Reportage 社会全体で生徒を育てる・支える― 社会側の視点から―
次世代に必要な力を
学校と企業が共に育む
未来の起業家を育て、
投資する本気の「起業ゼミ」
自ら起案したビジネスモデルで、企業から投資金200万円を手にした中学生がいる。ドルトン東京学園中等部2年生(当時)の堀内文翔さんだ。雨の日など客足が鈍っているタイミングでクーポンを発行できる「リアルタイムクーポンアプリ」を、飲食店へのヒアリングを基に考案。投資家に向けたプレゼンで認められ、実際にビジネスを立ち上げた。
投資金200万円を手にしたドルトン東京学園中等部2年生(当時)の堀内文翔さん(左)。
投資を決めたのは、起業支援を行う(株)ガイアックス。同社のスタートアップスタジオでは、中高生を未来の起業家と捉え、学校と組んで「起業ゼミ」を実施している。「優れた案件には投資する」という〝本気〞の取組だ。これまでに東京都立千早高校、島根県立隠岐島前高校、山形県立米沢東高校などつの中学・高校で実施してきた。生徒は、「課題を発見・検証したうえでより良い解決策を考える」という起業プロセスや、「失敗は成長のチャンス。そこから学び、改善していく」といった起業家精神を、街中での突撃ヒアリングなども経験しながら実践的に学んでいく。同社のメンバーは生徒に伴走し、適宜フィードバックをするが、「あくまでも起業家として接している」と、同スタジオ責任者の佐々木喜徳氏は言う。
「中高生向け起業ゼミからの投資案件第1号となった堀内くんについては、起業アイデアと本人の行動力に、ビジネスとして投資する価値があると判断しました。中高生の発想力には光るものがあり、育てる意味を実感しています」(佐々木氏)
失敗ありきの起業プロセスに触れ、
教員のマインドも変化
なぜ、中高生を対象にしたのか。そこには「これからの若者にとって、起業という選択肢を当たり前にしたい」という思いがあった。「日本の起業率は諸外国に比べて半分以下。起業家に投資する我々としても、母数が少ないことが課題でした。起業をキャリアの選択肢の一つにするためには、まっさらな状態のうちに起業をリアルに体験し、ハードルを下げることが重要だろうと考えたのです」(佐々木氏)
折しもドルトン東京学園の教員とガイアックスの社員との交換留学プロジェクトがあり、先生と意気投合。1期目は「学校と一緒にやりながら作っていった」と振り返る。4期目となる現在もそのスタンスは変わらない。
「起業のプロセスを通して、今やっている勉強が何にどう役立つのかを肌で感じることができるのも重要な視点」と佐々木氏。加えて、「先生のマインドチェンジも大きい」と同社の田中嶺吾氏。「問題が起こらないよう先回りして動いていた先生が、生徒が果敢に突撃ヒアリングをする姿を見て、地域の人に怒られても仕方ないよね、失敗は次に活かせばいいよね…と変わっていった」と言う。今後に向け、総合的な探究の時間とのコラボレーションも思案中だ。
「リアルな課題に対して解決策を考え、実装する起業のプロセスは、まさに探究学習。今後は〝探究×起業〞という視点で、学校の先生と一緒に授業づくりにも挑戦したいですね」(佐々木氏)
(株)ガイアックス スタートアップスタジオ 責任者
佐々木喜徳(左)
フリーランスエンジニア、会社役員を経て2007年からガイア ックスに参画。スタートアップスタジオ責任者として起業家への伴走・投資判断を担当。技術本部長を兼任し、スタートアップの技術支援や組織の技術戦略にも取り組んでいる。
(株)ガイアックス スタートアップスタジオ 管理本部 人事支援チーム
田中嶺吾(右)
スタートアップにて事業の立ち上げに従事したのち、2020年10月にガイアックスに参画。ポテンシャル採用や事業部・投資先の採用支援に携わり、現在は中高生向けの「起業ゼミ」(経済産業省・第11回キャリア教育アワード中小企業の部で奨励賞受賞)を担当する。
地元の企業、自治体、大学が
部活動でAI人材を育成
「3月6日の山形市の天気をAI(人工知能)に予測させたところ…〝曇り〞という結果になりました!」。昨年3月に開催された第1回AI甲子園にて共通テーマ賞(天気予測AI)に輝いた山形県立山形東高校チームは、過去17年間分という膨大な気象データをAIを用いて分類・分析し、指定日の天気を予測した。
