Symposium 【管理職座談会】  環境変化も機会と捉えありたい学校の姿をつくっていくには

教育改革まっただ中でのコロナ禍は、学校現場に混乱をもたらした一方で、ICT活用や教員間の対話の増加など変化の推進となった側面もありました。
激動の1年を経験した管理職の先生たちに、昨年度の取組の振り返り、これからにつながる兆しについてオンライン座談会で語り合っていただきました。

市立長野高校(長野・市立)
菅沼 尚校長
長野の県立高校で地歴・公民教諭として従事、多数の高校で教頭・校長職を歴任。2014年、長野県教育委員会・教育次長に就任。長野県独自の新設科目「信州学」の設置など、地域と繋がった学びづくりを進める。 2018年より現職。

今宮高校(大阪・府立)
安田幸一校長
大阪の府立高校で保健体育教諭として従事。サッカー部の指導にも情熱を注ぐ。首席、教頭職を経て、守口東高校、刀根山高校の校長職を歴任し、2021年より現職。現場で教鞭を取っていた頃から赴任校でリーダーシップを発揮し、若手教員と共に学校改革を推進してきた。

三郷高校(埼玉・県立)
勝部 武教頭
埼玉の県立高校で保健体育教諭として従事。県立総合教育センターの指導主事、埼玉県庁県民生活部スポーツ振興課主査を経て、2019年に越谷南高校の教頭に就任。同校のICT導入を積極的に進め2021年より現職。埼玉県柔道連盟の強化委員長も務める。

昭和女子大学附属
昭和中学校・高校(東京・私立)
真下峯子校長
埼玉の公立中学校・県立高校で生物教諭に従事、埼玉県立総合教育センター県立学校人事課、県立高校校長などを経て、2014年に大妻嵐山中学・高校の校長に就任。2020年より現職。2021年度より、同学附属小学校校長も兼任。

高校教育改革に関する調査レポートの抜粋を皆さんにも見ていただきましたが、気になったデータはありましたか。

勝部 「社会で働くにあたって必要とされる能力と現在もっている能力」(図18)の結果が、大変興味深いですね。先生たちは、社会で働くうえでは主体性や課題発見力が必要だと感じているのに、生徒が現在もっている力として挙げたのは、規律性や傾聴力なわけです。身につけさせたい力ともっている力に相関がみられないということにハッとさせられました。実際の学校生活を思い返すと、指示に「従わせる」などの場面は多く存在しますが、主体性や課題発見力を養うための手立てや場面は相対的にはまだ少ないのかもしれません。

真下 10年後の世界や日本の立場を考えたら、規律性や傾聴力ばかり高かったら物事が回らないという危機感がすごくありますね。
一方で私は、このコロナ禍で授業もうまく回らなかったなかで、わずかながらでも生徒の主体性が上がっていることに着目しました。「大変だ」とばかり言うのではなく、生徒たちがこれだけ進化したと褒めてあげるのが我々教員の仕事なのではないでしょうか。さらに、生徒の主体性の成長には、大変な時期に模索しながらがんばってきた教員の働きかけがあるはずで、その何が良かったのか。皆さんはどうですか?それを振り返って検証することで、教員の自信にもつながると思うのですが。

安田 前任校での話になりますが、昨年は行事を重要視しました。今まで当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなった。休業やさまざまな制限を受け入れながら、それでも生徒は行事をやりたいと願いました。じゃあコロナ禍でどうしたら安全にできるかを教員と生徒が一緒に工夫して、体育大会や文化祭のあり方を考え実施していきました。そのなかで生徒たちが主体的になっていったと思います。

生徒が主体性を発揮できる場を
我々はどれだけ創れているか?(菅沼先生)

