光は日本人が考える観光と違うのだと実感しました。また、例えば温泉地。経済成長期には団体旅行客がメインでしたが、今ではそうした旅行は激減し、個人や少人数のグループでの旅行が増えています。目的も昔のような宴会ではなく、各地の温泉の効能を体感したり、静かな場所で穏やかな時間を過ごすことを求めたりと、変容、多様化しています。
 そうした新しいタイプの観光に対応できるスタッフや企画立案者を育成するために、外国語学部・観光交流文化学科を変革します。都市のホテルを基本に学ぶコース、地方の観光をメインに学ぶコース、そして観光企画・運営を学ぶコースの3つにわけ、それぞれの分野を得意とする先生を外部からお招きする予定です。
 また、英語学科・中国語学科に、文化を学ぶカリキュラムを取り入れます。いくら外国語が流暢にしゃべれても、自国の文化を知らなければ外国人に説明することはできません。語学+自国の文化への深い理解と知識を身につけた国際人の育成に力を注ぎます。
 これらの変革をより確実なものとするため、2022年度に文系2学部を改組する予定です。新たな組織ではより一層、時代に合った、そして、時代の先を見据えた教育ができるよう、全学を挙げて取り組む所存です。

ヘルスツーリズム、データサイエンスを活用できる医療人の育成など。本学の特性を生かした改革を推進
 医療系と文系という毛色の違った学部を併せもつことが、本学の強みの一つだと思っています。今後はそうした強みを、より一層、生かしていきたいと考えています。
 一例としては、文系2学部で力を入れていくコンピュータ教育を保健学部の学生にも積極的に学ばせたいと思います。病院にはたくさんのデータがあるにもかかわらず、それがうまく活用できていないことを常々もったいないと考えていたからです。現状では、例えば血液検査のデータは患者さん本人に伝えられた後は、病院の中でただ眠っているだけです。この莫大なデータをコンピュータで分析すれば、血液成分から今後の病状の変化が予測できるようになるかも知れません。これは医学界にとって、ひいては社会全体にとって大変に有益なことです。医学部附属の杏林大学病院と連携しつつ進めていきたいと考えます。
 データサイエンスもそうですが、医学部・保健学部とも、学生に最新の知識を身につけさせる努力は今後とも続けていく所存です。保健学部には、臨床検査技術学科、健康福祉学科、看護学科、臨床工学科、救急救命学科、理学療法学科、作業療法学科、診療放射線技術学科、臨床心理学科の9学科がありますが、どの学科の卒業生も、チーム医療のなかで医師と対等に意見の交換ができるプロフェッショナルとして社会に羽ばたいていってもらいたい。そのためのサポートには全力を尽くします。
 医療系と文系の連携としては、ヘルスツーリズムを取り入れ、実行することも考えられます。温泉療法などの医学的な根拠に基づく観光を、観光交流文化学科と医学部・保健学部の学生が共に学び、意見を交換し合う。そして、実際に観光客を呼び込み、杏林大学病院とも連携したツアーを実現する。そんなこともいつかできればと、考えています。
 大学は、小学校から続く学びの仕上げの場であると同時に、社会との接点でもあります。文部科学省が示しているように大学卒業時には「何を学んだ」ではなく、「何ができるか」が重要となっています。学生には、確実な学力と同時に、社会の変化をキャッチし、それに対応する力を身につけてほしいし、時代をリードする人材に育ってほしいと思います。そのためにはまず、私たちが時代をリードする改革を続けていく必要があります。その責任を強く感じながら、今後とも社会にとって有用な人材育成に邁進する所存です。



大瀧純一氏

【Profile】

大瀧純一(おおたき・じゅんいち)氏

1986年3月31日  札幌医科大学医学部卒業
1993年3月31日  杏林大学大学院医学研究科修了
1993年4月1日    杏林大学医学部精神神経科学臨床専攻医 
1997年4月1日    杏林大学保健学部助教授
2000年4月1日  杏林大学保健学部教授(現在に至る)
2006年4月1日  杏林大学保健学部長(現在に至る)
2006年4月1日  学校法人杏林学園理事(現在に至る)
2018年4月1日  杏林大学学長(現在に至る)

【杏林大学の情報(スタディサプリ進路)】

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