同校をはじめ山形県内の13校91人の高校生が参加するのが、「やまがたAI部」だ。2020年8月に学校横断型の部活動として始動した。活動を支えるのは、県内の企業、自治体、大学などからなる、やまがたAI部運営コンソーシアムだ。資金面に加えて、事務局メンバーや各校をサポートする企業コーチ、学生コーチといった人的リソースも出し合う。運営に携わる(株)IBUKIの鈴木由佳氏は、「一度心に火がつけば、高校生は自分たちでどんどん前に進んでいく。大事なのは環境をいかにつくるか」と言う。
専門家からAIやデータサイエンスの基礎を学ぶ座学から始まり、実際に手を動かして実験を重ねる。さらに、地元のものづくり企業を訪問してどこにAIが活用できそうかをディスカッションしたり、AI分野で活躍する社会人のトークセッションに参加したりと、学校の枠を越えて活動する。一方、学校ごとの取組もあり、その成果は先述のAI甲子園で競い合う。昨年度3校のコーチを務めた(株)O2の野澤道直氏は、「高校生のポテンシャルはすごい」と言う。
「あるところまで来ると、グッと伸びる。自分たちでいろんなことをインプットして、何をクリアにしたら課題を突破できるかを考えたうえで相談しにくるんです。その姿勢には、こちらが刺激をもらいました」(野澤氏)
山形県立山形工業高校のAI部の活動風景。
生徒たちは参考書で調べながら、機械学習プロジェクトを作成していく。
教育こそ要。教育を怠った
組織と地域に未来はない
コンソーシアムの会長を務める松本晋一氏は、都内にある製造業向けコンサルティング会社(O2)の経営者。山形県内の金型製造企業(IBUKI)を子会社化して再建にあたるなか、「地域と中小企業を、そこで暮らし働く人々を、活気づけたい。その活気を全国に波及させることが、日本再興につながる」と考えるようになった。
「日本は、世界のデジタル競争力ランキングでも年々ランクが下がっています。かたや、国内での地域格差の課題もある。社会変革を起こすには、未来の主役である若い世代がAIをはじめとしたデジタルの知識や技能を使いこなすことが不可欠です。そのために大事なのが教育。教育を怠った組織と地域には未来はありません」(松本氏)
学校教育のなかでも外部が関わりやすい部活動に注目した松本氏は、AIの部活を作ることを発案。産官学民を巻き込みながら仲間を増やし、「やまがたAI部」を設立した。「教育には、企業活動にはないワクワク感がある」と松本氏は言う。
「生徒の学びや成長に伴走することは、社員にとってもスキルアップの機会に、そして心の栄養になっています。一方、私たちは民間企業の知恵とスピード、行動力で、教育現場に刺激を与えることができます。志ある先生方と組んで、一緒に新しいものを生み出していきたいですね」(松本氏)
(株)O2代表取締役社長CEO
松本晋一
大手化学メーカー、外資系ITベンダー、コンサルティングファームなどを経て2004年3月に(株)O2を設立。製造業向けのコンサルティング業務を行う。2014年9月に(株)IBUKIに参画し、代表取締役に就任※。山形県への熱い思いと広い人脈をもつ。
※(株)IBUKIは2021年12月に別会社に株式譲渡済み。
困難な状況にある若者を
社会全体で支える
「親に頼れず年末年始の生活を乗り切ることが不安な若者に、8万円の現金給付をする」。認定NPO法人D×PのSNSでの発信に、7日間で380人もの希望者が殺到した。昨年末のことだ。用意していた枠は最大250人。想定以上の数に、「若者が直面する厳しい状況を改めて思い知らされた」と理事長の今井紀明氏は肩を落とす。
さまざまな事情から学校に通えない生徒や、居場所を失い孤 立してしまう生徒が増えている。「高校生をはじめとした10代は、セーフティネットから抜け落ちやすく孤立しやすい」と今井氏。
「学生対象の食糧支援があったが、高校生は対象ではないと言われた」「ひとり親の母は持病を抱え、障害年金での生活は毎月ギリギリ。学校は楽しいけどお金や食事のことを考えるとしんどい」…そんな高校生の声が日々届く。
人生に希望がもてるよう
頼れる場所・人をつくる
「10代をひとりにしない」をコンセプトに活動するD×Pでは、不登校、中退、家庭内不和・虐待、経済的困窮、いじめなどにより安心できる居場所や頼れる人を失った10代に向け、オフライン・オンラインの両面で頼れる人とのつながりを提供し、安心して暮らせる環境・収入の安定をサポートしてきた。「学校に行けていなくても中退しても、この先の人生を希望をもって生きていく、その礎をつくりたい」と今井氏は語る。