菅沼 本校も従来の行事は、前年をベースに多少工夫するくらいでしたが、それが通用しなくなったため生徒たちが知恵を絞り出し、生徒会活動などでも新しいことができるかもしれないという自信につながったようです。  
でも私が思うのは、コロナ禍は生徒の主体性を引き出したひとつのきっかけで、そもそも今までの学校教育のなかで、生徒たちが主体的に動ける場を我々教員がどれだけ保障してきたかが問われるべきだと。長野市は前年に千曲川ちくまがわの決壊を経験し、その時に生徒たちは「地域のために何かしなければ」と自ら動き出し、そうした主体性をもっていることを我々は思い知らされました。災害やコロナ禍がなくても生徒が本来もっている力を発揮できる場面を教育の中にもっと取り入れていく必要性を感じました

勝部 おっしゃる通りだと思います。学校で慣習化・形骸化されてきた文化に対して一つひとつ見直しをかけさせられたのがコロナ禍であり、どの学校もカリキュラム・マネジメントと向き合わざるを得なかったのは、むしろ学びや学校を転換できるチャンスだと私は捉えました。

先生方ご自身は、激動の昨年度、それぞれのお立場でどのように学校運営をされてこられましたか。

勝部 昨年度は前任の越谷南高校で教頭を務めておりまして、同校がICTに力を入れ始めた時期でした。2019年度にGoogle社と連携してICTの実証実験を始めており、その知見が溜まっていたことが功を奏し、昨春の一斉休業の際にはオンライン学習もすぐに決断し実施することができました。
先生たちに自由に授業動画づくりなどにチャレンジしてもらったりするなかで、最も感じたのは先生たちの変容でした。生徒に会えないときに生徒のために何ができるかを一生懸命考えて力を尽くそうとする姿を見て、ICT活用を進める価値や学校風土の変化の兆しを感じました。

徹底的に生徒に寄り添い、
生徒の「やりたい」を諦めさせない(安田先生)

安田 昨年度は前任の刀根山高校の校長をしていました。コロナ禍に限らずですが、私自身が重要視している方針は、生徒に対しても教員の皆さんに対しても徹底的に寄り添うことです。
特に行事に関しては、先ほどもお伝えしたように生徒の思いを第1に考え、安易に中止にしない姿勢を示しました。教員と生徒が共に方法を考え、生徒たちは安全を心掛ける行動で応えてくれました。保護者の理解を得られないことを懸念しましたが、安全対策と国や府の指示内容を正確に共有することで乗り越えることができたと思います。
また、混乱のさなかでも「後手を踏まない」ことを意識し、かなり早い段階であらゆるケースを想定して準備しました。例えば体育大会であれば想定ごとの計画・スケジュール・役割等の変更案をいくつも準備し、さらに生徒の意思もその都度確認して反映。従来と比して大変なエネルギーを求められましたが、先生方がプロフェッショナルな教員集団として遂行してくれました。同地区の校長同士での頻繁な情報共有も助けになり、仲間の支えにも感謝しています。
丁寧に検討を進めて実行したことで、年度末の生徒と保護者アンケートでは、すべての項目で前年度を上回る評価を頂くことができました。

菅沼 臨時休業ではとにかく「授業を止めない」ことをベースに考えてきました。ありがたいことに先生たちが自主的、ゲリラ的にYouTubeやZoomを使った授業をやり始めてくれて、自然発生的に「コロナ対策ICT委員会」が立ち上がりました。その委員会を中心に、ICTをどのように使っていくかを検討・実施してもらいました。今後もさまざまな理由で登校できない生徒が出ることを想定し、基本は対面授業でありつつ、オンラインも常時併用していくことも検討しています。  
緊急時の対応で、先生たちの働き方改革も考慮しなければならなかったので、実験的に夏休み期間はオンライン授業を自宅からやってもらったりもしました。

