Report 【誌上研修レポート】先生たちが体験!新たな考えを生み出す対話とは?

生徒たちが「対話」によって新たな価値を創造できるように育つには、育て手である教員が「対話」の有用性を理解していることが欠かせません。そこで、ワークショップの企画・実践を営む株式会社MIMIGURIの協力の下、「『対話』によって何が生み出されるか?」を 全国から集まった先生方に体験していただきました。
「対話とは何か?」のレクチャーから、グループセッション、参加者の振り返りまでをレポートします。

  

ファシリテーター

和泉 之さん
(株)MIMIGURI所属。組織・人材発の企業案件を専とする署のマネジャーを担当。ファシリテーターとしても活動する。

渡  大さん
(株)MIMIGURI所属。組織・人材 発のファシリテーター。学校教における PBL・SELプログラムの発も手掛ける。


主体性をテーマに
先生たちが「対話」を体験
ホームルームや授業など、学校現場では多様な話し合いが日々行われている。何らかの答えを導き出す議論や討論ではなく、自由な雰囲気の中で新たな意味づけを創ることを試みる「対話」とはどういうもので、そのような場をどうしたらつくれるのか、6名の先生方にご協力いただきながらワークショップ型の研修を開催した。

ワークショップ(以下WS)のプログラムの企画・実践を担当したのは、(株)MIMIGURI。同社は、コンサルティングやメディア・CULTIBASEの運営を通じて、企業や学校・団体などが組織と人の創造性を賦活する総合知の体系化と提供を専門としている。なかでも、学校など教育機関でのWSを多数手掛ける和泉裕之さんと渡邉貴大さんにファシリテーターを担当してもらった。

対話のテーマは「高校で育むべき主体性とは何か?」。新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」が重視され、また入学者選抜においても主体性が評価されるなど、「主体性」をどう考え、育んでいくかは多くの先生たちの共通の課題になっている。どのような対話が繰り広げられたのか、オンライン研修会の様子をお届けする。

前提となる認識を揃え、
安心な場で対話がスタート
WSは全国から、さまざまな実践に積極的に取り組まれている6名の先生方にお集まりいただき、コロナ禍も鑑みてオンラインにて実施。図1のような流れで、約3時間半という限られた時間の中で、対話についてのレクチャーと2つのグループに分かれてのセッションを実施した。

冒頭のイントロダクションでは、ファシリテーターは終始笑顔で進行。安心・安全な場の雰囲気の形成に徹しており、自由に発言できる空気をつくりながら、「対話」とは何かについてレクチャーした(図2)。

ここでの「対話(dialogue)」の定義は、「あるテーマについて、互いの意見や意図、経験や感情を本音で共有し合い、お互いを深く理解し合っていくためのコミュニケーション手法」だ。対話には相互理解を深める「探究的対話」と、さらに進んで、新たな意味やアイデアが創発される「創造的対話」の段階がある。生徒たちが「創造的対話」をできるようになるために、今日のワークショップで先生たちに創造的対話を目指して体験してもらうことが伝えられた。 

対話に臨む際に心掛けたい3つの「対話のアティチュード(態度、心構え)」(図3)が示された。①一般論や伝聞ではなく、〝わたし〞を主語に語ること、②語られる発言だけでなく、相手の背景に目を配ったり、その場で聞いている自分の気持ちも振り返ってみるなど、互いの気持ちに耳を傾けること、③誰かが対話を進めることを期待するのではなく、「私がこの場をつくっている」ということを忘れないことだ。  

チェックインでは、各自がこの場での呼び名を表明したり、「e m o c h a n」という感情をシェアするツールを使って、今の気持ちを伝え合った。

次ページからは2つのグループ別のセッションの様子を中心に、WSのダイジェストをレポートする。私立高校の先生で構成したAグループ、公立高校の先生で構成したBグループで、それぞれ3名の先生とファシリテーター1名の4名一組で対話を実践した。先生方の個性で冒頭からにぎやかに始まったAグループ、お互いを気づかいながら始まったBグループと、対照的な対話が展開された。参加者の個性に合わせたファシリテーターの介在と、事後取材で語られたグループセッションでの働きかけの意図も、学校現場で対話を進める先生方の参考になるはずだ。

「emochan(エモチャン)」は、職場のおもちゃメーカー(株)KOUが開発した、対話を楽しく、安心・安全に促すために感情を表明するためのソリューションツール。ウキウキ(喜び)、ワクワク(期待)、ドキドキ(動揺)など8つの感情を色と絵で表したものを、対話するメンバーが使用。リアルの対話用のカードと、オンライン会議用のバーチャル背景がある。
https://emochan.jp

グループセッション
Aグループの対話

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グループセッション
Bグループの対話

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全体振り返りを終えて まとめ

  

