Case Study 社会と共に生徒を育てる高校事例①PTAと共に学校風土をつくる 湘南学園中学校高校(神奈川・私立)

社会と共に
生徒を育てる高校事例

ここでは実際に、高校がどんな課題感からどこと連携し、どのようなプロセスで生徒を共に育てているのか実践例をご紹介します。そこで生徒たちにはどんな成長があり、学校と先生方にも何か変化があったのか。連携先の思いや先生方の葛藤も含め、三校三様の取組に迫ります。

湘南学園中学校高校(神奈川・私立)
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PTA・NPO・クラウドファンディング

左から、NPO法人湘南食育ラボ 理事長 原田ゆう子さん、入試広報主任 小林勇輔先生、校長 伊藤眞哉先生


創立以来の一貫した
教職員と保護者の共同運営で
社会の進歩に貢献できる生徒を育成

「PT共同経営」の文化が
学校活動の随所に表れる
1933(昭和8)年、日本で軍国主義の風潮が強まる時代に、「個性と自由を尊重する教育」を望む保護者と教職員の協力によって、湘南学園は創立された。その経緯から同校は、創立当初から保護者と共に学校を運営する「PT共同経営」を特徴としている。理事会は保護者と教職員の合議制からなり、PTAが日頃から学校活動のさまざまな場面を支援する文化が88年たった今も息づいている。  

湘南学園中学校高校の教育目標は建学の精神でもある「社会の進歩に貢献できる、明朗有為な実力のある人間の育成」。
「社会の進歩に貢献できる人材を育成するためには、学校内に教育を閉じていては成り立ちません。教育目標を具体化するために、本校では『湘南学園ESD』(下図)を設定し、〝持続可能な社会の担い手〞を育てることにつながるすべての教育活動をこれに位置づけています」(伊藤眞哉校長)  

湘南学園ESDでの多方面の学びを実現するために、多様な社会に開く取組が行われている。PTAはもとより、卒業生や卒業生の保護者(後援会)、PTAから派生したNPOが学校活動を支援するケース、逆に生徒たちが外に出て学校関係者以外の近隣地域や離れた地域の人々と連携して学びのフィールドを広げているプロジェクトの事例を以下でご紹介する。

PTAから成るNPOが
学校のカフェテリアを運営  
湘南学園のPTAは学年ごとに分かれておらず、幼稚園から高校までのPTAがチームとして活動し、さらに学校と一体となったコミュニティを形成。授業とは異なる角度で学びの面白さを伝える「てらこや」など、さまざまなサポート事業を行っている。  

その代表的な取組の一つが、創立80周年事業として2013年に作られたカフェテリアの運営だ。カフェテリア建設時に運営する業者を募った際、学生食堂運営の専門企業と並んでPTAメンバーが立ち上げたNPO法人「湘南食育ラボ」が名乗りを上げた。
「自分たちの子どもには安心安全な物を食べさせたいという思いから、〝地域に根差した生産者が育てた安全な食材〞を使い〝素材を活かしたメニュー作り〞をし〝広く食育の文化を広げていく〞ことを目標に掲げました。東日本大震災の際に学校が避難所になったときに、我々PTAが炊き出しを行った経験から、『自分たちにもできる』という自信があったのです」(湘南食育ラボ原田ゆう子理事長)

食事は生きていくために根源的に大事なもので、体にいい食事を選べる大人に育ってほしいという保護者ならではの強い願いに学校も賛同し採択、現在に至るまで運営を行っている。  

食育は湘南学園ESDの一つの柱でもあり、食事を提供するだけでなく、食に関する教育の推進事業も担当。食材の栄養に関するポスターの掲示や、食育講習を開催している。また湘南食育ラボの管理栄養士や調理師が家庭科の授業も支援。調理実習に協力したり、「栄養の四群」「郷土料理」「世界の料理」などをテーマに生徒たちが調べ学習を行ってメニューを企画し、選ばれたメニューをカフェテリアで実際に作って生徒に提供するなどしている。