オフラインでは、通信・定時制高校に通う生徒に向けて、大学生や社会人ボランティアとの対話を通して人とつながる授業「クレッシェンド」を展開。学校と連携した居場所づくりや就職につなげるための仕事体験ツアーにも取り組んできた。また、オンラインでは、LINEで相談できる窓口「ユキサキチャット」を運営。悩みを聞くだけでなく、相談者の課題に対して具体的なアクションを提案し、必要に応じて行政や他の支援先とつないだり、食糧・物資や現金(月1万円、最大3カ月)の給付、パソコンの寄贈を行ったりしてきた。コロナ禍の影響もあり、昨年は相談件数が急増。現在も厳しい状況が続いている。
「うちに相談に来る人の約割が、これまで誰にも相談できなかった、と言うんです。ヤングケアラーなど、一見して気づきにくいケースも増えています。生徒にとって、高校は最後の砦。私たちにとっても、積極的に連携したいパートナーです。私たちも、自分たち単体でなんとかしよう・なんとかできるとは考えておらず、他のNPOや団体、行政と連携して動いています。同様に、先生方も自分たちだけで抱え込まず、気になる生徒や対象になりそうな生徒がいたら、外部の支援のプロにどんどんつないでください。大事なのは、いろんな人が高校生に関わり、つながること。複数のルートがあれば、そこから生徒自身が頼れる場所や人を見つけていけると思うんです」(今井氏)
認定NPO法人D×P理事長
今井紀明
高校生のときに医療支援NGOを設立。活動のためにイラクへ渡航した際、武装勢力に拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもとバッシングを受ける。対人恐怖症になるも、友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会い、彼らの境遇と自身のバッシングされた経験が重なり、2012年に認定NPO法人D×Pを設立。10代の声を聴いて伝えることを使命に、SNSなどで発信を続けている。
〝高校がやりたいこと〞を
資金面で支援する
「次世代を担う若い人たちの〝心のエンジン〞を駆動させたい。自分たちにできるのは、志ある教育活動を資金面で支援すること」。そう語るのは、一般財団法人三菱みらい育成財団常務理事の藤田潔氏だ。同財団では、「日本の社会を支え、発展させる次世代人材の育成」という目標を掲げ、分野や人材像は絞らず広く助成事業を行っている。三菱グループの創業150周年事業として2020年度から始まったもので、主に高校生向けの教育プログラムを対象に、10年間で100億円を助成するという稀に見る大規模なプロジェクトとなっている。
事業創設に際し、藤田氏らは全国の高校や大学、教育機関を回って現場を視察し、多くの有識者にも話を聞いた。「高校、特に公立高校への支援が手薄であることを強く感じ、加えて、『真面目だが受け身で、前向き・自発的ではない生徒が増えている』という話を至るところで耳にした」と振り返る。
「将来これがしたい、こうなりたいという志がなければ学びへの意欲はわかず、行動にもつながらない。自分で考えて、調べて、判断して、表現するという力も当然つかない。まずは高校生の〝心のエンジン〞を駆動させる必要があると考えました」(藤田氏)
日本の社会を支え発展させる
次世代人材の育成に投資する
こうして設定されたのが「心のエンジンを駆動させるプログラム」だ。カテゴリー1は高校等を助成対象とし、1件につき最大200万円を助成。現在までにのべ106件が採択されている。採択されたプログラムは実に多様で、採択後の自由度も高い。一方、助成先には財団のメンバーが順次訪問し、プログラムの実践状況や課題、今後の進め方などについて面談を実施するなど、フォローアップを行っている。
同財団では、助成対象の高校・大学や教育事業者同士が交流できるプラットフォームの構築にも取り組んでいる。定期的にオンラインで交流会を開いており、「大いに盛り上がっている」と藤田氏。その場でコラボレーションが生まれることもあり、「今後は好事例を横展開し、社会にも発信していきたい」と言う。
「我々は、教育において外側の存在。目の前の生徒に何が必要かは、プロである先生方が一番よくご存知です。必要な教育環境をいかに整えるかという課題に対して、資金面と仕組みづくりの面で今後も携わっていきたい。お金が必要な学校に、教育委員会のみならず企業や財団がお金を出すというシステムが認知され、浸透する社会を構築したい。そう考えています」(藤田氏)
