“広がる対話”“深まる対話”高校実践事例 Case3 安田女子中学高校(広島・私立)
校則の見直しを通した対話で
当事者意識を育み
校則以上に大切なことも発見
安田女子中学高校 (広島・私立)
生徒が思いを主張し
学校づくりの当事者になる
広島県にある安田女子中学高校は、2020年度に、経済産業省「未来の教室」実証事業としてルールメイキングという外部連携プロジェクト(※下の注釈参照)を実施、生徒主体で多様な関係者と対話を重ね、校則を見直した。
※「ルールメイキング」生徒主体で校則を見直し、課題発見や合意形成、意思決定の力を育むことをNPO法人カタリバが支援するプロジェクト。
その取組の背景には、当事者意識を育むというねらいがあったという。
「『学校という箱の中に自分がいる』のではなく『学校は自分たちでつくるもの』と生徒が思えるようになってほしい、と考えていました。この学校の一員として自分の思いを発信し、多様な意見にもふれてその違いを乗り越えていく、そんな強さを身につけてほしいなと」(安田馨先生)
「本校は100年以上続く伝統校で、校則や生活ルールが多く、生徒は厳しいと感じがちでした。ただ、優しくて根が真面目な生徒が多く、あまり主張しないんですね。もっと自分の思いを外に発信できるようになってほしい。校則という身近なテーマを、外部も含めたさまざまな人と対話して生徒が見直す活動を通し『、自分がどうしたいかを学校で出していいんだよ』と背中を押したいと思っていました」(上所奈美先生)
意見の投げ合いではなく
全員の意見をテーブルに
プロジェクトを進めるにあたり、同校ではまず全教員でワークショップを行った。校則は生徒の安全や安心を守るものでもある。先生たちのなかでは、生徒主体の見直しに期待感をもちつつ、「安全や安心を保てるか」と不安視する声もあった。だから今の校則をどう思うか、先生同士でも語り合ったのだ。互いの認識がわかり、生徒を見守る際の「目線合わせができた」(安田先生)という。
そのうえで全校生徒に「皆さんと学校、関係者で対話しながら、みんなが幸せになるルールを一緒に作りたい」というルールメイキングチャレンジ宣言をした。校則見直しに参加する生徒を募るアナウンスであり、同時に「校則は誰のために何のためにあるか」を問う仕掛けでもあった。
活動は、生徒会の生徒をはじめ、「やりたい」と自ら手をあげた中学1年生から高校2年生までの有志メンバー約20名が軸になって進めた。6月から毎週水曜日の放課後にミーティングを行い、少人数グループに分かれた対話をベースに、校則の見直しを検討した(写真上段も参照)。
上所先生や安田先生は見守ることに徹したという。11月下旬に予定されていた学校への提案を見据えて「いつまでにここまでは進みたいね」という促しは適宜行ったが、どの校則をどう見直すかは生徒たちにゆだねた。
「集まった生徒は年齢差もあり、全員がほぼ初対面。意見を言えない生徒が出たり、意見が割れて膠着したりしないか心配でしたが、自分たちでうまく話を進めてくれました。その空気ができたのは、初期のワークショップで外部の方が生徒の意見を傾聴してくれたからだと思います。どんな意見も肯定的に捉えてくださり、生徒も楽しそうで。自分の意見があるときも、対話では相手をまず理解しようとすることが大事なんだと最初に教えてもらえました」(上所先生)
「ワークショップデザイナーの方の言葉も印象的でした。『議論が相手と意見を投げ合うキャッチボールなら、対話は全員が自分の意見をテーブルにポンと置き、ここは同じで、ここは違うね、ならこう考えたらどうだろうと話を広げるもの』と説明してくれたのです。生徒たちは付箋や模造紙を使って、まさにそのように対話をしていきました」(安田先生)
その対話のなかで生徒たちは自ら気づきを得ていったという。「私がこの校則について思っていることは、みんなもだいたい同じはず」と思っていたのに「意外と違うんだ」と。
