“広がる対話”“深まる対話”高校実践事例 Case4 大山高校(東京・都立)

CASE 4 【課外活動】

「哲学対話」で自身の内側と
向き合い、自らの学ぶべき道を
見つけていく

大山高校 (東京・都立)

偏差値で生徒に大学進学を
諦めさせない
レンガ造りの瀟洒な校舎がひときわ目を引く都立大山高校。同校の歴史は1959年開校の定時制高校から始まる。40偏差値台。生徒の家庭環境は多様で、学習意欲の低い生徒も多い。卒業までに約4分の1の生徒が退学し、大学進学を目指す生徒は多くはなかった。ところが、2年ほど前から、山梨大学、上智大学など、国公立や難関私立大学に合格する生徒が出始め、2019年には「キセキの学校」と報道され話題となった。その秘密は、同校で希望者を対象に行われている哲学対話(大山しゃべり場)にある。

2019年に着任した外川裕一校長は、「当初、前任者が、生徒の学力向上のためにはまず教員の指導力が大切だと考え、東京大学大学院総合文化研究科の梶谷真司教授の指導を受け、教員研修の一環として哲学対話を導入したと聞く」と言う。しかし、「授業を成立させるだけで精一杯」な状況で、新しいことに取り組む余裕はなく、懐疑的な教員も少なくなかった。ところが、その中に「哲学対話はすごく楽しい。もっとやりたい」と言う教員がいた。養護教諭の関本智美先生である。

教員研修として始まった哲学対話は、希望する生徒も参加可能とし、月2回、放課後に行われるように。関本先生は、その責任者に抜擢された。
「保健室の先生って、『授業が嫌い』と言って来る生徒に、『そうなんだね』と受容するけれど『なぜ?』とは聞けない。生徒を問い詰めたくないからです。でも、哲学対話では『なぜ?』と問いかけることで、生徒は『え〜?』と顔をしかめながらも一生懸命考えて、嬉しそうに答えてくれる。あ、聞いてもいいのだと気づきました。問い続けることで、嫌いの原因がわかったり、『それほど嫌じゃないかも』という気づきにもなることもあります」(関本先生)。

哲学対話をきっかけに、将来について考え始め、大学進学をしたいという生徒も出てきた。
「喜ばしいことではあるが、本校から大学を目指すならまずは基礎学力からつけなければならない。そこで放課後に、希望者を対象とした『山高ゼミ(山高は大山高校の愛称)』を開講。一方、本校の場合、一般選抜よりも総合型選抜が主流になると考え、自分の進路や適性を見極め人間形成をする場として、哲学対話も山高ゼミの時間に組み込みました」(外川校長)。

それは、大山高校の「学び、はじめ」プロジェクトの始まりでもあった。

体験を語り、自分を見つめ、
学ぶべき道を見つけていく
「学び、はじめ」は、基礎学力が定着していない生徒の学び始めでもあり、「なぜ学ぶのか」学びの原点を問う試みでもある。そこに哲学対話の意味がある。「哲学対話は、自分とは何者なのかと自分に問い続ける作業。そこから、自分のやりたいことが見えてくる。それは、探究学習にとどまらず進路選択の志望動機書や面接にもつながっていく」と外川校長。  

放課後に大会議室に集まり、10人前後のグループで車座になって、「なぜ制服を改造してはいけないのか」「愛と恋の違いは?」など身近なテーマで90分間話し合う。「人を否定しない」「結論が出なくてもいい」など、8つのルールさえ守れば何を言ってもいい。

輪の中心には「たとえば?」「立場が変わると?」などが書かれたクエスチョンカードが置かれている。何を聞いたらいいかわからない人はそれが手掛かりになる。そして、カラフルな毛糸のボール。これはコミュニティボールと呼ばれ、このボールを持っている人だけが発言できる。発言したい人は手を挙げてボールをパスしてもらう。ふわふわの毛糸を触りながら考える生徒の表情には、「自分のなかを見つめ、言葉を探す様子が見てとれる」と関本先生は言う。「知識の少ない生徒は、自分の体験を語るしかない。語ることで自分は何者かが見えてくる。人の体験を聞くことによって、自分への理解が深まる。誰にも否定されない環境で話すことで自信がつき、どんどん話も上手になります」(外川校長)。

