Approach 生徒を信じ、対話が巻き起こる授業づくりを 白水 始(国立教育政策研究所 総括研究官/東京大学 客員教授)

どのような生徒にも、対話から学ぶ力はある。全国の教育現場と連携し、対話による協調学習の実践研究を進めてきた白水先生は、こう断言します。「対話から学ぶ」とはどういうことであり、生徒はどのようなプロセスで学ぶのか。授業においてそれを実践するためには、生徒や教師に何が求められるのか。対話による授業づくりの軸となる視座について、語っていただきました。

対話を通して創造と破壊を繰り返しつつ、理解を深めていく
私は長く、授業における協調学習、つまり、「仲間との対話からの学び」について実践研究を重ねてきました。協調学習とは、ある課題について仲間と対話をするなかで、「自分の考えをつくり、壊し、つくり直す」ことを繰り返しつつ、理解を深めていく学びのこと。問いに対する答えを「正解・不正解」ではなく「不完全・より完全に近い」と捉え、対話を重ねて一つの問いにみんなで答えを出そうとするなかで、「より完全に近い答え」をつくり出していく学びです。

授業における対話は、常に「学習の中身︵何を学ぶか︶﹂とセットであるのが特徴で、いわゆるスキルとして切り離せるものではありません。一方、何を話すかが決まっているプレゼンテーションや自分の主張すべきことが明確なディベートは、スキルと中身を切り離して考えることができ、対話のあり方とは異なります。協調学習においては、「対話を通して学習内容への理解を深める」という視点が非常に重要になってくるのです。

答えが不完全だからこそ、
より深く理解したくなる
対話により理解を深めていくプロセスを解説しましょう。例えば、日本史の授業で「豊臣秀吉はどんな社会をつくったのか?」という問いについて話し合うとします。「僕はこういう社会だと思う」「いや、でもこうなんじゃない?」「え、マジで?」…と資料も使って仲間と対話を重ねていくなかで、考えの違いが見えてきます。自分が確信をもっていた考え・答えの不完全さが露呈し、壊れることもあります。こうした「違い」や「不完全さ」が明らかになると、学習者一人ひとりの中に、自分なりの答えを深めよう、つくり直そうという動きが生まれます。
「自分の考えをつくり、壊し、つくり直す」ことを繰り返すなかで、学習者は「わかった」と「わからない」を往還します。わかったつもりでいることでも、まだわからない仲間に説明するうちに、「あれ?」という疑問が出てきます。自分の理解や説明を不完全だと感じ、さらに深掘りをする、わかり直そうとする心の動きが出てくるのです。そうしたなかで、「どうして違う答えがあるんだ?」「こういうふうにも考えられるのか…」という内省が生まれます。この内省を通すと、人はもっと考えたい、もっと解きたいと、より意欲的・主体的になります。理解しきれないからこそ、その「不完全感」がより深い理解へのモチベーションを掻き立てるのです。

個々の学習者が理解を深めつつ、さらに対話を進めていくなかで、より良い答え、より完全に近い答えが見つかっていきます。そして、対話により一つのことがわかると、次に考えるべき問題が見えてきます。こうして、継続的に学ぶことができるのです。

わかる・わからないを繰り返しつつ他者との対話を通して「社会的」に構成された知識は、持続的かつ実用的です。それは、問題に対するさまざまな見方・考え方を交わし合い、探索、批判、修正し合うという過程を経て辿り着いた答えは、本質的な理解ができているものだから。対話からは、学ぶべき中身の概念や原理、背景、仕組み、つまり、「なぜ・どうして・どうなっているのか」という根本的なことが学べるのです。

簡単には答えが出せない問題に対して、自分たちで答えをつくっていくのはワクワクする体験です。「わからない」という不完全な状態だからこそ、人はそこに向き合い格闘し、わかろうとする。自ら答えをつくり出すプロセスは、創造です。対話から創造が生まれることこそが、対話から学ぶ授業の醍醐味なのです。

対話によってより良い答えを共創するなかで、
一人ひとりの学習内容への理解が深まる

明確なゴールと最適な問いを
設定する授業デザインを
「対話から学ぶ力」は誰にでもあります。小学生であっても、学力的に困難に見える生徒であっても。しかし、学習者はこの力をいつも使っているわけではありません。この力を引き出す対話の場が適切に用意されていること、さらに、そうした機会を日頃から繰り返していることが重要です。対話から学ぶ力に多寡があるなら、それは場数の多い・少ないによるものです。

授業を適切な対話の場にするために、大切なことが2つあります。1つは、「自分の考えを言っていい」ということ。「授業は自分の考えを表現する場である」という認識を、全員が共有することが大事です。もう1つが、「考え・答えは変わっていい」ということ。対話には人の考えを変える力があります。人の意見を聞いたり話し合ったりするなかで考えが変わっていくのは当然のことだとみんなが思えれば、対話から学ぶ力はより強くなります。

対話を取り入れた授業がうまくいくかどうかの要因は、生徒たちの意欲や姿勢よりも、授業デザインにあると私は考えています。重要なのは、何を学び取ってもらうかというゴールを明確にし、そこに辿り着けるように問いを設定すること。最初から答えがわかっていたりすぐに答えが出せたりする問いだと、自分の考えを変えたくはなりませんから、対話による協調学習は起こりません。つまり、学習者の中に変化は生まれません。

例えば、先述した豊臣秀吉に関する問いが、もし「豊臣秀吉がつくった3つの制度とはどういうものか」という問いであれば、太閤検地・刀狩令・身分統制令についてその特徴を学ぶにとどまってしまうでしょう。それを「どんな社会をつくったか」とすることで、生徒は3つの制度を有機的に関連づけ、秀吉がつくり上げた社会をその背景や経緯、その後の社会への影響まで含めて理解できるようになるのです。

対話から学ぶ力が、他者と協働する未来創造につながる
自分の考えは不完全であるという前提に立ち、相手の話に耳を傾け、自分の考えが変わることを恐れず、それを楽しんでいけるか。お互いを高め合う文化をつくり出し、発展させていけるか。この先のVUCAの時代には、他者との対話により未来をつくっていく力が問われるでしょう。ですから、高校生の間に日常的に対話による学びを経験しておくことは、とても有意義なのです。不完全だからこそ、もっと学びたいと思えるようになる。そして、どこまでいっても学びに終わりはないと気づくことで謙虚になれる。自ずと、進学へのモチベーションも変わってくるのではないでしょうか。

対話による深い学びを生み出す原動力は、やはりコンテンツの面白さにあります。高校の先生は各教科のプロですから、教科の面白さを軸に、教室に対話が巻き起こるようなワクワクする授業づくりに、ぜひ挑戦していただきたいと思います。生徒を信じてやってみると、必ず授業は変わります。

  

国立教育政策研究所総括研究官/東京大学 客員教授
白水 始
しろうず・はじめ●1970年生、1993年東京大学卒業。認知科学博士。専門は学習科学・認知科学。中京大学で故・三宅なほみ氏と共に大学生対象の協調学習実践、国立教育政策研究所で学習科学に基づく教育政策基盤研究を展開後、東京大学CoREFで全国の自治体や先生方と連携して小中高生を対象に「知識構成型ジグソー法」を活用した協調学習実践研究を進める。現在は国立教育政策研究所に所属し、今後の教育のための授業法・評価・ICT 活用・教師支援研究を一体的に進めている。


対話力
仲間との対話から学ぶ授業をデザインする!(白水 始著/東洋館出版社)
認知科学の理論と、「知識構成型ジグソー法」を用いた協調学習の授業実践に裏付けられた、学びのエビデンスが詰まった1冊。