湘南食育ラボの活動

(左)湘南食育ラボが運営する学園のカフェテリアでは、
食材の旬や栄養素を学べるポスターなどが展示され、栄養に関する基礎知識や食の大切さを学べるようになっている。
(右)湘南食育ラボの管理栄養士が担当する家庭科の授業。
栄養素について学んだ生徒たちが弁当を企画。選ばれたメニューはカフェテリアで実際に作られる。

PTAは幼小中高がチームとして
学校と共にコミュニティをつくり、
生徒が望む学びを後押し

学ぶフィールドは社会。
リアルな課題と向き合う  
同校では30年以上前から教科外学習として社会課題をテーマにした体験学習を実施してきた。それまでは観光色が強かった高校2年の研修旅行を、フィールドワークをする場に変更し、テーマをもって観光地とは異なるさまざまな地域を訪れるようになった。例えば初年度の1990年には原発のある町を訪れ、現地の人々が抱える課題について生の声を聞き、原発の賛否両論を考えた。
「当時私は教員3年目の若手でしたが、教科書では得られないリアルな学びを体験することで、日頃の教科学習には苦手意識をもつ生徒が、課題に真摯に向き合い、自分の意見を述べていたのです。その姿を目の当たりにしたことで、社会の中での学びの有効性を実感しました」(伊藤校長)  

以来、中高6年間で取り組む総合学習として、フィールドワークの場を地域から、地域圏外、世界へと広げながら、学年に応じたカリキュラムが実践され、湘南学園ESDの軸と位置づけられている。

生徒主体で発案・実践する
自由なPBLが多数稼働  
前述の総合学習とは別に、生徒主体によるPBLが多数実践されているのも同校独特の取組だ。授業でも部活動でもない課題解決型学習を、生徒が自由に行える場として設定している。興味のある社会課題を見つけた生徒が解決策を企画して手を挙げ、進行を後押しする担当教員がつけばプロジェクト成立という、あくまで生徒主体の活動だ。自由なチーム制のため複数のプロジェクトに参加することも可能としている。今までに20件以上のプロジェクトが動いているという。
「年度を越える継続が必須ではないにもかかわらず、後輩たちが引き継いで継続性をもったプロジェクトもあることが素晴らしいです。多様なプロジェクトの〝点〞がSDGsなどの概念で〝線〞になったときに学びが深まっているように感じます。また、単年度で『終える』ことや、進行が難しい場合に『やめる』と判断できることも学びになると感じています」(小林勇輔先生)  

代表的なプロジェクトの一つが、PBLが始まった2016年から現在まで後輩に引き継がれて続けられている、福島の被災地支援として始まった「ふくしまとみんなをつなぐひまわりプロジェクト」だ。放射線による土壌汚染が原因で、種を食用とするひまわりの育成ができなくなってしまった現地の人に代わって、ひまわりを育て、収穫した種を福島に送っている。校内や、学校に隣接する土地でひまわりを栽培。中高生メンバーを中心として、幼稚園や小学校、PTAなど、生徒から保護者までが一丸となって取り組んでいる。  

費用がかかる場合には、クラウドファンディングを取り入れることもある。
「社会とつながる場の一つとしてクラウドファンディングは有効であると考えています。生徒たちの思いがいかに実社会で賛同を得られるかを知ることができる機会となるからです」(小林先生)  

例えば「足湯プロジェクト」では、熊本地震の際に被災地支援を行ったつながりを活かし、学園祭実行委員たちが学園祭で阿蘇の温泉水を使った足湯を提供するプロジェクトを企画。温泉水は無償提供してもらえることになったが、運搬費は自分たちで準備しなければならなかった。そこでクラウドファンディングで呼びかけをし、運搬費の35万円のうち約8割をクラウドファンディングで調達することができた。

生徒主体のPBL活動

クラウドファンディングの利用で実現した「足湯プロジェクト」(写真左)。
2016年に始まった福島の被災地支援の「ひまわりプロジェクト」は、
現在も引き継がれて毎年行われている(写真右)。

