教えて!「免許更新制の『発展的解消』って?」

 教員免許更新制が廃止される、と大々的に報じられています。ただ、記事をよく読むと「発展的解消」とされているのが気に掛かります。いったい何に「発展」させるというのでしょうか。

「免許更新制の『発展的解消』って?」

 まず断っておかなければならないのは、現段階では中央教育審議会の「『令和の日本型学校教育』を担う教師の在り方特別部会教員免許更新制小委員会」に「審議まとめ(案)」が示されただけで、正式に提言がまとまったわけではありません。

 ただ、8月23日の小委が終わった直後、萩生田光一・文部科学相が緊急の記者会見を開き、「すべての出席者から賛同が得られた」ことから、次期通常国会で法改正を行うなどの作業に着手するよう、事務方に指示したことを明らかにしました。さらに翌週、財務省に提出した2021年度概算要求では、審議まとめ案で提言された「教員の研修履歴管理システム」の調査研究費を計上するという手際の良さです。

 そもそも審議まとめ案の構成自体が、必ずしも更新制の「存廃」を正面から論じたものになっていません。現在、「新たな教師の学びの姿」が求められていて、そうした姿を実現しようとするには更新制が阻害要因になるから、発展的に解消すべきだ――という論理です。

 では、「新たな教師の学びの姿」や、研修履歴管理システムとは、どういうものなのでしょうか。審議まとめ案は、まず、▽教師はそもそも学び続ける存在であることが強く期待されている ▽時代の変化が大きくなる中で常に学び続けなければならない ▽主体的に学び続ける教師の姿は、児童生徒にとっても重要なロールモデル――といった点を確認した上で、教師にも「個別最適な学び」が必要だと強調しています。一方で、教師の学びは「散漫」に陥ってはならず、一人一人の客観的な「将来の姿」「現在の姿」から見て、体系的・計画的な学びが求められると指摘します。そのよりどころとなるのが、各都道府県などで策定が進められている、教員育成指標や教員研修計画です。

 さらに、「将来の姿」「現在の姿」を適切に設定するには、任命権者や服務監督者、学校管理職と「対話」することを打ち出しました。それも、期待される水準の研修を受けているとは到底認められない場合は、職務命令で研修を受講させ、それでも従わない場合は懲戒処分の要件に当たり得る、との考えまで示しました。

 そんな教員個々の「将来の姿」「現在の姿」を客観的に示すのが、研修履歴管理システムです。研修履歴はもとより、受講の都度タイムリーに気付きを入力して、本人が振り返りに生かすだけでなく、任命権者や服務監督者、学校管理職もそれを見られるようにした上で、教師への「受講の奨励」を義務付けよう、というのです。
 
 さらに、①学習コンテンツの質保証 ②学習コンテンツを適切に整理・提供するプラットフォーム ③学びの成果の質保証――という「3つの仕組み」が必要だとしています。研修履歴管理システムは、デジタル技術を活用して、こうした仕組みも兼ね備えたものにするべきだとしています。

 ところで公立学校のみならず、教師が「絶えず研究と修養に努めなければならない」(教育公務員特例法)存在であることに、誰しも異存はないでしょう。子どもと同様、教師が学び続けなければならないことも確かです。ただ、受けるべき研修が教育委員会や校長・副校長・教頭などとの「対話」で決められるとすれば、その内容によっては今まで以上に自由度は狭められるかもしれません。 ましてや必要とされた研修を受講できる環境の保障は、審議まとめ案では明確になっていません。

 折しも経済協力開発機構(OECD)は、新たな教育の在り方を世界に問う「Education2030」プロジェクトの中で、生徒が「エージェンシー」(変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)を発揮して、自分と社会の「ウェルビーイング(人々が心身ともに幸福な状態)」に向かって学んでいくイメージを示しています。そこでは、保護者や教師、地域も「共同エージェンシー」を発揮することを期待しています。

 更新制の廃止と「発展的解消」が、本当に教師のエージェンシー発揮とウェルビーイングの実現につながるものなのか。まさに一人ひとりがエージェンシーを発揮して考えるべき課題であるように思えます。


<インタビュー・寄稿>の記事をもっとみる

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/