真下 未曽有の事態で私のキーワードは「繋がる」でした。公立・私立問わず友人である他校の校長先生たちとオンラインで繋がって、お互いの取組について情報共有し、他校のやり方を真似し合って一緒に進んでいった感じです。これが本当にありがたかったです。校長はある意味校内では孤独で一人で責任を負うようなところがありますが、他校の先生たちと繋がることで、学校経営に余裕ができたかなと思います。  
そして、コロナ禍がチャンスと思ったことがいくつもありました。県立・私立で4校の女子校の教頭・校長を担当するなかで課題だと感じていたのが、DX部門において女子の活躍の場面が少なかったことでした。オンライン授業やICTを駆使していくことでそこが強くなれるチャンスと思いました。  
また、学校改革の核は授業だと考えているので、管理職になってからずっと授業観察を続けていますが、先生方の授業スキルが昨年度、飛躍的に向上しました。先生たちにとっても、ICTの使いこなしだけでなく授業を工夫し成長するチャンスだったのです。  
そして私自身、昨年の臨時休業の時期に、昭和中高に着任しました。普通だったら「外部からどんな校長が来るんだ?」と疑心暗鬼から始まると思いますが、最初から運命共同体としてスタートできたことはチャンスだったと感じています。

菅沼先生がコロナ禍などの外圧がなくても生徒が本来もっている力を引き出す学校にならなければというお話をされましたが、皆さんはそうなるためにこれからどんなことをしていきたいとお考えですか。

菅沼 本校は総合学科でキャリア教育に力を入れているということもあり、 1年生で産業社会と人間、2年生で課題探究を重視してきましたが、以前は生徒たちのやらされ感が強かった。それで、生徒たち自身が本当に知りたいこと、課題だと思うことを見つけることに力を入れてきました。一人ひとり課題が違うはずで、それを見つけるために生徒たちにはとにかく外に出ていろんな人に会いに行けと。みんなが自分から動いて外の人に会いに行くと教員だけでは生徒全員のフォローができないので、外部のNPOとも連携したりしています。自分自身の課題を見つけ、それを探究するからこそ将来の自分の軸になるものが見えてきます。一人ひとりの個に応じつつ、いかに協働的な課題探究ができるかというのが現在の課題です。私はできると思っています。

真下 探究する力ってこれから絶対に必要な力ですよね。その力をつけるには、総合的な探究の時間だけでは多分無理だろうと思っていて、各教科の授業でも「なぜなんだろう?」と問う力を育てていかないと。教科の先生方にも生徒が自分で問いを立てるような授業を今年の2月ごろから始めてもらっています。すべての教科でそういう取組をすることで、結果として総合的な探究の時間に課題を見つけられるなど、かたちとなって表れてくるのではと期待しています。

安田 本校も菅沼先生の学校と同じく総合学科ですが、進学系の総合学科として入試実績も求められています。菅沼先生や真下先生のおっしゃるような探究的な学びに力を入れたいと思いつつ、まだ探究の授業で本校ならではのスタイルを確立できておらず、大学入試に結びつけられるかという悩みもあり…。

学校の外とつながり、定数の10倍の
「教師」から生徒が学べる学校に(勝部先生)

勝部 安田先生と同様にやりたい授業と進学実績のジレンマは進学校の先生は少なからずおもちだと思います。私自身もこの先を考えたら教科横断的な授業は非常に重要だと思っている一方で、総合的な探究の時間や学校設定科目には教員定数がつかないという人的保証がないジレンマもあります。すると現状の教員数のなかでやらざるを得ず、先生たちの負担だけが増えていく。新しい学びの実践を現実的に進めていくための答えが自分にはまだないので、ぜひお知恵を頂きたいと思います。

菅沼 すごく難しい問題だよね。本校も安田先生の学校と同じく進学型総合学科です。大学受験を優先すると、選択科目がどんどん削られて限りなく普通科に近づいてくる。普通科改革の話もありますが、総合学科が進学実績や偏差値で普通科と比較されて、「上から何番目」のような評価になってしまうことには何の意味もないと私は思っています。やっぱり「あなたの一番やりたいことが実現できる道が拓けます」と伝えることが総合学科としてのあり方だと。だから課題研究が大事だと考えています。  
そもそも35単位に増やしてやっているにしても、本当に35単位やらなきゃならない授業の内容って何なのか検証しなければいけない。若い先生に「学校で授業をたくさんやったことが大学合格に結びつきましたか」と聞いたら「違う」と言われました。自分でどれだけやったかなんですよ。それなら、学校の授業はもっと少なくてもよくて、自分で勉強できる道をどれだけつくってあげられるかですよね。と思っていながらなかなか実行はできていませんが(笑)。