一般財団法人
三菱みらい育成財団 常務理事
藤田 潔
1983年三菱商事(株)入社。人事部経験が長く、子会社のヒューマンリンク(株)社長、三菱商事人事部長、総務部長、東北支社長を歴任した後、 2019年より現職。Educationを訳す際、「教化」と「発育」という案があり、各1字を取り「教育」としたという逸話から、教化と発育を発達段階に応じてどうバランスさせるのかが鍵だと考えている。
未来を担う若者を育てる責任は、我々全員にある
学校や先生だけが、
すべてを背負う必要はない
なぜ、社会は高校と共に生徒を育てようとしているのか。「企業も学校も、一人ひとりの人間がいかに育ち、いかに良い人生を送るかという同じテーマを抱えているのだから、できるところは一緒になってやればいい」と岡山トヨタ自動車(株)の梶谷俊介社長。
「高校生も社会の一員であり、人間は多様な関わりのなかで共に育つものなのだから」と笑顔で語る梶谷氏は、約5万社が加盟する中小企業家同友会の幹事等を務め、全国の仲間と共に地域・社会における人づくりを進めてきた。
「学校で教育を受けた若者が企業に入り、成長し、地域・社会を担う存在になっていく。また、親の自分の仕事への誇りも、子どもに大きな影響を与える。そう考えると、私たち企業も人づくりや教育に責任があり、その一端を担って当然です。学校や先生だけが、全部やる必要はないんです。〝企業=自分たちの利益のためだけに活動している〞という印象があるかもしれませんが、実はそんなことはないんですよ」(梶谷氏)
岡山トヨタ自動車(株)代表取締役社長
梶谷俊介
1987年に岡山トヨタ自動車(株)に入社。 2001年より代表取締役社長。2021年に岡山経済同友会代表幹事に就任。中小企業家同友会全国協議会社員教育委員長、岡山県教育委員なども務める。自社の社報でも地元の高校の活動を紹介するほか、プライベートでは少年団活動などの社会教育にも携わる。
実際、企業団体はさまざまな活動を行っている。例えば、SDGsについての探究学習を計画している高校の「地域の企業がSDGsに向けてどんな取組をしているか知りたい」という声に応え、岡山経済同友会は『おかやまSDGsマップ』を作成して全高校に配布。各社の担当者から高校生に向けたメッセージも盛り込んだ。また、岡山県立倉敷商業高校のマーケティングの授業では地元企業の社員が講師となり、「教科書だけじゃピンとこない内容を、実務経験を踏まえて話した」(梶谷氏)。岡山県内の取組は一例に過ぎず、学校への出前授業、教員初任者研修の受け入れ(徳島同友会ほか)、経営者と高校教員との懇談会(宮城同友会ほか)など、各都道府県の中小企業家同友会では地域社会に根ざした取組を展開している。
テーマは「共創」。対等な
立場で学び合い共に育つ
「正解のない社会においては、企業人も先生も高校生も、共に育つ関係にある」と梶谷氏。教育に携わることは、企業にとっても価値があると言う。
「私自身、高校生と意見を交わす機会があるのですが、柔軟な発想や本質的な視点に気づかされることも多くて。行政や政府の審議会等のメンバーに、高校生を入れるべきだと思っているんです。また、先生方とは、人を育てる者として同じ悩みを共有し、その解決策を共に考えるシーンもあります。学校のため、高校生のため、先生のために企業が何かをするのではなく、共に学び合い共に育つために、それぞれが得意なことを活かしながら役割分担することが大事なのではないでしょうか」(梶谷氏)
つながる先が見つかるリンク集
RITA LABO
立命館大学稲盛経営哲学研究センターの教育実践研究&アウトリーチ部門。「生きる力」をつける教育プログラムの提供や教育実践を行うNPO・団体、 WEBサイト等を紹介している。
企業等の教育支援プログラムポータルサイト
一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が運営。企業等が行っている教育支援プログラムを、ジャンルや対象、社名などで検索できる。
PROJECT INDEX
NPO法人ETIC.(エティック)が運営。全国各地で行われるインターンシップを検索できる。大学生を対象にしたものが多いが、募集対象を「高校生」に絞った検索も可能。
取材・文/笹原風花 撮影/竹田宗司(10、12ページ)、景山幸一(11ページ)、松本紀子(13ページ)