 ただ、すべての生徒に哲学対話が機能するとは限らない。「山高ゼミで体験して『面白い、自分の役に立つ』と気づいてくれる生徒が少しでも増えてくればと考えています」

車座になって対話をする生徒たち。コミュニティボールを持った人が話す。
床にはルールカードとクエスチョンカードが置かれている。

  

考えはじめ、学びに向かう力が開花していく
「哲学対話によって、劇的に何かが変わるものでもない」と外川校長も関本先生も、口を揃える。「ゆっくりした内面変化はあっても見た目ではわからない。だから、これをやって何か意味があるの? と言われたこともあります」と関本先生。

しかし、生徒は確実に変わっていた。1年生の別所杏音きょうとさんは、「哲学対話に参加して、考えることが楽しくなった。将来を考えて、勉強も必要だと思い、勉強するようになりました」と話す。同学年のIさんは、「話を組み立てるのがうまくなったと思うし、最近では、哲学対話の司会を任されることもあり さえ
ます」と言う。2年生の髙野紗英さえさんは、「哲学対話で、将来やりたいことがわかった」と目を輝かせる。  

まさに、対話によって自分とは何者かを知り、考える力を身につけ、学びに向かう力が生まれているのだ。そして、生徒から新たなファシリテーターも生まれている。
「今後は、総合的な探究の時間や通常の授業の中にも対話を取り入れたい」と外川校長。しかし、その難しさも痛感している。「授業になった瞬間に、評価の対象となる。教員が『明日は対話をやるから内容を考えてきなさい』と言ったら、それはもうやらされ仕事で、生徒はのってこない。困った教員が『○ ○くんどう思う?』とやったらもう、それは対話ではなく、〝対話を強要されている〞ことになる」。それでも、日頃からペアワークなどで上手に対話が成立しているクラスもある。「そういうクラスは先生のまなざしが優しい。生徒もその場が好き、居心地がいいと感じている。そういう場づくりができれば授業でも対話は成立する」(外川校長)。  

外川校長の構想は、まずは5教科以外の4教科で対話を取り入れることだ。進学校では受験に関係ないと軽視されている4教科こそ、対話の場になりうるし、大学進学につながる力を養う時間にもなると考えている。「4教科をどれだけ充実させるかが本校の生き残る道かもしれません」  

大山高校の次のキセキも、そこから生まれるのかもしれない。

  

右から外川裕一校長(2021年3月まで)、関本智美先生

生徒インタビュー

考えることが楽しく、
勉強も好きになった

勉強が嫌いで受験勉強もせず、第一志望の高校は不合格。父から大山高校の哲学対話のことを聞き、「この高校なら変われるかも」と思って入学しました。みんなで思いを隠さず話 し合うことで考えが深まり、世界が広がりました。哲学対話がきっかけで考えることが楽しくなり、勉強も好きになりました。成績も上がり、両親も驚いていますが、自分が一番自分の変 化に驚いています。(1年生・別所 杏音きょうとさん)

立ち止まって深く
考えるようになった

哲学対話で人の意見を聞くことで、そういう見方もあるのかと気づいたり、視野が広がって楽しいと思うようになりました。「オタクは迷惑な存在か」というテーマで話したときに、「オタクがグッズなど買うことで経済を回している」「案外迷惑ではないのでは?」という結論に自分自身は行きついた。こういう経験を通して、立ち止まって深く考えられるようになりました。(1年生・Iさん)

自分に自信がつき、
好きなことに気づけた

もともと、答えのない問題を考えることや集団討 論が好きで、時間があれば哲学対話に参加してきました。哲学対話では、自分の意見も言いま すが、人の意見も聞くので、考え方が柔軟になり、人の気持ちを汲み取れるようになったと思い ます。哲学対話があったから、自分は人と話すことが好きで得意だと気づけたし、自信もつきまし た。大学に進学して将来は営業の仕事に就きたいと思っています。(2年生・髙野 紗英さえさん)

※先生・生徒の所属・学年などは取材当時のものになります

学校データ:1959年開校/全日制・定時制/普通科/生徒数575人(男子298人・女子277人)/卒業生の36%が大学・短大に、33%が専門学校に進学。21%が就職(2020年)。

取材・文/石井栄子