高大連携事例④島根大学

育成型入試でつなぐ

入試を通して生徒の好奇心・探究心を引き出し、
大学での学びにつなげる

・島根大学(島根・国立)

  

学び続けるための資質・能力を引き出し
評価する育成型入試  
地域との関係を重視し、地域に開かれた教育・研究を行ってきた島根大学では、2016年度より全学部で「地域貢献人材育成入試」を実施してきた。本選抜は入学後の「COC※1人材育成コース」での学びとセットになっており、高大接続教育の先駆けとなっていた。一方、課題もあったと、高校教員を経て現職に就いた泉雄二郎教授ならびに美濃地裕子准教授は言う。
「従来の入試でも主体性を評価しようとしたものの、学力試験重視は免れなかった」(美濃地准教授)。「高校生のもつ資質・能力が、学力の3要素のうち狭い評価軸でしか評価されていないのではないか、大学の学びに必要な知的好奇心・探究心や主体性といった要素が見過ごされているのではないかという懸念があった」(泉教授)

こうした課題感のもと「、育成型」というコンセプトを打ち出した入試を新たに設計。2021年度入試より総合型選抜「へるん入試」として実施し、初年度は全募集定員の2割強を本入試に割り当てた。「へるん」とは、松江にゆかりのある小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の愛称だ。へるん入試の肝となるのが、「学びのタネ(=高校生がもつ好奇心と探究心)」。高校での探究学習などの〝成果〞を評価する入試とは、一線を画す。
「へるん入試では、これまでに何をやったかという実績ではなく、これから学び続けるための原動力となる好奇心・探究心を育成・評価します。〝タネ〞なので、まだ目に見えなくてもいいんだよ。何かに感動した、違和感をもった、疑問を感じた。そこからこんなことを考え、大学でこんなことを学んでみたいと思った…そういったモヤモヤしたものを言語化して、私たちに聞かせてほしい。高校生にはそう伝えています」(泉教授)

※1 COCとは、文部科学省による大学を対象にした「地(知)の拠点整備事業」のこと。地域社会との連携強化による地域の課題解決や、地域振興策の立案・実施を視野に入れた取組を支援する。島根大学は2013年度のCOCならびに2015年度の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」に採択されている。

入試に向かうプロセスを通し、
学びへの意欲と意志を醸成
育成型をうたうへるん入試では、「出願前教育・入学前教育・入学後教育」の3つのステップで、入試を通して一連の教育サポートを行う(図)。「出願前教育」としては、6月〜9月に面談会を実施。特設サイト「へるんスクエア」や冊子「高校の教科・科目から見る島根大学の研究ラインナップ」などで入試情報や大学情報も提供している。面談は地域貢献人材育成入試の頃から実施していたもので、昨年度・今年度はオンラインで実施。出願に必須ではないが、参加者の多くが面談を通して大学・学部や入試への理解、そして自分が何を学びたいのかを深めていくという。
「教職員と高校生とが対話を重ねるなかで、その生徒が大学で学びたい・やりたいことと大学・学部のアドミッションポリシーや学科・コースの学びの内容が合致しているかを探り、へるん入試の意図についても丁寧に説明していきます。場合によっては、あなたがやりたいことをやるには他の大学の方がいいね、と他を勧めることも。何度も面談を受ける高校生もいて、自分のやりたいことを見つめ直すいい機会になったという声がよく聞かれます」(美濃地准教授)

10月の出願時には、「調査書」「クローズアップシート」「志望理由書」の3点を提出する。クローズアップシートには、高校段階の活動のなかで最も力を入れて取り組んだもの一つについて、その経験から気づいたこと、学んだこと、考えたことを軸に記述。「これは振り返りのステージ。これまでの自分を振り返り、言葉にしてみることを通して、大学という次のステップへとつなげる」と泉教授は説明する。また、志望理由書には、自分の「学びのタネ」に加えて、「なぜ大学で学びたいのか、何を学びたいのか」という意義や目的、「何が生まれる予感がするか、どんな未来に貢献したいか「という期待感やビジョンを記述する。「志望理由書は、自分の学びを応援してもらうためのアピールの場」と泉教授。11月に行われる試験では、志望理由書を基に面接を実施する。また、全学部共通の「読解・表現力試験」なども行われ、へるん特定型※2には付加評価項目が加わる。  

こうして、出願前の面談や出願書類の作成などを通して、生徒は自分は何がやりたいのかを内省し、深めていく。入試に向かうプロセス自体が、大学での学びの準備になっているのだ。 細やかな入学前・入学後教育で大学の学びや生活に接続する  へるん入試で入学が決まった高校生には「、入学前教育(ぷれ大学)」を実施。LMS※3を活用した学部・学科ごとの専門課題、英語入学前教育、入学前セミナーからなり、入学前セミナーは学生団体と協働で開催する。
「昨年はオンラインでの開催となりましたが、学生が主体的に企画を立てて当日はファシリテーターも務め、へるん入試合格者同士がつながる機会をつくってくれました。入学前に縦横のネットワークができ、大学がどういうところか、大学の学びはどんな感じなのかということを先輩から聞けるのは、コロナ禍で課題となっている学生の心理的安全性を高める意味でもとても大切だと感じています」(泉教授)