だから、自分とは感覚の違うメンバーの意見に一層耳を傾けた。また、みんなが幸せになるルールにするには、「一つの校則を変えるのでも︑生徒や先生︑保護者などいろいろな視点から考える﹂ことが必要と感じ︑﹁どうすれば多様な人の意見を取り入れられるか﹂もメンバー同士で話し合った。全校生徒や保護者にアンケートを行い、先生や警察職員と直接対話した。各学年の掲示板に模造紙を貼り、変えたい校則について誰でも自由に書き込んだり、賛同のシールを貼ったりできるようにした。
対話のなかで問いが生まれ
新たな考えを創造していく
一連の活動で、生徒たちには「相手を理解しようとする力、聞く力が何よりもついた」と上所先生は感じている。さらに、その力が伸びたことによる相乗効果もあったという。
「相手の話を傾聴するようになったから、自分が話すときも『まわりは私を理解しようとして聞いてくれる』と安心できるようになり、発信するのもうまくなったんです。たとえ主張通りにならなくても、ほかの意見と組み合わせていけることも経験したので、『自分の意見が次につながる』と信じて、思いを発信することもできるようになりました」(上所先生)
活動自体も想定以上の広がりを見せていく。校則の見直しだけでなく、生徒が自分たちの「行動指針」まで考える取組に発展したのだ。
例えば、スマホ持ち込みを解禁し、通学時や在校時に節度をもって使えるようにしたい場合、節度ある使い方をいちいち説明すると複雑になるため、校則をシンプルな文にすると、個々の判断に任せる部分が出てくる。その際に「私たちは何を軸に判断するのか」。また、娯楽施設の出入りを何でも認めるのはこの学校らしくない、という意見もあったが、「私たちが守りたいその『らしさ』とは何なのか」。
対話を重ねるなかで、校則だからダメ、校則にないからOKとするのではなく、「物事を自分で判断するときの拠り所」(安田先生)まで考える必要性を、生徒も先生も感じたというのだ。生徒たちは、校則にかかわらず大切にしたいことを「自分を律し、自分を愛する」「礼儀・品・やさしさ」という言葉にまとめて指針とした。
2020年度末、生徒の案を基に来春より校則が変わることを正式に発表。途中まで、有志メンバーや全校生徒のなかには「結局変わらないのでは」と半信半疑だった者もいたそうだが、「本当に変わるんだ」という実感をもたらした。その感覚が校内に広がった今後、生徒がプロジェクトにどう関わり、どんな成長を見せるかを、先生たちは楽しみにしている。
「生徒も我々もみんなが学校づくりに参加し、『私たちの学校』にしていきたいですね。その経験というのは、生徒が社会に出たときに、単にルールに従うのではなく、より良いルールや仕組みを自分たちで創るという、民主主義や社会づくりにもつながっていくと思うのです」(安田先生)
写真上段は、生徒たちの対話の1コマ。要所で外部協力者もリモートで参加した。写真中段は、全校生徒や保護者へのアンケート、および教員や警察職員との対話。写真下段は、学校提案の場面と、見直した校則をまとめたスライド。
生徒インタビュー
互いの意見を合わせて
新しい考えを創れるように
話し合うのが好きで校則に疑問もあったので参加したのですが、みんなの意見が違ったときが大変でした。下校時にコンビニに寄れたら「便利」「危険もある」で意見が割れたり。そこからお互いの考えのいいところや共通点を見つけて「水分補給など必要な場合のみ立ち寄り可」という新しい意見にしました。自分の意見だけを尊重するわけにはもういかないけれど、自分たちの意見で物事が変わるのはすごく嬉しかったです。来年も携わり、みんながより楽しく過ごせる学校にしていきたいです(高校1年生・佐々木妃奈さん)
みんなにとっていいものを作る
大切さを学んだ
人前で話すのは得意ではなかったのですが、カラオケ禁止のような校則がなぜあるのか知りたくて参加しました。学校を動かすので、授業以上に言葉の責任を感じました。カラオケもいいと思っていたけど、警察の方から被害を聞き、先輩の築いた安田らしさも考えたら迷い、意見を出し合って「制服ではダメ、私服ならOK」という校則にしました。みんなにとっていいものを作る大切さを学べたと思います。校則をもっとこうしたい、という思いはまだみんなにあると思うので、来年も関わりたいです(高校1年生・土井彩乃さん)
※先生・生徒の所属・学年などは取材当時のものになります
取材・文/松井大助