真下 私もずっとそのことを考えています。県立高校時代は合格実績命の進学校にもいましたし。でも、よく考えたら高校は大学の予備校ではない。高校時代は学問的にも一番面白くて、いろんな経験ができて、自分がどれをやるかチョイスできる大事な時期。それを味わわせてあげないと、やりたいことがわからない生徒が育ってしまうと思います。  
今後は、大学が偏差値重視の入試をしていると高校から優秀な生徒が来なくなるという世界にしていきたい。今は世界と簡単に繋がり、スタンフォード大学やハーバード大学の授業もオンラインで受けられます。そうなると優秀な生徒はどんどん海外に行ってしまう。そういう構図がもう起きているのだから、大学が入試も授業も面白くしないと高校生から選ばれませんよ、という流れにできたらと思います。

中教審の答申ではスクールミッション、スクールポリシーの策定も提言されています。学校のあり方が問われているとともに、それぞれの学校で模索してもいいというメッセージにも聞こえますが、皆さんはこれから、どんな学校を創っていきたいですか。

菅沼 やはり生徒一人ひとりが個々の良さを伸ばせる学校ですね。今の子どもたちは自分でやりたいことを見つけられれば、与えられた時間を活かして自分で動くことはかなりできます。昨年度は授業時間が例年の80%ぐらいだったと思いますが、「それで授業が遅れたと言わないようにしよう」と、なんとかやりきってもらえました。今年は逆に、昨年20%減らしてもできた事実をベースに、「だったらその20%で別のことができる」という理屈で授業改革をやろうとしています。時間割に落とすのは難しいですが、浮いた時間を生徒たちが本当に自分の将来を考えながら活かすことができる学校の姿を模索していきたいです。

勝部 社会や外部と圧倒的に繋がっていて、その実感を生徒たちが感じられる学校が理想です。教員定数の倍くらいの〝教師〞がいるような感覚で、いろんな人の知恵と経験が相互補完的に生徒に刺激を与えられるような学びの場にできたらと考えています。オンラインを駆使すれば、どこでもドアのようにあちこちの人と繋がれますよね。家庭の経済状況が子どもの学びにダイレクトに表れてしまう多様校の生徒たちこそ、そうした外の世界のことを知って、数十年後の社会の現実をちゃんと考えながら、自分がどうしていきたいかを見つけていってほしいと思います。

学校を超えて教員が繋がること
で高校も大学も変わるはず(真下先生)

真下 たまたまずっと女子校で仕事をする機会をもらっているので、女の子たちの能力をもっと発揮させたいというのが学校経営の視点です。ジェンダーギャップは世界にも日本にもまだまだあります。ガラスの天井※もあれば女性自身が踏み込んで行かないこともあります。女子校の良さは、それを飛び越える自信をもたせやすいこと。だから、先生たちには女の子を元気にできる存在になってほしい。そのために先生たちと対話しながら意思形成していきたいですね。

*社会的マイノリティの組織内での地位向上を阻んでいる、目に見えない障壁。

安田 先生方のお話を伺って、自分ももっとビジョンを広げていきたいと強く思いました。まずは産業社会と人間や総合的な探究の時間で、本校のカラーが出せる取組をしたいと思っています。本校は大阪の中心に位置しており、多様なリソースがあります。そうした地域特性を取り入れることで、SDGsについて学び、一歩踏み出す取組ができると考えています。それが私の目指す取組なので、カリキュラムに落として必ず実現します!

真下 皆さんとお話しして改めて思ったのは、各高校同士は競争じゃないということです。一緒に成長し、進化していくという構図が理想。今日も地域も立場も違う皆さんと情報交換できて本当に良かったです。いろんなことを情報共有し、困ったことは相談して高校全体が進化することこそが、大学を変えていくための力にもなるのではないかと思います。夢のような話でもやらないと変わらないし、大学も高校も変わらなくてはいけない。皆さんと繋がることできっとそれができると、私は希望をもっています。

取材・文/長島佳子