「創造的対話」の道程に正解はない。
対話を創っていくのは参加者一人ひとり。
「高校で育むべき主体性」という答えがひとつではない問いに向かって対話に臨んでいった先生たち。
「踊る」というキーワードをきっかけに、「設定がある中での取組は、本当の主体性と言えるのか?」というモヤモヤから脱し、それに触発された新たな考え方を生み出したAグループ。先輩講話、キャリア・パスポート、振り返りなどの日々の学校活動と主体性との結びつきに気づき、今までの実践に対する新たな意味づけや、これからやりたいことへ展開していったBグループ。

2つのグループはまったく異なる対話の課程を辿ったが、共に今日ここに集っている参加者とファシリテーターでなければなし得なかった「創造的対話」を生み出したのだ。対話の内容やプロセスに正解はない。その場にいる全員で創っていけばよいのだ。それを参加者の先生方も体感していた。

ファシリテーターの2人は異なる個性をもち、声のかけ方も違っていたが、共通していたのは場の把握と介入のタイミングに注力していたことだ。特に前半は、AとBで介入のレベルは異なっていたものの、両グループとも先生方が自分の体験や考えを場に出していく「探究的対話」に相当の時間を割いた。「創造的対話」に欠かせない関係性をつくるためには、ある程度時間をかけてもじっくりと場づくりをすることが肝心。その際、ファシリテーターは〝リード〞ではなく〝支援〞に徹し、参加者自身が話したいことを話して場をつくっていくという姿勢が強くうかがえた。

一方で、学校では自分たちがファシリテーターとして対話を実施することを想定して、難しさも感じていた先生たち。「教員同士の対話の場を、いかに安心・安全の場にできるか?」といった質問が出た。ファシリテーターたちはそれに対する明確な答えはないとしながらも、和泉さんはこう語った。 「対話は実は勇気がいるコミュニケーション。みんなでつくる場ですが、自分の想いを本音で語る最初の一人のふるまいと存在で場が動き出し、連鎖していきます。一度創造的対話を体験・実践できた人はまたできます。今日それを体験したことで、今後は皆さんが学校でも最初の一人になれるのではないでしょうか」


ファシリテーター’s eye

  

創造的対話を望む衝動を
どう引き出していけるか
ファシリテーターにも正解はなく、自身の個性や参加者の個性、場の状況は常に異なるため、その場に応じた支援や問いの発し方が必要になります。今回はチェックインでの先生方の状況を見て、渡邉も私も介入方法を考え、場の流れを見ながら介入度合いを変えていきました。
対話の進行者としても、発言のハードルを下げるために自らピエロ役になってみたり、自己開示したり、傾聴したり、ゆさぶりをかけたり、時にはアイデアを提供するなど、ファシリテーターにはさまざまな役割がありますが、最終的には、参加者にそのすべての役割を移していけることが理想です。
先生方に意識してもらいたかったのは「場は自分のふるまいでできていること」。Bグループは後半でそのことを再認識し、先生たちは創造的対話に流れ込んでいきました。創造的対話をしたいと思っている人にはその衝動があります。それをおもちの参加者の先生方なら、生徒さんのもつ衝動もきっと引き出せるのではないでしょうか。

和泉さん

社会通念から一旦解放されて
自分の想いを外に出してほしい
今回に限らず学校関係者の方々に感じるのは、お立場上、規範に囚われがちということで、それが対話にも影響します。
このWSで「主体性とは何か」に対して、「自分ごと化」という言葉が図らずも両グループともに出てきたのは、日頃から使い慣れたパターン化された言葉だからです。それは危険で、みんなが納得しやすいからこそ、新しい概念は生まれにくいため、社会通念上では正解と思われていることをアンラーン(一旦捨てる)したり、リフレーミングする必要があります。そこで、和泉も私も「ご自身にとっての自分ごと化の体験は?」など、各先生がその言葉をどう捉えているかという問いを出しました。
また、Aグループでは「踊らされている」という想いを斉藤先生が発したとき、パターン化されていない新しいその言葉の意味づけをみんなで考え、創り出すことができるようになりました。こんなふうに、対話の際は、社会通念から一旦解放されて考えることを愉しんでほしいと思います。

渡邉さん

<先生方のリフレクションから>
研修で得た気づき&これからやってみたい取組

【Aグループ】

翌日にさっそく、教員間で対話を実行
「対話の力」を改めて実感

斉藤友昭先生 相洋中・高校(神奈川・私立)