さらに、「入学後教育」では、学びのタネを芽吹かせるための「フレッシュゼミナール」などを実施。へるん特定型の「地域志向入試」で入学した学生は「地域人材育成コース」で学部横断的に学んだり、「グローバル英語入試」で入学した学生は「英語高度化プログラム」で語学力に磨きをかけたりと、入試枠により特色ある学びを展開している。今年度後期からは新たに、学生同士の学び合いのためのオンラインプラットフォーム「へるんスプラウトルーム」を立ち上げる予定だ。  このようにして、出願前教育から連なる入試を通して育てた学びのタネや意欲を継続的に伸ばしていけるよう、入学前教育、入学後・初年次教育、そして専門教育までを一貫して設計している。

へるん入試合格者は、
入学後の満足度や学びへの意欲が高い
学生の追跡調査によると、へるん入試で入学した学生はそうでない学生に比べて、「入学後の満足度や学びへのモチベーションが概して高い」と美濃地准教授。「大学・学部の教育内容をよく理解し、そこに魅力を感じて入学しているからだろう」と分析する。
「また、高校のキャリア教育や進路指導を支援するという意味でも、高大接続はとても重要だと考えています。私自身の反省も踏まえ、高校の現場では、偏差値や学力で進路選択をするという指導からまだまだ脱却できていません。大学で何を学びたいのか、そのためにはどの大学がいいのかという軸で選択ができるよう、高校の先生方と一緒に高大接続・連携に取り組みたいと考えています」(美濃地准教授)  

高校の教員に向けて、調査書の作成ポイントの指南もしている泉教授は、最後にこうメッセージを送った。
「生徒を主語にした学校づくりのためには、教員が生徒の応援団になって伴走することが大事です。動機もないのに大学に進学しても、無為に時間を過ごすことになりかねません。ぜひ一緒に、生徒の好奇心・探究心を掘り起こし、学び続ける人を育てていきましょう」

※2 へるん入試には「へるん一般型」と「へるん特定型」があり、後者では学習歴や学びたいこと、得意なことに応じて、「地域志向入試」「専門高校入試」「グローバル英語入試」「芸術・スポーツ・技能入試」の4つを設けている。
※3  LMS=Learning Management System(学習管理システム)

  

島根大学教育・学生支援本部 大学教育センター
泉 雄二郎教授


美濃地裕子准教授


へるん入試 入学者の声

体験的な学びと出願・受験との往復を通して、
何を学びたいのか深めていくことができた

島根大学
法文学部法経学科1年(島根県立益田高校出身)
大石怜奈さん

島根大学に進学し、将来は地方公務員になって地域に貢献したいと考えていました。地域活性化に興味はあったものの、地域活動などに参加した経験はゼロ。自分には特別なものがないことに劣等感を抱いていて、「変わりたい」という願望がありました。また、このまま勉強だけして大学に行 っていいんだろうかという悶々とした思いも抱えていました。「これまで何をしたか」ではなく「これから何をしたいか」を評価してくれるへるん入試を受けることで、殻を破れるんじゃないか。そんな期待感があり、高3の夏前に、へるん入試の「へるん特定型 地域志向入試」を受験することを決めました。  

そこから、思いきって活動を開始。地域の人が集まる益田市のサードプレイスに顔を出し、地元の人にインタビューをしたり、イベントを企画したりと、活動を広げていきました。実際に地域に出て人と関わるなかで気づいたこと、感じたことがたくさんあり、益田市の魅力も課題も見えてきました。  

出願の際は、地域活動を通して感じた「地域活動をする人を支える施策を作りた い」という思いを「学びのタネ」にし、大学では地域を発展させるために必要な政策やその基盤となる法律や経済について学びたいと訴えました。地域活動はワクワクの連続で、実践的な学びの楽しさを体感する日々でしたが、出願書類作成のために自分の感じたことや考えを言語化するプロセスはまさに生みの苦しみでした。逃げ出したくなることもありましたが、体験的な学びと入試のためのアウトプットの往復を通して、自分はこれから何を学びどうなりたいのかを深めていくことができました。  

合格後は、入学前の課題やセミナーなどを経て、スムーズに大学の学びに入っていけたと感じます。へるん入試への出願・受験を通して少しずつ大きくなった自分の学びのタネは、今では大学での学びの軸となり、常に学びのタネに関連づけながら物事を考えたり情報をキャッチしたりするようになっています。学びたいという気持ちを原動力に自分から動けるようになったのは、へるん入試を受けたからこそ。入試を通して自分を開拓することができました。

取材・文/笹原風花