教えて! 「生成AI時代、高校教育の課題は?」

 対話型人工知能(AI)「Chat(チャット)GPT」など自然な文章や画像を自動的に作る「生成AI」の話題が世界を席巻しています。具体的な質問を打ち込めばリポートや論文も数秒で示してくれるため、教育機関にとっても影響は甚大です。5月12~15日に行われた先進7カ国(G7)教育相会合では、生成AIを含めたデジタル技術の急速な発展が教育に与える正負の影響を認識することが「富山・金沢宣言」に盛り込まれました。文部科学省も、夏前までに学校での活用についてのガイドラインを策定する方針です。生成AI時代の高校教育を、どう考えればいいのでしょうか。

「働き方改革の議論、今後どうなる?」

 教育とAIといえば、新井紀子・国立情報学研究所教授らのAIプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」が思い起こされます。10年後の東京大学「合格」を目指して2011年にスタートしましたが、2016年に断念しました。選択式などではかなりの偏差値をたたき出したものの、当時は意味のある文章を生成する技術が追い付かず、記述式に対応できなかったからです。

 しかしその後の急速な研究の進展で、ついに生成AIの商用まで現実となりました。個人情報や機密情報、著作権などを侵すのではないかといった懸念はもとより、誤情報や虚偽情報・偏向情報(いわゆるフェイクニュース)を広げる問題も指摘されています。情報活用能力の育成にとっても、重大な課題を突き付けています。

 文科省は4月から学識経験者などに対する書面ヒアリングを行っており、政府全体の議論とも歩調を合わせて検討を進めます。ガイドラインの「バージョン1.0」では①生成AIについての説明 ②情報活用能力との関係 ③年齢制限や著作権、個人情報の扱い ④活用が考えられる場面、禁止すべきと考えられる場面 ⑤授業デザインのアイデア(生成AI自体を学ぶ授業+具体の活用法)――を盛り込みたい考えです。

 中央教育審議会でも、5月16日に発足した初等中等教育分科会「デジタル学習基盤特別委員会」を中心に審議することにしています。学校現場の実態に合わせたガイドライン策定が期待されます。

 ビジネスや行政での活用が検討されている生成AIは、教員が使うことで働き方改革に資するという「正」の側面も考えられます。しかし、そのことは職業全体に対する「負」の側面も浮かび上がらせます。
 以前、AIが人間の能力を追い越す「シンギュラリティー(技術的特異点)」が2045年に起こり、多くの仕事がAIやロボットに奪われるという予測が話題になりました。しかも生成AIの登場で、従来は代替されにくいと考えられていた医師や弁護士といった職業の業務さえ一部AIに置き換わる可能性が広がります。
 
 G7教育相会合のため来日していた経済協力開発機構(OECD)のアンドレアス・シュライヒャー教育スキル局長は5月15日、東京の日本記者クラブで講演しました。3月に公表した報告書「教育はテクノロジーとの競争に負けるのか?AIの読解力・数的思考力の進歩(仮訳)」を基にしたものです。大人版PISA(生徒の学習到達度調査)とも呼ばれる国際成人力調査(PIACC)をAIに解かせ、今や読解力問題の8割に答えられるといいます。
 
 シュライヒャー局長は講演で「人間はもっと想像力、創造力を豊かにしなければならない」として教育でクリティカルシンキング(批判的思考力)などを育成する必要性を強調するとともに、質問に答えて「いずれAIは、ほとんどの大学入試問題を解く」と断言しました。正解を導き出すことに注力する授業ばかり続けていては、生徒の将来の職業生活を危うくしかねないのです。


【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。近刊に『学習指導要領「次期改訂」をどうする―検証 教育課程改革―』(ジダイ社)。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/