主体性について対話を重ねていったことで、「自分ごと」「身近にすること」「チャレンジ精神」と、三人三様の言葉で言語化することができるのだとわかりました。そして、それぞれが納得感の高い自分なりの解を得ることができて、とてもスッキリしました。一方で、同じような気持ちで対話をしてきても、紡がれる解はそれぞれで異なることに驚きました。WSの翌日、さっそく勤務校で次年度の授業カリキュラムについて若手の同僚と創造的対話を意識して、相手に寄り添って気持ちを引き出す対話を、少し時間をかけてしてみました。すると彼自身から、私が考えていた最適解に近い内容が出てくるという驚きの展開で、私たちなりの納得解を創ることができ、「対話の力」の大きさを実感しました。

生徒の創造的対話につながる
「問い」を意識していきたい

辻 晃子先生 大阪高校(大阪・私立)

主体性について自由に語っていたときに、渡邉さんが対話のアティチュードを忘れかけていた我々に再度、「〝私〟を主語で語りましょう」という投げかけをされたことで、探究的対話が始まったように感じました。そうした軌道修正や問いを投げられることで、過去の体験の共有から、未来の話へと展開していくことが創造的な対話なのだと実感できました。頭の中はかなりのエネルギーを消費していましたが難しいことを共有する楽しさを知ったように感じています。私は入試広報として本校のオープンスクールを担当していますが、企画運営委員会やPR 委員会の企画や内容は生徒が会議を行い、運営しています。そのなかで創造的対話につながる「問い」をさらに意識的にしていきたいです。

教職員での長期的な取組では
対話こそがなすべきこと

寺崎仁樹先生 愛光中学・高校(愛媛・私立)

当初は参加者同士の主体性に関する概念が違うなと感じ、「高校生に育むべき主体性」にもモヤモヤしていましたが、対話によ ってお互いの考えがだんだんと近づき、より明確に言語化できることを知りました。斉藤先生の体験談が、自分の体験と重なり、自身をメタ認知できたことも対話の効果です。学校ではLHRで対話をしてみたいですが、クラスで約10グループのファシリテーションをどうしたらいいか、教員の目の届く範囲での対話が可能か悩みどころです。しかし教職員との長期的な目的・視野に関しては対話こそがなすべきことだと感じました。立場の違う互いを理解し合おうとするには対話が必要だと思いますし、自分自身の姿勢も身につまされるものを感じています。

【Bグループ】

WS終了後から続く自分との対話
探究で対話を取り入れたい

尾﨑恵子先生 三沢高校(青森・県立)

生徒の主体性について対話を深めていくなかで、今まで自分は「やらなければ」と思ってもらうことだと思っていましたが、「やりたい!」と思ってもらうことだと、自分自身のマインドセットが変わりました。また、和泉さんが絶妙なタイミングで我々に場を任せたことで、生徒の「自分ごと化」を話し合っていた自分自身が「他人ごと」だったと気づけたことも大きかったです。それも対話中ではなく振り返りで気づいたので、リフレクションの重要性も再認識しました。本当に多くの学びを得られ、WS参加以来自分との対話が続いています。学校では探究の時間に、対話を活用して、生徒自身がやりたい、と思える場づくりを心がけたいです。

生徒の腑に落ちる言葉で
問いを投げる重要性を改めて感じた

多賀秀徳先生 飯南高校(三重・県立)

「自分ごと化」というキーワードが出つつも、どうしたらそれができるのか考えていたときに、和泉さんから「自身にとっての自分ごと化は?」という問いが出ました。「『誰かのために』という部分があると自己有用感につながる」と橋口先生が答えたときにハッとして私の思考が動き始めました。「貢献する」というワードはよく聞きますが、「誰かのために」という素朴な言葉の方が生徒にはわかりやすくて響くのではないかと思ったからです。問いを投げかけられたり、投げたりを繰り返すなかで、徐々に考えが整理されてス ッキリしていく気持ちになり、対話の重要性が身にしみました。「問いを投げる」ことは、教科授業のデザインでも重要なキモになってくると改めて感じています。

手を放し見守る勇気を再認識
生徒たちと早く対話したい! 

橋口 嵩先生 熊本北高校(熊本・県立)

「なぜ自分ごと化できないことがあるのか?」という和泉さんの問いや、終盤で我々に場を任せたことにより、この対話自体で「自分ごと化」を体感させてくれたことが、「主体性」→「自分ごと化」 →「自分たちで創りあげること」と、理解の深化につながりました。また、和泉さんのファシリテーションで、対話の環境を整えてからはあえて離れて見守る勇気をもつことの重要性を強く実感しました。対話は昨年度に生徒とやろうとしてコロナ禍で断念していたのですが、「私たちに宿題は必要か?」「私たちに本当に必要な校則とは?」など、生徒の興味があるテーマでぜひ実現させたいです。正解がないテーマについて生徒同士でとことん対話して、思考をぐるぐる回してもらいたいです。

取材・文/長島佳子 撮影/平山 諭(和泉さん、渡邉さん)