学校・生徒・社会のつながりが
学校風土だからこそ持続可能
湘南学園の生徒たちが授業外で評価対象にならないPBLを積極的に立ち上げていくのは、社会と関わる活動自体が楽しいと感じていると同時に、自分も仲間も、教科だけでは見せることができない得意分野を発揮できるからだ。教科学習や部活動で目立たない生徒が、PBLで活躍するという例は枚挙に暇がないという。  

また、生徒たちが軽々と学校と社会の垣根を越えられるのは、やりたいことを見つけると、教職員やPTA、地域の大人などが後押ししてくれる学校風土があるからだ。特に、卒業生はもちろん、自分の子どもは既に卒業している保護者まで、後援会として物心双方から支援し続けるケースも多い。生徒に関わり、見守る大人の輪が拡充し続けていくことで、生徒が社会と触れる機会が増えていき、生徒を支援する大人の思いを生徒が受け止めて、社会課題に向かう次の活動につなげていく。こうした好循環が学校風土であるからこそ、同校の取組が長く続いているのだ。

時代に合わせて校外の
リソースの幅を広げていきたい
学校とPTAが共につくってきた多様な社会に開く風土は、今後も同校の特徴として自然に受け継がれていくと伊藤校長は語る。
「さらに、グローバル化、IT化が進む時代に、狭い学校の中で教育が完結することはあり得ません。学校と社会とのつながり方はいっそう多種多様になっていかねばなりません。特に、ITにおいては、データサイエンスの素養を育むなど現在の学校リソースだけでは対応できない分野においては、大学と連携したり、そうした技術をもっている卒業生や後援会の力を借りながら実現していきたいと考えています」(伊藤校長)


卒業者の声

仲間の「本当の姿」が見え
みんなを尊敬できるような学びを提供してもらった

2020年卒
中央大学総合政策学部1年 
半田明穂みほさん

在学中、多数のPBLに参加し、プロジェクトを企画したり、それを進めるために地域の人にプレゼンやディスカッションしたり、発表したりという経験が日常的にありました。それを中高の6年間通してやってきたため、大学に入ってからレポートを書くこともディスカッションする授業も、他の学生よりも恐れずに楽しくできている気がします。  

私自身が多数のPBLに関わったきっかけは、生徒会活動の一貫で全国高校生集会に参加した際に、他校の生徒たちが社会に関心をもち、実際に解決のために行動している姿に刺激を受けたからです。自分にももっとやれることがあると思うと同時に、同世代にすごい人たちがいることを学校の仲間にも知ってほしくて、難民問題に取り組む他校生を招聘して講演してもらったりもしました。  

また、現代社会の授業で震災被災地の復興についてのビデオを見て、そこで活動していたNPOに興味をもち、夏休みに会いに行きました。そのとき「被災地支援には人とのつながりが大事」と教えられたんです。その学びを活かすために、学校がある藤沢と被災地の人をつなげるPBLを立ち上げました。被災地のお店を招いての食フェスなどを企画し、PTAや地域の方の協力も得られ、いざ実践というときにコロナ禍に。中止せざるを得なかったことが心残りでしたが、計画段階で被災地や地域の方々からたくさんのことを学ぶことができ、今後の活動に活かしたいと思っています。  

自信をもって言えるのが、高校時代の友人をみんな尊敬できること。PBLなどのさまざまな活動を通して、それぞれの友達が好きなこと、得意なことが見えて、それがみんなの本当の姿なんだと知ることができたからです。生徒一人ひとりの本質が見えるような場を提供してくれたり、伴走してくれる先生やPTAがいる学校で学べたことは本当にありがたい経験でした。

被災地とのつながりでコミュニティ構築を目指したPBLの計画段階で、連携先の団体の一つ「結いの便利屋」の方々を訪問したときの様子。

学校データ:1833年創立/普通科/生徒数538名(男子310名、女子228名)、保護者と教職員が協力しながら理事会の法人運営を行い、PTA、同窓会、後援会、NPOなどのパートナーと共に「チーム湘南学園」として生徒を育成している。

取材・文/長島佳子